【獣人の都リッジーボーム】の項
【ケイオス】
酷く汚ない話だ。リッジーボームという単語を聞いただけでも、
エランド大陸に住まう人という人は例外なく食欲を無くすだろう。
余程生活に困窮していたり、
自分の人生に嫌気が差したのでないなら、獣人の都…リッジーボームへは絶対に行かない方がいい。
【きれいに折り畳まれ、細い封筒に入った羊皮紙に羽ペンがダンスを踊ったような筆跡で文章が書いてある】
拝啓 お母さん。
お母さんとクリーヌスが居なくなって、
冒険者になってもう一年が経つんだね。
一体ドラゴンの襲撃を受けた後、どこにいったのか…とても心配してるんだよ。
今年の冬はリッジーボームで過ごそうと思っているんだ。まぁ確かにちょっと衛生的には悪い場所だけれども…
でも僕は平気だよ。
お母さんとクリーヌスも今年は特に寒波がきつくなるそうだから…。母さんは病気をこじらせないように、クリーヌスは引き続き母さんの面倒を見ていて欲しい。
リッジーボームについて。
きっと二人は行ったこと無いだろうと思うから説明しておくね。
場所はレクリッドの港町から南にしばらく進んだ先にあるブーリッツ半島…その半島のチァル山地をくりぬくように作られた、トンネルと地下に広がる一帯の事だよ。
ゴブリン、オークにオーガ、
リザードマン、ワーウルフ、
ケットシー、トンベリや…
なんと動く骸骨やリビングアーマー、
果てはスライムに至るまで、
様々な種族が共存して生活している。
ここでのマナーが3つある。
『殺すな』『盗むな』
『気にするな』
破ったらつまみ出されちゃうらしい。
でもそれさえ守れば、人間だって歓迎してくれるんだ。ちょっと生臭いけど暖かい場所でゆっくり冬を越すことができる。
何人かのリザードマンやゴブリンとお話をしてみたけど、皆いい方々だった。
冬を越したら一度実家に帰るよ。家は建て直しておいたから、すべきことが終わったのならすぐにでも帰ってきて欲しい。
話したい事が沢山あるんだ。
それじゃあ、短いけれどこれで。
〜愛をこめて。 リンピィ
××××★××××
【『浄化同盟』のメモ。リッジーボームでの【処刑】の後、『浄化同盟』構成員『マァバ=ドルガノフ』の残された胴体から発見された】
作戦任務Cー16を公布する。マァバ、イリシ、クリッシェン率いるそれぞれ10人ずつ、計30人による大規模な浄化任務だ。
我がソリアフィーヌより東に、獣人たちが寄り合って暮らしてる場所がある。
はっきり言おう。不衛生すぎる。
最近東の方から輸入されてきた食べ物で食中毒を起こす者が多い。
話によればリッジーボーム産の肉や野菜と言うじゃないか!
許さねえ…燃やしてやる。
よく加熱すれば、あの場所も人が住めるような気持ちのいい場所になるだろう。
危険度C。
現地は非常に入り組んでいる。
各員は各部隊のリーダーから直接指示を受け、迅速に浄化を開始せよ。
クリーンアップ!
ファイアー!
コンプリートの精神だ!
【発見された当初の反応】
「…ないな」
「あぁ。冒険者もひどい真似しやがる」
「同盟国の直属部隊のふりしてリッジーボームを襲うなんて、一体何考えてやがるんだこの腐れ外道は」
「死んじまえ!…あぁもう死んでるか」
××××★××××
【一番上に『マーカス』とあり、
汚い文字で書かれてリッジーボームの
公共広場のゴミ箱に入っていた
ノートの切れ端数枚】
見たんだ!俺は見たんだ!
酒場のキチガイ共はまだ気づいてやがらねぇな。早く逃げねえと!
どこから話そう。
いや、別に単純に一言で言い現せる言葉があるんだったぜ。聞いてくれ…
フ○ック!汚すぎだこの町!
なんというか地下世界じゃ水は貴重らしくて獣人は風呂に入りやがらねえからな…なんつうか、くせぇ…臭すぎる!
それならまだいいさ。イオラムドのヒリアンのスラム街に言ったら、そのくらい臭え連中はわんさかいるからな。
まず町だ。広めの地下空間には壁をくりぬいて作った住居が並んでいる。
ロマンチックな場所だよな?
