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【汚れ騎士ケインズ】の項

【『マーカー』】


…異常な光景だった。

イオラムド王国の騎士の服を着た男が、同じぐ王国制式の盾を持って現れた。

男は背中から黒い長剣を引き抜き左から右に一閃すると、鎧で武装したオーガの一個中隊が凍りつき…粉砕した。

そして…

男は盾で頭を保護しながら脇目も降らず踵を返して物凄い速さで逃げていった…。

疲れているのかもしれん。

だから報告はしない。…何かわかり次第重ねて報告するとしよう。

【「ケインズ」が戦いの前に開き、

内容に目を通してから懐にしまう

彼の決意が書かれた紙】


私は臆病だ。臆病者なんだ。

故に絶対に生き残る事が出来る。

相手の力量を判断し、蛮勇な者と違い引き際を誤ることはない。

臆病者故に全てを避け、臆病者故に最も姑息で効果的なやり方で、目の前の脅威に致命的な被害を与える事が出来る。

信じろ。そして目を背けるな。

自分が世界で最も臆病であることから。


【イオラムド王国首都、シウスの最も大きな酒場、「クラーケンファイア!」で「ケインズ」をよく知る集団】


「ケインズさんですか?」

「あぁ、【アブソリュートブリンガー(絶対零度の勝者)】を持った騎士だよ。そのとてつもない強さと名声は、止まることを知らないな」

「イオラムド王国傭兵部隊の隊長でもあるわ。それに…イケメンなのよねぇ」

「そうそう、何でも昔はイオラムドの正式な四天騎士団長の一人だったんですが」

「凄いよなぁ。【騎士であることを忘れたくないが私は自分のやり方でこの地を護っていきたい】だなんて言って辞めちゃうんだからよ」

「カッコいいわよねぇ…」

「まぁ騎士や貴族、周りの一部の冒険者からは【汚れ騎士】だなんて言われて非難されているのですが。…冒険者の集まる場として、この酒場を買収して組合の支部の一つにしたのも彼です。そこまで知っている人はあまりいませんが…ここは人の入れ替わりが激しいので」

「それまでは俺達はイオラムド周辺で活動しにくかったんだ。族と間違えられて兵士によく攻撃されたからなぁ」

「今思うと、ケインズのお陰でシウスには冒険者が沢山集まる素晴らしい町になったのよね。貴方も感謝しなさい?」

××××★××××

【文書で呼び出し、シウスのスラム街でケインズに会う。彼は別段警戒した様子もなく、単身で現れた】

接触者…オリバー=シッセル


やぁ、場所は間違っていないか?

話し方は気さくな方がいいか?

それともいつもの事務的な口調?

騎士時代によくやった上流階級独特のイントネーションも出来るが。

…その前に。

今、私が足踏みを軽くするだけで君を含む半径10m位を生命が活動停止する手加減で凍結させる事が可能だ。

要件をまず聞かせて貰っていいか?

まぁ、そうだな。

…嘘はつかない、警戒しているんだ。


私について聞くのは構わないが、もっとまともな場所を指定してほしかったな。

庶民の新聞記事か何かの取材なのか?

