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【「悪くない」領主】の項

【丁寧に二つ折りにされた

高級ゼッテルに書かれた文章の束】

…時折テラスから見える噴水と、はしゃぐ子供たちやせわしなく働く領民たちを見て、不思議な気持ちになる。

…どうして自分はここにいるのか。

振り返り、鏡を見ると蒼いワイバーンの鱗の鎧と赤いマントを身につけた、立派な領主の姿が映っているのだ。

ここはソリアフィーヌ。

ソルリア採石場から貨物列車で運ばれる石材の加工が主な産業である領地だ。


私はメレット=フォートソン。

どこから書き出そうか迷っている。

…そうだな。

私は最初、魔物の襲撃を受けて壊滅したミレヌーヤの集落から遥か東の石の都、ソリアフィーヌに逃げてきた。着ている服以外、何もなかった。

ミレヌーヤでは畑を耕し、麦を栽培して旅商【キャラバン】に売って暮らしていた。お陰で体力には自信がある。

当時はまだ私も30代前半だったから、ソルリア採石場への就職を希望した。

家も金もない。だが働くやる気なら誰にだって負けない自信があった。

いきさつを説明すると、仕事を斡旋してくれるソリアフィーヌ兵の事務員の女性は早速私の要求を聞き入れてくれた。

彼女はフーリェンと言ったか。

今の自分があるのは、彼女のお陰だ。

今度食事にでも誘おう。


採石場は人手不足で、作業員達は休みもとらずに石を切っていた。

現場監督のウーフェブスさんはこの忙しい中、わざわざ私の為に時間を割いて分かりやすく仕事内容をまとめたマニュアルを私にくれたんだ。1日で覚えたよ。

初任給は危険手当ても入っていたらしい、かなりしっかりした金貨の袋を頂く。だが私はそれをウーフェブスさんに返した。

当然、まだ業務には携わっていないから給料は頂けないと言ったら驚かれた。

もし…もし今日私一人のために割いて頂けるお金があるのなら…ここで働いている皆に均等に配って欲しいと。当然ながら採石は危険な仕事だ。

一歩間違えば命を落とす。

私はここに来た以上、皆の足手まといにならないように必死に頑張るつもりだ。

ここで石を採っている職人やウーフェブスさん、貴方達の為なら何でもする。


「綺麗事を言うな!田舎者が!」

…職人の数名から叱られてしまった。

あぁ、この失った信頼をどのようにして戻していけば良いのだろうか。

答えは決まっている。

働きで示そう。私が言った事は綺麗事などでは決して無いことを!

…遠慮はしたがその夜ウーフェブスさんは固くなった黒パンとカップに注がれた牛乳をくれた。本当に嬉しかった。

宿舎も紹介してくれたが、先輩方とあぁいう始まり方をしてしまった手前、宿先はアテがあると嘘をついてしまった。

その後、作業をしていた若い職人。

…名はエインズと言った。

この夜は彼の手伝いをして過ごした。彼はこの仕事を始めて3年になるそうだ。

語るのも恥ずかしい自分のかつての仕事を語りながら、私はなんとか石目に沿って楔を打ち込む作業を会得する。

上達が早すぎる。と驚かれたが、

まだまだ覚える事は有るのだ。

この程度ではまだ役に立てない…!


それからしばらくこの仕事をしていた。

人数も少し増え、ちゃんと1日5時間の業務のシフトを組めるようになった。

仕事内容にも慣れてきた頃、私を叱った件の三人組はある提案を持ちかけた。

【業務外の時間を密かに使い、石材の一部を旅商に横流しする】という内容だ。

犯罪ではないか…!

…呆れてしまった。いや、しかし…

そこまでお金に困っているのか。

もしかしたら家族に病気の者がいるとか、切羽詰まった理由があるかもしれない。

私は彼らを問いただし、言った。私が四人ぶんの仕事を寝ずにすれば、空いている時間で別の仕事が出来るではないか…。

最初、彼らは憤慨していたが、この要求を飲んでくれた。よし、あの三人の為にも私は身を粉にして働こう!


