【竜神リトルガール】の章
【鉄槍ウィルキンズ】
使役ってのは、必ずしも
『言うことを聞かせるようにする』
みたいな意味合いとは限らないんだ。
何かを使役する才能を持った者は、
時に無自覚にその対象に好かれるようになることがある…。
例えばウサギを操る獣使いの友人は、
使役しているつもりじゃなくても常に周りにウサギがいて、
彼を危険から護ってくれる。
それは『使役』といえるのか、
はたまたウサギ達の『意志』なのか、
ユーヘルト魔術学会が研究を続けているものの、未だに『使役能力』のメカニズムは解明されていない…。
【『リゼット』を名乗る少女。
漆黒に白いラインの入った鎧を着て、
黒い刃のバスタードソードを両腰に
一本ずつ差している】
やっほー! 私リゼット!
見てわかる通り、ドラゴンレディーよ!
お兄さんはここの国の人?
…違うのね?なら話は早いわ。
ねぇねぇ、私と『遊ばない?』
…
ちょっとぉ、無視しないでよっ!
ずっと本に文字書いてないでさ!
今凄く退屈で仕方がないのっ!
さっきの冒険者達はみんなすぐ壊れちゃいそうだし、壊したらまた怒られるし…
さっきぶらぶらしてたら、辺りと違う魔力が漂ってるのを感じてね!
きっとその本と貴方よね!
ねぇ…強いんでしょ?
私と遊んでよ!
人の目が気になるのかしら?
大丈夫、近くに邪魔はいないわ。
さぁ、勝負よ!
…
……
………
ううっ。
遊んでくれないの…?
…どうしても?
なんで…そんなぁ…
はぁ…分かったわよ。
じゃあ無理には誘わないわ。
…っグルァァァァァッ!!
はぁ…はぁ…
…フウッ…ぐぬぬぬ…!
っあー!ムシャクシャして仕方ないわ!
こうなったら…今からシウスの王城に襲撃仕掛けてやるんだからぁっ!!
貴方が…あなたが悪いのよ!?
ふんっだ! バーカバーカバーカ!
【少女は背中の黒い翼を広げると、
イオラムド王国方面へ飛び去った】
××××★××××
【一番上に『マーカス』とあり、
非常に汚い文字で書かれた
ノートの切れ端。
シウスの『クラーケンファイア!』
のテーブルのひとつに置かれていた】
見たんだ!俺は見たんだ!
あんのイカレ野郎
こっちに気づいてないな…。
早く逃げねえと!
…全く生きた心地がしなかったぜ!
噂の『リゼット』に会っちまうとはな!
あいつまた地面に武器を叩きつけて穴を掘って遊んでたな…
はっ、昔から何も変わりゃしねぇ。
そういや竜神は歳取るんだったか?
アヴェリー大陸の大戦で対抗国家2つと魔王軍の三つ巴の戦いになったとき、リゼットは母親と魔王城に引っ込んでたらしいな。結果的に魔王はその大戦で途中から人間国家が連合する事態になって滅ぼされたが…娘はしぶとく生きてたみてぇだ。
しぶとさは俺といい勝負だよな!
そうは思わねえか?
ちなみに魔王の血を引く者ってのは何かを使役する事が出来るんだが…リゼットは竜を使役することが出来る。
…背中の黒い翼や刺々しい尻尾とか見たら、想像つきそうなモンだけどな。
お化け屋敷で会いたくない奴No1かな?
…更に恐ろしいのは、見たところアイツは父親…もとい魔王から引き継いだ【黒龍の武器】を操ってやがるってことだ…
…知ってるよな?
何もない場所から様々な武器を現す事が出来るって代物だ…
剣以外にも槍や斧…
果ては弓まで出すんだったかな。
大理石だって切り裂ける切れ味で、
片手剣ですら大剣なみに重い。
一体何で出来てるんだろうな?俺が思うに竜のンコじゃねぇかなクソッタレ!
毎日暇してるみたいなんだが、
まぁそれもそうか。
俺の情報じゃ、あの子はどうやら今は親離れして一人でいるらしい。
実力者や強力なモンスターに一人でケンカを売りまくってるって話を聞いた。
…そう言えば昨日、奴は王城に遊びに行ったらしいな?
まぁ皆知ってるからここにいるんだろ?