…一回来てみやがれ平和ボケ野郎。
そこかしこに!落ちてちゃいけねえもんが落ちてやがるんだ!!
掃除ってのを知らねえのか!?つうかまさか…ここには便所が存在しねえのか!?
文字通りクソッタレだぜ!
俺が見たのはな…飯だ。
あぁ…俺はもうレクリッドに帰るよ。
多分朝の3時だが構わない。
食えたもんじゃねえ。
何がどうやったらそうなるのか分からない色の肉や野菜…とりあえず駄目だ。とても人の食い物には見えない。
調理場を覗かせて貰ったら案の定、でけえフライパンの前にヨダレが鍋の中に入ってるのを関係なしに毛がモッサモサ生えてるワーウルフがおままごとしてやがった。
なんかまな板の上には蠢いてるなんだか真っ赤な何かが置いてあって、足元には何かの目玉が転がってやがった。
…どうしてくれんだよ。
俺もう死ぬかも知れねぇな。
唯一食えそうな何故か苦いシチューを一皿食っちまった後でそれを見たんだよ。
一応、『気にするな』ってのに引っ掛かるからリバースするのは抑えた。
とりあえず自分の胃の内容物だけうまく焼却させねえと…!
誰が悪い って話ではないけどな。リッジーボームの連中は本当に良い奴らが多かった。
気さくで、豪快で、相手が魔物だろうと人間だろうと平等に扱ってくれるんだ。
…『気にするな』ってルールのせいで多分掃除する奴がいねえんだな!
なんて律儀な連中なんだクソッタレ!
ただ…この『気にするな』ってルールのお陰で彼らの社会が成立してる気がする。
…寝床はクソ入りの藁だったけどな!
まぁ、憎めない不思議な場所だったよ。
…もう二度と行かねえけどな!
しかし酷い臭いだぜ…
服は全部着替えて焼却処分しないとならなさそうだ…。気に入ってたのに!
ここに来るって猛者は浄化魔法の使えるプリーストさん辺りと一緒に来たほうがいいかもしれねぇな!
××××★××××
【リッジーボームの入り口に立て掛けられた50からなる言語で書かれたメッセージ。『人間語』の欄にこう書いている】
リッジーボームへようこそ!
親愛なる人間の諸君!この町はな…
綺麗好きな奴には向かないから帰れ。
この文字から内側に入る人間に、3つだけ守ってほしい事がある…。
『殺すな』
どんなものにも命がある。
俺らはいいがお前達はよそものだ。
ここには虫のお客様だっているからな。
絶対に…『何も殺すな』
『盗むな』
他人の物は盗っちゃいけない。
わ か る よ な ?
人間様のとこの職業に
「盗賊」なんて職があるらしいが…
そいつは今すぐUターンして帰った方が身のためだぞ?いいな、『何も盗むな』
『気にするな』
この町では色んな事が起きるだろう。
警備兼処刑人のオーガが大斧を持って巡回して、馬鹿を見つけ次第処刑したり、
料理がかなり独創的だったり、
慣習や好きな環境、文化の違いに戸惑う事だってあるかもしれない。
だから…すべてに合わせる為に、
『何も気にするな』。
以上三点が守れるやつは歓迎する。守れないってんなら安全は保証しない。
人間語の分かる宿はこの先を真っ直ぐ行って二番目の曲がり角を左に行った先にある、【ヨウコソ】って書いた店な。
警告しとくが、一応やることが済んだら早く帰ったほうがいいぞ。
何でかって?『気にするな』。
【冒険者リンピィ=ザーヴェルはこの町で消息を絶っている。何が彼に起きたのか、知る者は誰もいない…。】
ーENDー
【ケイオス】
余談だが、民主主義で多数決で運営を決めるリッジーボームにも一応、『獣人王』なる人物が存在している。
獣人王は政治には消極的だが、一声あげるだけでリッジーボーム全ての獣人やアンデッドまでも従わせる事が出来るらしい。
彼が表舞台に出ることは稀だが、
名前だけは誰もが知っている。
現在は…
『「絞獲王」ミッシャーバルデ』
という
バインドキャスターのナーガだそうだ。