【贖罪のエリミネーター】の項
【ケインズを名乗る騎士】
こんなの何かの間違いだ。
報告なんて出来る筈がない。
昨日一緒に寝ていた仲間が…次の日には返り血を浴びて憤怒を目に湛えて暴れまわっている。いつの間にかその姿は牛の頭の大男になり、異形と化してしまった。
私は彼を…殺さざるを得なかった。
私は死ぬわけにはいかない。
仕方のない話だった。
味方を手にかけたことも少なくない。
なのに…何故…
今回に至って私は
ここまで憤りを感じるのだろうか?
【とある冒険者の日記。
破損がひどく、数ページしか読めない】
エムルロースの鍾乳洞に足を踏み入れて
もうしばらく経った。
この鍾乳洞で観光客が消える謎を解き明かす為にこの鍾乳洞に入ったが、この鍾乳洞の深さは尋常ではなかった。
気づけば新人の冒険者が姿を消した。
回復担当である司祭が消えた。
仲間を守るべき騎士も消えた。
そして、ベテランの狩人も。
私と暗殺者だけが残った。
私は…別の大陸で起きた大戦で敵の陣営に向けて放った魔法が見事命中し、敵の大群を壊滅させた事があった。
その武勲を買われ、冒険者や観光客が次々に姿を消すと言われるこの鍾乳洞の調査部隊に抜擢されたのだ。
もとは愚かな事で知られるフェルダンテのアホ領主からの任務らしいのだが(本当にこいつ冒険者や俺を何だと思ってやがるんだ…)、報酬金額と、冒険者窓口のおねいさんの口車に乗せられ、ここにいる。
「…また階段だ」
暗殺者がそう口を開いていた。
私は適当に返事をすると、魔法の光の玉を用いて道の先を照らす。
安全だと思えば階段を下っていく。
暗殺者は後からついてくる。
…これをもう3日は続けている。
だが、これだけの時間最低限の食事と休むだけで、延々と探索を続けている訳だが、魔物…いや、我々以外の生命体に会ったことがおよそない。
いや…ひとつ言うなら、
何かを感じ道を引き返した騎士が
帰ってこなかったとき…
我々のいる場所から上の階層で何かが崩れるような音がしていた。
我々は自然現象だと思っていたが…
もしやあれは
【数ページに渡って解読不能】
…
ラティスと行動を共にしてから
もう二週間は過ぎた…と思う。
この結界のような世界に足を踏み入れてしまって、かなり後悔している。
飢えも疲れも感じず、ただ歩き回り、足場を見つけて下に降り、そして階段を見つけて下に降りていくだけ。
【字の劣化がひどい】
…はもしかしたら
…
つまりこの結界は
人を何人殺したかで
…
…
エリミネーター
【数ページ紛失】
ラティス…ラティス!
どこなんだラティス!
あぁ、とうとう私だけになった!
寒い、怖い、もう嫌だ!
ここがどんな場所が知ってたら来なかった
…いや、こんな場所に来る以前に、私は大戦で大人しく蛮族の捕虜になり、誰も殺さずに余生を過ごしてれば良かった!
立ち止まる訳にはいかない。
エリミネーターがやってくる。
明らかに上の階層でヤツが、近くの岩壁や目につくものを次々と破壊する音が聞こえてくる…。
ラティス、お前はもう奴に…?
逃げてやる。
こんな訳の分からない場所で、
訳の分からない…
エリミネーターに…
エリミネーター?
エリミネーターとは何だ?
何故この言葉を思い付いた?
【このページは文字の磨耗が激しい】
つまり私は…によって
…
…
…罪は
消えない
償うことで
死を授かる
どうすれば
…
【最後のページ。
誰にも読める程に鮮明に書かれている】
出口だった。
ここがどれくらいの階層であるか。
それは分からない…
でも紛れもなく鍾乳洞は終わっていて、
空いた出口から花畑が見える。
恐らく私は死んでいるだろう。
…
けれど仕方ない。
だが私は償いきったのだ。
消えない罪を!