父親は既に死んでるとして、母親や他の幹部達はリゼットを置いてどこに行っちまったんだろうな…
情なんて移るんじゃねえぞ。
あれは魔族だ…正真正銘の、な。
このクソッタレ酒場にも、そろそろ奴の手配書が回ってくるはずだしな。
…非情なハンターの諸君は恐らく、相手の見た目が可愛い少女だろうと惑わされず、リゼットと立ち向かうことが出来るよな。
あれは絶対野放しにしちゃいけない。
だが…残念ながら俺はどうもあれを攻撃するなんてこと出来そうにないんだ。
ま、新手の魅了魔法かもな…フ○ック!
だから…さ…
この件はお前らに任せたぜ。
今回、俺は降りさせてもらう。
自信のない奴は降りないと怪我するぜ?
怪我で済めばいいが…
リゼットはとんでもなく強いからな。
…下手したら魔王よりも…
何があっても命は大事にしとけよ?
俺から言えるのはそれだけだ。
【この後、シウスの王城に襲撃を仕掛けたとして更に賞金の上がったリゼットを狩ろうと総勢200人を超えるベテラン冒険者がクラーケンファイア!に集まった】
【だが、外壁で彼女を撃退したものの(倒せてはいない)、150名以上の重軽傷者を出す大惨事となってしまった…】
【これを受けて、シウス側は一旦賞金首リストからリゼットを除名。現在は警備を強化する事に専念している】
××××★××××
【クロイツ=バンガードの日記。
エリミネーターのエネミーレポートが
挟まっていたページを抜粋】
『ウンディーネの週…7日目』
ノルダン=バノーテの礫場にて。
魔族の少女が倒れていた。
黒き竜の尾と翼を持った、異形の少女は片方の翼を折られ、胸部からおびただしい量の出血をしていた。
私が近づくと虚ろな目を必死に見開き、上体を起こし片手にいつの間にか持っていた黒いクロスボウをこちらに向けた。
…私は動かなかった。
彼女はそれほどまでに重症だったのだ。
案の定放ったボルトは明後日の方向に飛んでいき、少女は仰向けに倒れた。
諦めの表情で、虚空を見つめている。
…私はどうすべきだったのだろうか。
紛れもなく上位魔族の可能性のある魔力が少女からは感じられた。
このまま武器に聖なるルーンを付与し、退魔儀式の後に少女に剣を突き立てれば、私でも命を奪うことが出来る。
このまま放っておけば、傷が再生してまた行動を始めるだろう。
近くの人里が襲われる危険だってある。
私は冒険者、クロイツ=バンガード。魔物による人的被害を最小限に食い止めるという大義を胸にに何十年と行動してきた。
この少女についての記述だって、始末してから書けば似たような魔族に対処出来る方法を他の冒険者に伝えられるだろう。
なのに何故…私は…
彼女を助けてしまったのだろうか。
『ドリアードの週…3日目』
少女が目を冷ますのに3日かかった。
その間ギルドに向かった時…賞金首に数日前まで名前が上がっていた人物…リゼットと、先日助けた少女が同一人物である可能性が浮上してきていた。
隠れ家では少女は目を覚ましていて、必死に腕を上げようとしていた。
もしもの為にこういった魔族に効果のある麻痺毒を飲ませておいていたのだ。
名前を聞くと、やはり
「リゼット」と名乗った。
栄養価の高いダンテラプターの卵で作った粥を食べさせてやる。
少女は自分のおかれた状況を理解したらしく、口を大きく開けてなすがままにされていた。やりやすくていいのだが。
…やはりこの粥にも睡眠導入剤とある特殊な媚薬、麻痺毒などをふんだんに持っていたため、多少罪悪感を感じている。
『ドリアードの週…5日目』
半ば媚薬でそうさせたとも言うが、少女は完全にこちらに懐くようになった。
傷も塞がり、翼もまた飛び立てるようになっただろうか。
ところでリゼットについて調べたのだが、なんと先の魔王の娘らしい…!
前大戦でようやく魔王を討ち果たす前の、人々が明日に怯えていた暗黒の時代。その諸悪の根源たる種子を、私はかくまっていることになるではないか…!