それとも何か私の弱みを知って、後で私を何かに陥れるつもりなのか?…どちらにせよ、逃げるから問題ないが。


私はケインズ。今年で25になるな…

…本名は流石に教えんよ。

この業界ではよくある話だからな。

この格好を見て分かる通り、元々は正式な王国の四天騎士団長の位に就いていた。

毎日訓練の監督や、机に座っているだけ。…本当につまらない毎日だったよ。

私は幼少期から騎士になり人々を護りたいと思い騎士を目指した。

最年少で四天騎士団長の座についてから5年…流石に我慢できなくなってな。

私は…こんな生活を続けてたら自分がダメになると思った。だから騎士の志を持ちながら、私は冒険者になることを選んだ。

貴族や皆からの反対を押しきってな。


冒険者になってから、自分の中で目的が変わっていくのを感じていた。

…今思えば私はあのまま騎士団に残り続けていれば、ずっと純粋な騎士の志を持ったままでいられたのかもしれない。

私はかつて、人々や仲間を護るために剣を取り、その盾になることが騎士として当然の事であると考えていた。

だが…

冒険者になって、その考えは一転した。

勝てる見込みの薄い強大な敵、時に裏切りあう仲間の絆、死ぬことへの恐怖…それらが私を臆病者へと変貌させた。

私は私に降りかかる災難や悪夢を事前に予測し、しかるべき対応を取って物事に当たることにしている。

これは臆病者ではなければ出来ない。

「いつ死ぬか分からない…ただこの瞬間を生きるんだ!」

そうかつての友人は言っていたが、

私は全く別の考えだ。

「死にたくない。死なない為には何をして、どこに逃げておくべきか」

冒険者になって8年は経ったが、我ながらよく死なずに頑張っているなと思う。

私は臆病者だ。

だから決して蛮勇な真似はしない。

私は臆病者だ。

だから決して無理な救済はしない。

私は臆病者だ。

だから決して死地へ飛び込まない。

勝てる見込みがある戦いならば…

私は喜んで自分の為に剣を取ろう。


私はこれまで自分の為にしか動いていない。実質、それで護らなくてはならないはずの仲間や国民の死を沢山見てきた。

そしてこれからも、そうするつもりだ。

私が倒れなければ救われる命がある。私が標的に被害を与えておけば助かる仲間たちがいる。そうすることでしか、私はもはや人々を護れないんだ。

そう…汚れてしまったんだ。冒険と、戦いと言う名の毒に犯されてしまった。

私は汚れ騎士…ケインズだ。

どうだ?

案外つまらない話だっただろう?

別に嘘をつく話でも無いからな。

さて…要件はそれだけか?

本当に?

ふう。

それならよかった!安心したよ。

帰りに一杯奢るよ、さっきのは半分愚痴のような物だったから…。

なに、遠慮はしなくていいさ。

冒険者は毎日、酒飲みの相手を探しているような生活をしているからな。

××××★××××

【彼の持つ凍てつく長剣、

アブソリュートブリンガーについて。

彼が書いている日記帳の一部の模写】


…××年、冬 ヌーアの休週。

「1日目」

この7日間を使って大規模な作戦が行われる。我々は最近の数週間続く猛烈な寒波が、フォールンエバーの閉氷峡谷から放たれる魔法的な物であると突き止めた。

私は10人からなる調査部隊に任命され、息さえ結晶化する程の死地へと向かった。

何が現れても、この剣と盾に誓って、仲間を護る盾となろう。

そして必ず全員で帰るのだ。

…出来る限りの防寒装備をしてきたが、やはり魔法の寒波は伊達ではない。

魔法使いのウェッシルが居なければ、我々はキャンプ設営地点で既に命を落としていたに違いない。

「2日目」

二人一組での周辺偵察が命じられた。

幸運にもウェッシルと一緒にだ。

ウェッシルは27の女性で、棘だらけの白いローブを着ていた。

女性と二人で白い銀世界を探索する。

王城の晩餐会の数倍、私の心をときめかせる良い時間だった。

騎士として、女性を護ることが出来るのは本当に名誉で、嬉しい事だ。

他には、特に特筆すべき事項はない。

剣と盾の手入れでもしておくか…

「3日目」

奥地を偵察していたワーユとリヤの二人が帰ってこない。

キャンプを護る二人を残し、残る六人を三人ずつに分けて捜索を開始した。

ウェッシルと私、その他に白い髭を生やしたベテランの銃を使う狩人、トロンだ。

トロンはこの作戦を最後に冒険者を引退し、ここより遥か南東の平和な村…ミレヌーヤの故郷に帰ってひっそり暮らしていこうと思っているらしい。


…護れなかった。

ワーユとリヤは凍死していた訳ではなく…明らかにこれは他殺だった。

しかも、剣や魔法の氷の矢によって…

急ぎ我々はキャンプに戻った。

この寒波の原因が…もしかしたら人為的な物だとすれば。

一刻も早く止める必要があるのだ。

「4日目」

全員で警戒しながら調査した結果、何者かがここで【精霊】を呼ぼうと儀式を進めているというのがウェッシルの証言によって分かった。…なんということだ。

ダ・ローダス帝国ユーヘルトの魔術学会の一部の魔術師は、精霊を呼び出し本などの魔法の品に無理矢理封印するという禁忌を平然と行う一派がいて…通称【バインドキャスター】と呼ばれている。