悔いはない。素晴らしい生だった。
私はエリミネーターに感謝を告げると、出口に向かうことにした。
この日記は置いておこう。
誰かがまたここに来たとき、
この場所の意味を知るために…
××××★××××
【エムルロースの鍾乳洞調査部隊を
救出するため編成された冒険者部隊
『聖なるネズミハナビ』チームリーダー、『ファルファンタ』の報告書】
行方不明者を発見した。
鍾乳洞は底が深かったが、
最深部に大量の人の亡骸があった。遺品から、恐らく全員がここ数年で消えた冒険者と観光客であるだろうと分かった。
そして、少し離れた位置に銅像が設置されているのを発見した。
頭は牛のようだが、体は筋肉隆々の男のもので、巨大な戦鎚を持った銅像だ。
今にも動きそうなその銅像は、台座の部分にこんな文字が刻まれていた。
【消えない罪を理解するとき、
我は等しい死を与える。
消えない罪から逃げようとするとき、
我は憤怒の苦しみを与える。
消えない罪を償ったとき、
我は永久の安らぎを与える。】
生存者は3人。
いずれも数週間前にこの鍾乳洞で調査をしていたチームのメンバーである。
6人いた調査チームメンバーの状態を以下に書き残す。
一人目は見習い冒険者のテンペニ。
虫さえ殺したことのない彼は入ってすぐこの部屋で仲間が次々と眠るように倒れていくのを震えながら見ていたそうだ。
幸い鍾乳洞のこの場所には水脈があり、食糧を大量に持たされていた彼に別段異常は発見されなかった。
二人目は騎士のティレス。
残念ながら、低栄養状態で死亡。
何故か頭部に打撲傷があった。
低栄養状態にも関わらず、表情が険しく、何故か身体は魔力を帯びている。
…学会に精密検査を依頼した方が良い。
三人目は司祭のレケル。
一命はとりとめたものの、何かに怯えるように辺りを見回し続けている。
「あいつが追ってくる…」
としきりに呟く様は見ていて不快だ。
抗精神汚染薬投与済み。
四人目は暗殺者のラティス。
彼女は低栄養状態で衰弱していたが、
何故か誇らしい顔をして
「もう暗殺者でいるのはやめる」
と言い放った。…訳が分からない。
五人目は狩人のドゥンボード。
何故か笑みを浮かべながら、他界した家族への手紙を握った状態で死亡。
左足に打撲傷があった。
…最後に、魔法使いのテンカ。
彼は銅像の隣で…白骨化していた。
持ち物が彼の物であるため、最終的にこの遺体がテンカの物だと分かった。
大事そうに抱えた日記には
まるでこの鍾乳洞が底なしで、
自分は罪を償ったなどといった
気が触れたような内容が書かれていた。
推論に過ぎないが…
ここに足を踏み入れた者は
強力な睡眠魔法と精神汚染を受け、
誰かに見つけられるまでずっと昏睡状態になってしまうのだろう。
だが。しかし…
では何故数週間前には生きていたテンカの遺体は白骨化してしまったのだろうか?
テンペニはそもそも入り口近くにいたため、奥の銅像付近にいたテンカの様子を確認することが出来なかったそうだ。
情報は足りない。
だがこれ以上犠牲を増やせない。
ここはすぐさま閉鎖すべきだ。
間違っても、この鍾乳洞に
旅人や観光客を入れてはいけない…。
××××★××××
【クロイツ=バンガードによる
最近書かれたエネミーレポート。
『エリミネーター』について
書かれており、流通前ゆえに
その価値は高い】
〜基本的情報〜
穢れた魔力によって、
原生生物が変異することがある。
君たちも知っての通り『穢れの一角獣』などといった、元は聖なる獣もあぁいうふうに変異することがあるんだ。
この現象は『適応進化』と言われる。
最近、よくあちこちで見られる魔物…
エリミネーターもそうして生まれた、穢れたマナによる被害者といえよう。
頭は牛の頭そのもの。
身体は筋肉隆々の男のもので、常に怒りに満ちた叫び声をあげながら目につくもの全てに襲いかかってくる。
場合によっては鎧を着た個体もいる。
生息地はどちらかと言えば古代遺跡や神殿などの建造物にいることが多い。
手に持った戦鎚、もしくは処刑用の剣や斧の威力がとてつもなく高い。
奴の前でボーッとしていようものなら
すぐにでも肉塊になる事になる。
注意すべし!
