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私の悪役令嬢

「結局あんたは今世でも私の引き立て役なの。ね、『悪役令嬢』さん」

 

 うふふなんて気持ち悪く笑いながら、前世で双子の姉だったその人はドレスを翻して歩き去る。

 その後ろ姿に私は固めた手を震わすことしか出来ない。

 

 

 なにせこの世界のシナリオはすでにあの人によって書き換えられているのだから。

 

 

 この世界は私が、私達姉妹がお年玉を貯めて初めて買ったゲームの中だ。

 私はそれをキッカケにドップリと俗に言うところの乙女ゲームにハマり、姉はそれ以来ゲームから遠ざかった。

 別に姉はこのゲームにトラウマがあるわけではない。むしろ逆。姉にとってこの世界こそが至高だったのだ。

 最高にして、これ以上は見つかることがない。だから離れた。

 


 ――シークレットストーリーまで全て読破するほどやり込んだ上で。

 

 

 だから知っているのだ。

 どう動けば自分に優位に働くか、そしてそれよって他の誰かがどうなるかなど考えない。


 私のことを引き立て役と考えているところは一度死んだところで変わらなかったらしい。姉が私を引き立て役として使おうとしていること自体に異議はない。ただ彼女がしたことには物申したい。


 

 姉が転生したのはゲームでいうところのヒロインだ。これは否定しようのない事実。

 ナンタラ男爵の妾の子で平民として育てられていたはずが、いつのまにか公爵家の養子になっている彼女を私の知っているゲームの中のあのヒロインといっていいのかはわからないが、まぁヒロインであることには変わりない。

 

 

 そんな姉がヒロイン、シンディー=クラックの設定まで捻じ曲げて、そして前世と同じように私を引き立て役に添えてもぎ取った彼女の幸せ――それは私の元婚約者、ランディ=ミラーパークスとの婚姻である。


 もちろん私とランディの婚約関係が『元』になった理由は彼がシンディーと婚約するためである。

 伯爵家の娘を娶ることと、公爵家の娘の婿養子に入ることを男爵家の次男であるランディが、そして彼の家が天秤にかけた時、圧倒的に後者が魅力的であっただけだ。

 だが婚約破棄される側に非がない状態で断るのはさすがにあちらとしても今後の体裁に関わると思ったのだろう。

 


 だから私を、本来なら悪役令嬢ではないはずの私を『悪役』に仕立てあげた。



 ……とはいっても所詮はあの二人の仕業。

 ランディはゲームの中と変わらず小心者で、けれどゲームとは違ってトラウマを作らなかった彼は昔からずっと心優しい男の子のまま。

 

 そして姉は、あの人はなんというか『アフターケア付きの悪役』みたいなものだ。

 

 自分の欲しいものがあったらそれが他人のものだろうとむしり取る、傲慢で強欲なところは昔も今も変わらない。けれどなんだかんだいって私のことを誰よりもよく知っているのだ。

 

 前世で私はずっとブラックコーヒーが好きだって思われていた。けれど実は苦手だったことを姉だけが知っていた。


「私が飲み間違えたら嫌だからあんたのも砂糖入りね!」

 そう言った時は母さんですら驚いていたっけ。

 我慢して飲んでたの、誰も気づいてなかったから。

 

 

 前世で3年付き合っていた彼氏が初めから好きではなかったこと、そしてずっと別れられなかったこと、初めに気づいたのも姉だった。


「あんたには似合わないから、私がもらってあげる」

 姉はそう言って私からその男を奪い取るとたったの1ヶ月で『飽きた』の一言で捨てていた。

 

 けれど私の大事なものだけは決して取らないのだ。

 

「やっぱりあんたには地味で頭の固い男がお似合いよ」

 死ぬ直前まで私の手を握ってくれた彼を初めて家へ連れて来た時、姉は姉なりの祝福をしてくれた。

 

 分かりづらくて傲慢な人だが、私にとってのあの人は生まれ変わってもやはり姉であり、一番の理解者であることは変わらない。

 

 

「随分と短かったがもう終わったのか、シャーロット?」

「ええ」

 気を利かせて席を外していてくれたのは、隣国の第3王子であり、私の現婚約者であるシェーン=ファンタール。

 姉曰く『顔だけはいいけど面白みのない男』で『つまらないあんたにはお似合いの男』でもある。

 

 本来なら彼はゲームのシークレットキャラクターで、ヒロインである姉の攻略対象キャラだった。

 

 けれど姉はシナリオを捻じ曲げた。

 本物の悪役令嬢が登場するよりも早く、ゲームのプロローグが始まるよりも早く、姉のイチ押しキャラだったランディとヒロインが結ばれるように、そして代わりに私とシェーンを引き合わせた。

 

 シャーロットがシェーン王子と結ばれたからランディは捨てられたのだ、なんて私を悪役に仕立て上げて姉はランディを手に入れた。

 

「シェーン。私、あなたと出会えて幸せよ」

「ああ、私もだ。君と巡り合わせてくれたシンディー=クラック令嬢には感謝してもしたりない」

「シンディーに?」

「ああ。彼女が私にこの国に留学に来ないかと言ったんだ。会わせたい女性がいるのだ、と。それが君だ、シャーロット。彼女はたった一度で私達の相性がいいことを見破ったんだ」

「そんな……」

 

 気づけば目からは涙が伝っていた。

 まさかシェーン王子がシナリオ前に留学して来た理由に関わっているなんて思いもしなかった。

 ランディを手に入れるためだけに公爵家の養子になったのかとばかり思っていたのに……ああ、本当にあの人は。

 

 私、一度だってシェーンが推しキャラだなんて伝えたことなかったのになぁ……。

 

 

「シャーロット、必ず幸せにする。神に、そしてシンディー嬢に誓って」

「私も誓うわ。神に、シンディーに誓って、シェーンと一緒に幸せになるって」

 

 この誓いが姉の耳に入ればきっと前世のように『ただ利用しただけ』と言って、迷惑そうに眉をひそめることだろう。

 

 私の姉はいつだって自分を悪役のように見せたがる『悪役令嬢』なのだから。


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