もしも相手がバインドキャスターなら、この地に眠る氷の精霊を無理矢理起こし、精霊が封印に抵抗しているせいで寒波が発生しているのだと納得が行く。

そもそも精霊の封じ込めなど、自然界のバランスを崩す重大な危険行為である。

奴らのアジトを見つけ氷の精霊達を沈めなければ、寒波で国が滅びるか、逆に熱波が襲来して水害が起こるか。

「5日目」

キャンプが襲撃された。

敵に場所が知れてしまったのだ。

我々は必死に戦ったが、部隊長やトロン…他数名が帰らぬ人となってしまった。

「もう帰った方がいい」

盗賊のペンスティがそう言ったが、私はこの状況を放っておく訳にはいかなかった。我々は既に4人しかいない。

魔法使い、盗賊、司祭、そして私だ。

儀式を止めないと。

仲間の仇を取らないと。

そうしなければ気が済まなかった。

「6日目」

【酷く震えた字でほとんど読めない。

あちこちに血痕が滲んだ跡がある】


わ た し

死ぬ いかな

仇を そんな 裏切っ

ウェッシル ウェッシル

さむい

ころす

「7日目」

…全てが終わり、一人クラントフォスの宿屋でこれを書いている。

結果から言うと、寒波は止まり、水害も起きない。ただ…

私はもう、人では無くなっていた。


最初からウェッシルはバインドキャスターだったのだ。我々を裏切り、儀式をより確実に行う為のスパイだった。

あいつは私を含む他の2人を自らの短剣で刺し、仲間に合流してあらかじめ持ってきた長剣に氷の精霊を封じ込めた。

私は背後から刺された事に気付かずに絶命していたが…それでもこの煮えくり返る復讐心を止める事は出来なかった。

そこに…逃げおおせた一人の精霊が私にこう語りかけた。

「騎士よ…私はここで自らの意思を奪われ、この世界が終わるまで道具として存在するくらいなら…君に力を託す…」

私は立ち上がり、そして…

【寒波そのもの】になったのだ。

人の身に精霊を宿すと言う行為は、強力な反動をその身に受けることになる。

膨大な魔力に耐えきれなければ、人の形を失い、魔物と化してしまうのだ。


私は冷気でバインドキャスター達を虐殺し、長剣を手に取った。

長剣にはここに眠っていた氷の精霊達が閉じ込められている。

私は私に宿った精霊の力を借りて彼らを解放すると、代わりに自身の膨張し続けていく魔力を特殊な加工が施されたその長剣…ルーンブレイドに注いだ。

そうすることにより、私は精霊と自らをまとう冷気を制御することが出来るようになり…人間と言うよりも、精霊が人形を動かしているような状態で蘇ったのだ。

伝承上の現象…

【ジャックフロスト】とも呼ばれる。

人体という魔力を増幅させる器に精霊を乗り移らせた結果、膨大な魔力で国を一つ滅ぼしてしまったといった内容である。

…当然普通は精霊の方が嫌がるし、そもそも人体に精霊が乗り移る事が可能な時間は限られているはずだから、本当は理論的には不可能な話なのだ。


もしも私が死ねば、今封じ込め続けている魔力は暴発し、イオラムド王国は瞬時に凍りつき、滅亡するだろうと思う。

だからこそ、この剣をとにかく振り、力を逃がしながら、生き残らねばならない。

この力を使って脅威に甚大な損害を与えつつ、同時に絶対に生きて帰らなければならないのだ。

まさかイオラムド王国の存亡が私の命にかかっているとは。…笑えてくる。

誰も感づかないように、この剣を【絶対零度の勝利者】と名付け…バインドキャスター達との死闘の末、私は精霊に見入られて力を借り、寒波を止めた事にしよう。

人間ではなく、魔力の爆弾になったなんて知れたら、どこに埋められるか分かった物ではないからな。

さて…

明日からラーの休週だと言うのに…しばらくは休みは取れなさそうだ。

やれやれ…

ーENDー


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