〜討伐方法〜
彼らは怒りと憎悪に任せて突っ込んでくる。その攻撃をうまくかわすと、大振りの武器を扱う彼らのこと、簡単に隙を作り出すことができる。
ただし、他の魔物と違いリーチの長い武器を操るので、振り回された場合、背後からの攻撃も安全とはいえない。
遠距離攻撃を行ったという記録が無いため、注意を引いて貰いつつ、弓や魔法などで少しずつ体力を削っていくのが最も安全な戦術かもしれない。
とてつもない耐久性を備えており、簡単には倒せると思わない方がいい。
全身に火傷を負おうが身体を槍で刺し抜かれようが、痛みをものともせず暴れまわる姿は、見る者に恐怖以外抱かせるものはないだろう…。
確実に息の音を止めて、頭と胴体を切り離すぐらいの事はしてもいいかも知れない。
〜報酬〜
最近見られ始めたということもあり、
報酬はかなり良い。
着ている鎧はサイズ故に余程の大男でもない限り着用不能だが、何処で作成されたのか、上質なシルバートータスの甲羅やチェイングランドスネイルの革などを使った物であるため、職人には喉から手が出るほどの価値があり…高価で買い取られる。
武器をもち運べるなら、溶解して上質なルーンライトストーンやデッドアイクリスタルを入手することができる。
とはいえまだ討伐に成功したのは行商組合『ホワイト・ソルト』の傭兵や、
『汚れ騎士』ケインズ…
ユーヘルト魔術学会指定S級討伐部隊
『ピアーシングスタッフ!』、
それに『浄化同盟』団長サー・プロミネンスと副団長イジェルファー・バーンアウトなどのこの業界の最前線を行く者達だ。
自らの力を過信することなく、
発見時は冷静に戦うべきか、
そうでないかを見極めて欲しい。
私もリゼットという女性戦士と共に討伐を果たしたが、リゼットもケインズに匹敵する程の武勇の持ち主である。
身体構造がまだ学会によって解明されていないため、エリミネーターの皮や目と言った身体パーツには未だ価値は付けられていない。どのような危険があるか分からないので、面白半分で解体しないように!
〜個人的な考察〜
はっきり言って彼らがどこから来たのか、何の生物群に分類されるか分からない。
学会は研究中としているが、実際彼らが失踪した冒険者の姿に酷似していたりとか、恨みや憤怒の感情のままに冒険者が自ら何かを肉体に宿らせたか。
酒場ではそう言った噂を聞いた。
『エリミネーターは元々人間だ。フェルダンテ領内のとある鍾乳洞の閉鎖区域に、エリミネーターとそっくりの銅像がある場所があって…その場所の魔力に当てられた人間がエリミネーターと化す』
とか、
『モストレイ海峡のルザヴァーダ海底神殿群にエリミネーターの集落がある』
とか、
『エリミネーターは一通り人間を手にかけた後に何故か自害する』
など…。
真実はどうなのかは分からない。
まだ発見されてから日が経っていない魔物であるから、それらはゆくゆく分かっていくだろう…
ただ、私は恐ろしくてならない。
この魔物がもし…
かつての同胞なのだとしたら…
もし、
知っている人だったのだとしたら…
そんなものに剣を向け、倒してしまったことを果たして神はお許しになるのだろうか。
ーENDー