…しかし、だ。
今更彼女を逃がすのも危険であるし、殺してしまうのは余りにも…。
そもそも彼女は私が関わるときに常に片手に剣を持っているのを知っていても、無防備な姿で懐いているのだ。
自分がいつ私に殺されても仕方がないと、彼女自身気づいているのだ。
こんな事態になるとは…。
『ギルガメッシュの祝週…1日目』
少女をかくまって1週間が過ぎた。
ギルドから新種の魔物の情報収集を催促するようにケインズが派遣され…
バレた。
よりにもよってケインズである。
イオラムド王国の冒険者ギルド…そのシウス支部の顔とも言える人物だ。
「おやっさん…まさかおやっさんがこんな事してたなんて知らなかったですよ…」
冷や汗を浮かべながらケインズは言う。
まぁ…幸いこの隠れ家の場所を知っていると言うことは、私が特別に信頼している相手だけ。ケインズもその一人である。
「どうするつもりだったんです?」
私はうつむいているリゼットの頭を撫でながら言ってみた。
…いずれ魔族と人が共存出来るようになったら、私の仕事が減ると思ってな。
「…ははっ」
ケインズは一笑すると、
…問答無用で剣を引き抜いた。
「冗談きついですよ…一体何の幻惑をかけたんだ?リゼット…!!」
リゼットはため息をつくと私を通り抜けケインズの前に歩いていき…
なんと自ら聖なるルーンを唱えケインズが呆気にとられている間に簡易的な魔方陣に仰向けに横になったのだ。
「…何のつもりだよ」
ケインズが剣を振り上げた。
「私は臆病者だ…だから、お前のような者を如何なる状況でも見逃しはしない!」
…手を出せなかった。
ケインズの実力は知っている。
手を出せばたちまち氷の塊に変えられてしまうのは火を見るより明らかだ。
だが、少女はこの後笑うことになる。
「見逃しちゃったじゃん」
…どうしてだろうか。
どうしてこの少女の味方をしたいと、
そう思ってしまうのだろうか…。
放っておけない。
彼女がどんなに危険な存在なのか分かっている筈なのに、その小さくか弱い…そんな一面を見てしまったからだろうか。
眠りにつくとき、彼女は決まって涙を流している。誰のために流す涙なのだろう。
探求心が湧いてくる。
この少女について、もっと知りたい。
『ドリアードの週…1日目』
リゼットは私と行動を共にしている。
実は昨日はお互いで決闘してみた。
私が『生き残りつつ、常に水のように変化し、相手の新たな行動を引き出す』剣術なのに対し、彼女は『自分のパターンに持ち込み、貪欲に勝ちを狙う』剣術。
戦いにおいてはお互いがお互いをフォローするような形で動くことが出来た。
新種の魔物だろうと凶悪な万年亀だろうと、私とリゼットは立ち向かった。
【代わり映えしない内容が続き、ページをかなり飛ばす】
『サラマンダーの週…2日目』
…リゼットと恋人関係になった。
後悔や罪悪感がないわけじゃない。
齢40を越えた初老の男が…今更のように、娘のように可愛がり、ずっと一緒にいた少女を好きになるなんて。
ケインズの助けを借り、リゼットは正式にシウス支部に身を置く冒険者になった。
…驚くべきことに、彼女は強者に次々と戦いを挑み、あらゆる街に襲撃を仕掛けていたが、『誰も人を殺してない』のだ。
最初は懐疑的だった冒険者やシウスの人々も、今は彼女を受け入れてくれている。
…近いうちに式を挙げるつもりだ。
リゼットも楽しみにしてくれるだろう。
ー後書きに続くー
【クロイツ=バンガード】
リゼットは155歳だ。
見た目は子供なのに、歳上である。
可愛らしい声で妻は言う。
「シウス支部って、昔から【心得】みたいなものがあったのよね?他の冒険者の方からそんな話を聞いたわ」
私は答える。
「あぁ。あるにはあるんだが、昔はそこまで浸透していた訳じゃなかったからな。シウス支部を創立したケインズが考案したものだ。内容は確か…」
1 率先して弱きを救うべし。
2 仲間を頼り、信頼せよ。
3 たゆまぬ鍛錬で何事にも動じぬ『竜の意志』を身に付けよ。
4 蛮勇命短し。自身の力量を計るべし。
5 上記に背きし者は、冒険者にあらず。
「…だったな。
一応君も冒険者なのだから
ちゃんと覚えておきなさい」
「はあい」
リゼットは無邪気に笑うと、
窓の外を見ながら言った。
「これから…楽しくなりそうね」
ーENDー