五
☆
外と比べ、畳部屋はからっとした暑さだった。部屋の四隅から天井へと伸びる原木をアクセントに、涼し気さを感じさせる障子、清潔感のある畳。この家全体を支えているけやき材の大黒柱。
THE日本家屋といった感じの屋敷の一室だ。尤も、何度か改装工事を受けているので、見た目以上に頑丈な造りとなっているようだが。
この家の荘厳さに、初めて来た者の多くは気圧されるのだが、正春にとってここは実家。生まれ育った場所だ。
「おー、よく来たな、正春、こっち来いや。まぁ、座れ座れ」
――障子また張り替えたな。
などと、家のあちこちの細やかな変化にいち早く気が付きつつ、声のする方を見やった。本家の当主が、からからとした声で笑いながら、部屋へと入ってくる。対する正春は軽く一礼したが、その顔は苦い。
「ボクの家に人を寄越す時はもっと早くから言って貰えませんと。留守電のメッセージで済ませんでください」
「だってなぁ。お前、俺からの電話取らないじゃねぇか」
「着信拒否にしてないだけマシだと思っといてくださいね。今年だけで何件霊媒任せたか覚えてます? 未だに報酬払ってくれませんし。障子変えるだけの金があるなら、給料払ってくださいよ」
「がめついなぁ、お前。そんなんだから、胡散臭い霊媒師止まりなんだぜ?」
なぁ? と何もない空間に向けて当主――土御門清明は、話しかけた。その行為を特に不審にも思わず、しかめっ面で正春は本家当主を睨み付ける。
土御門正春は、現代においては、ほぼ絶滅危惧種と言ってもいい霊力を持つ陰陽師の1人だ。その先祖はかの有名な安倍晴明その人だ。安部は代々陰陽師の家系を輩出し、室町時代の頃に土御門を名乗った。
その子孫が正春や目の前にいる清明だ。正春はよくこの清明にこき使われ、雑用を押し付けられる。二児を男手で育ててきた父親で、見た目は温厚そのものだが、色々な意味で修羅場をくぐってきた男だ。
対する清明は、矍鑠とした老人で、へらへらとしているようでいて、その声、動きには張りがあり油断ならない爺やである。特に眼光――目力とでも言うのだろうか、非常に鋭く相手を見る観察眼の持ち主で、たとえ身内に対してでも、厳しい視線を向ける事がある。
安倍晴明の二人の子孫。切っても繋がり続ける、腐れ縁ならぬ腐れ血縁。
「まぁ、なんだ。雑用以外にも重大な事話す時もあるんだからよ、電話は小まめに確認するこったな」
「はいはい……って、あんたも、そんな重大なことを電話一本で済まそうなんて思わないでくださいよ!」
「お、なんだなんだ、文句があるなら聞こうじゃないの!」
「おー、言ってやろうじゃないか。いっつもいつもしょうもない霊媒の仕事ばっか押し付けよって、肝心な連絡だけついでのように知らせるのやめてもらえます?」
「何言ってんでぇ。今時、霊媒師がなんのつても無く食っていけるわけねーだろ? 良くて詐欺師だ。仕事回して貰えるだけでも感謝しな」
「ほー? やたら恩義がましいですなー、流石陰陽師の本家当主様であらせられる」
「け、その恩義がましい当主様の脛を齧らないと生きていけないのがお前だ。せいぜい、恩を売っておくこったな」
本家の当主は、にやりと偽悪的な笑みを浮かべ、むすっとした正春の肩をバンバン叩く。
――全く、敵わない人だ。
二人のしょうもない会話が途切れたタイミングを見計らったか、清明の隣に座っていた影が揺れ、女性が音も無く現れた。
「もう、よろしいですか?」
「お、おー、すまねぇな。幸徳井の。」
やり取りに特に関心はないのか、女性は無表情でそう訊ねた。正春は特に驚きもせず、女性の方に
「居るなら最初から姿見せてくださいよ弥生さん」
「いえ、お二人の会話を邪魔するわけには――」
「姿隠しながらくすくす笑っていたでしょ?」
「――!?」
意表を突かれてかみるみるうちに、弥生の澄ました顔が崩れ、真っ赤になる。
「ば、バカなことを言わないでください。そんなことで私が笑うわけないでしょう、もう――それより」
幸徳井 弥生。幸徳井家の現当主である。土御門家と同じく陰陽道を家業とし、その子孫は土御門家と同じく、安倍家の末裔であるとされている。歴史的には安倍家や土御門家の補佐といった色が強いが、一時期は陰陽師の組織である陰陽寮のトップの座についていた事もある。
土御門家と並び、この現代においてもなお霊力の高い陰陽師を鍛え、輩出させている名門家である。
土御門家と幸徳井家。この二つの家がここに集まった。それは一つの兆し。
正春にとっては到底受け入れがたい運命の。
「あの二人、今頃どうしているでしょうね?
渡辺冬馬
見た目は不良少年、オールバックがトレードマーク。料理が得意で、人への気遣いも上手い。