ウーフェブスさんにバレた。

私はすぐに全ての責任を被った。

しかし…

あの三人は働く場所を探すこともなく、首都の歓楽街で遊んでいたらしい。

「あいつらはクビだ」

そうウーフェブスさんは言い放つ。

しかし…それでも彼らは仲間だ。

こんな形で終わらせたくない。

私は彼を説得すると、仕事に戻った。


…少しばつの悪そうな顔をして三人が戻ってきて、私に謝罪した。

しかし何を謝ることがあるのだろう?

私が勘違いをしていたのだ。切羽詰まっていたのはお金では無かった…彼らは自由に過ごす時間が欲しかったのだ。

命がかかっている仕事をしているのだ、それぐらいは当然の欲求ではないか。

気づいてあげられなくて申し訳ない。

私は皆の為に、必要な物は出来る限りの事をしてあげたいと思っていた。

そう、わざわざ仕事を中断してまで私に教えてくれた技術で、今度は私が皆の失ってしまった時間を返す番なのだ…!

三人はそれを聞くと顔を見合わせた。

「お前、変わってるな」

「と言うより頭おかしいぜ?」

「何がお前をそこまでさせるんだ?」

…言うまでもない。私には家族もいなければ財もない…あるのはこの身ひとつ。

純粋に皆の役に立ちたい。農家をやっていたときだって、必要な人に自分の努力が渡ったときの心地よさは格別だった。

そうすることで私は…

私の存在価値が証明出来るのだから。


その後は順調だった。

あの話が広まると皆私に優しくなった。

ウーフェブスさんでさえ、事務所から出てきて仕事を手伝ってくれる程だ。

別にちやほやされる意図があって話した訳ではないから気分は複雑だったのだが…皆の心がひとつになっている今の現状は、自然と私を笑顔にさせた。

だが…それもつかの間の話だった。


私の村を滅ぼした魔物の群れが、ここソルリア採石場に向かっているらしい…!

ここを奪取されてしまえば、貨物列車を使用して首都の街まで一瞬で攻め込めるチャンスを与えてしまう。

すぐに冒険者たちが集められた。

我々も武器を持たされ、軽い戦闘の訓練を受けさせられる。

…ここで私が何か役に立てるだろうか。

私はそう感じ、思案する。


敵が来るまで思案したが、何も思いつかなかった。私は…皆に何かを施すと言うより、他人の為に役に立つ事を望んでいる。

…魔物を倒すのは【他人に危害を加えること】になる。

私はたとえ相手が人外畜生だろうと自ら手は下したくない。だがここで全員がやられてしまえば多くの人に私のせいで危害を加えることになってしまうのだ…!

あるいは私が一人で全ての脅威を排除出来れば、皆の役に立ったと言えるのか…?

「ボーッとするな!」

魔物が向かってくる。小鬼だった。

ゴブリン。それを認識するとすぐさま、

私は瞬時に叫んだ。

もうやめよう…投降する。と。

怒り狂った冒険者に襲われながらも私は軍を抜け出し、かつて自分が働いていた採石場に敵の主要部隊を誘導した。

暴力は受けた。頭から血は出たし足も切られてまともに歩けなかった…

仲間の居場所を吐けと言われたから、正直に【居住している場所】を教えた。

もっともそこには今は誰もいないが…

そして…

石の価値を教え、切り出している石を好きなだけ持っていっていいと伝えた。

ウーフェブスさんに怒られるだろう。

だが、今のところ誰にも危害を加えていない…。石を拾ったのは彼らの意思なのだ…だから、この後起こる出来事に関して、私は完全な無実になる。なんとも姑息な考えだ…自分が嫌になる。


…冒険者が到着した。

小鬼達は持ち前の俊敏さで冒険者たちをまたもや翻弄する…訳はなかった。

当然加工前の原石なんて物を鞄に積めて、それでジャンプは出来るだろうか?

しかも彼らは小鬼だ。ゴブリンと言うのは普通は金品に目がなく、隠せるなら服の中にまで戦利品を隠す。

あるものは気づいて鞄を放ったが、

…もう全て何もかも遅い。

ここに来た時点で勝敗はついている。

採石場という石の壁が作り出す袋小路に自ら彼らはハマったのだ。包囲網は縮められ、小鬼たちは殲滅された。


…残ったのは私だけになった。

私は言った。

私は自らの意思で戦いを放棄した。

その意味では皆を危険な目に遭わせてしまったのだ…本当にすまなかった。

他人に危害を加えてしまった…もっと冷静になるべきだったのか。しかし…それでも仲間の皆は全員無事だった。

これが最善のやり方だったのだ。

もう悔いはない…殺してくれ。

「いや…君は英雄だ」誰かが言った「敵地に自ら潜り込み、絶望的な戦況でも決して自暴自棄にならず、敵の拷問にも耐え…何より、誰も死なせなかった」

「あぁ。こいつは勲章ものだぞ」

「襲ったりして悪かった…すまん!」

唖然としていると、私を呼ぶ声。

「メレット!」「メレットさん!」

「おいおっさんっ!」「ルーキー!」

ウーフェブスさんを含む採石場の皆が駆けつけ、私の手当てをしてくれた。

「お前のお陰で近くに住んでた息子と嫁が助かった…ありがとう…ありがとう」

「本隊の注意を引いてくれたから、俺達は戦いを続けられたんすよ」

「痛かっただろ…ごめんな…」

「見直したぜ。最も、お前が大物なんじゃないかってのは俺が一番知ってたがな」

あぁ。そうか…

皆が喜んでくれている。

私は【皆】の役に立てたのだ。

本当に良かった。


××××★××××

【領主の机に起きっぱなしになっている、高級ゼッテルの書きかけの文章】

それ以降、私は採石場から突然ソリアフィーヌ遠征隊の作戦参謀を任された。

全員の役に立つ仕事…

それを意識しながら頑張ったよ。


最大の戦果は村を襲った氷を吐くハイドラゴンの討伐作戦に参加したことかな。

自慢ではないがな…素敵な思い出だ。

勿論、味方側に犠牲は出なかった。

その戦果の数々をたたえられ…そして…

うむ。今は何故かこの場所にいる。

ここはとても静かで…そして何よりも皆の為に働く事がとても難しい。

召し遣いの仕事をやり過ぎてしまうと、執政官のルークが解雇してしまうのだ。

全くあいつは、私が仕事をするのにどうしてそれによって他人に危害を加えるような結果にしてしまうんだ!

中庭の一角には畑を作って麦を育てているが、他の人には変な目で見られるし…。

あぁもう、こんなことなら採石場にいた方がまだ生き生きとしていられた!


…ただ、私が税率を定め、貧困者に多少の施しをし、犯罪者を戒め、国民に麦の作り方を教える事で…国民全員の心が一つになり、等しく役に立てているのなら。

こうしているのも悪くはない。

かなり体がムズムズするのだが…

そうだ。領主の職務で忙しかったが、今まで世話になった方々をお呼びして晩餐会を開こうと思っていたのだった!

きっと皆喜ぶだろう。料理をもう少し上達させれば皆に振る舞えるだろうか。

ともかく参加者を書いておこう。

【この後、人名が23名を越えた辺りで一度ペンを置いている。領主は今日もニコニコと外を見ながら鏡に映る自分の姿を見てまたもや微妙な顔をするのであった】

××××★××××

【暗号名…「マーカー」

任務Aー3の報告】

偵察完了。

わざわざ攻め込む必要は無さそうだ。

まずは同盟を組んで、あのお人好しが治める国から麦を輸入してみてはどうだ?

実際、彼はお人好しで馬鹿に見えるが…正直に言おう。私のチームでは暗殺すらまともに出来る自信がない…。

本当にあの領主は何を考えているのか全く読めないんだ。この前は近くの森に狩りに出掛けていたそうだが、その際に見つけた魔物達のキャンプに単身で乗り込み、一緒になって酒を飲んでいたらしい!

正気の沙汰じゃない。

週に一度は自ら炊き出しに参加してるし、病院にだって勝手に行って医者に紛れて手当てを行ってるし、採石場、畑においてはほとんど毎日通って【自ら】働いてる。

新しい事は何でも覚える子供みたいだ。

だから…思うのさ…

我々が向かったら、今度は国民の為に、我々の技術を奪うんじゃないかって…

【返信…「マーカー」へ】

確かにお前の言う通りだ。

お前をけしかけなくても、あの国には冒険者が大量に来ている。あの領主が酒場に通ってるらしいという情報も聞いた。

…あぁ。ただ救いなのは、領主は【危害を加えることを嫌う】所だな。

提案通りあの国と同盟を組むよ。

それからの事はそれから考えよう。

ーENDー



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