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陰陽之双剣  作者: 瞬々
第一章 出会う二人
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 夏の生温かい風に吹かれ、カランコロンと申し訳程度に鳴る風鈴の音を聞きながら、土御門日向つちみかどひゅうがは身体を起こした。身体中汗で生温い湯にでも浸かったかのようで、頭の中では見えない鐘を誰かがガンガン鳴らしていた。頭痛だ。


 時計を見ると、朝の6時。夏休みを満喫する高校生の起床時間にしてはちょっと早いが、日は既に昇っていた。冷房の風が嫌いなので夜中の内に切るようにしている。なので朝には彼の部屋はちょっとした蒸し風呂状態になる事もしばしば。


「あちぃー、だりぃ……」


 気だるげに身体を起こし、汗でぐっしょり濡れた赤毛の髪をタオルで拭く。鏡を見て髪を整えようとしたが、どうにも締まらない。諦めて部屋を出た。一階へと赴こうとして、日向は足を止める。


 ぼうっと淡く儚く光る女が目の前で立っていた。


 年は日向と同じ位だろうか。前髪はおかっぱで後ろ髪は腰に届く位の長さ。目鼻は整っているのだが、どことなく幸薄そうな雰囲気を全体から醸し出している。


 日向が自分の姿を認識したのを見て、嬉しそうに、本当に嬉しそうに、口の端を吊り上げて笑い、ゆらりと近づく。


 その手がゆっくりと持ちあがり日向の身体へ――。


「お――」


「おはようございます、ユウコさん。朝っぱらからセクハラとはふざけてやがりますね?」


 がしっとユウコさんの手首――防がなければ腰を触られていた――を即座に掴んだ日向は、そのまま背中へと回した。その鮮やかな手の速さ、関節をあらぬ方向に曲げられたユウコさんは膝をつき、空いてる手で床をタップする。


「ぎぶー!!ぎぶ!!!」


「……もう二度とやるなよ?」


「はい、申し訳ありませんでした」


 凄むと、ユウコさんは目に涙を浮かべてそう答えた。直前のやり取りを知らなければ、男が女を力で組み伏せて泣かせてるという、バイオレンスな光景に他人の目には映ることだろう。

――他人の目に映れば、の話だが。

 ユウコを組み伏せている日向の横のドアが開いた。


「こらー、また、ユウコさんを泣かせてるのー?」


 聞いてると力が抜けてしまいそうな、妙に間延びした声。ユウコさんと同じ女性だが、こちらは少し年上、髪もユウコさんと同様長いのだが、頭の後ろで束ねている。どことなく、ゆるくてふわふわした雰囲気を醸し出しているが、ユウコさんと違い、こちらは実体があった。


 土御門菊里――日向の姉だ。


「ひーん、菊里くくりさん!!」


 日向から解放されたユウコさんは凄まじい駆け足で菊里の後ろへと隠れる。ぷるぷると震えている彼女の頭を菊里は優しく撫でた。


「卑怯者め……」


 毒吐くと余計に悪者感が増すのだが、日向は恐ろしい形相でユウコさんを睨み付けた。


「日向、駄目でしょー、女の子泣かせたら」


「そうだそうだー」


 おのれっと、安全圏から攻撃してくるユウコさんを歯ぎしりしながら、睨み付ける。だが、ユウコさんの頭にも、菊里は軽くチョップを加えた。


「痛っ!?」


「ユウコさんもユウコさんよー。また、変な事したでしょー? 二人とも悪いとこがあるんだから、お互いにー”ごめんなさいでしょ?”」


 言葉の最後の方だけ明らかにトーンが下がった。あ、やばいと二人は本能的に悟った。


「「ごめんなさい」」


「うんうん、二人とも仲良くねー。今から朝ご飯作ってくるから、喧嘩しちゃだめだよー?」 


 「ごめんなさいでしょ?」が幻聴だったのではと錯覚する程に優しい声に、二人はこくこくと頷いた。――この家での頂点が誰なのか……それは明々白々である。


 一階に降りると、お茶の間には、既に先客がいた。おかっぱ頭の少年なのか少女なのか見た目では分かり辛い童がちょこんと座って、朝ご飯を待っている。ユウコさんと同じく、身体全体が淡く儚い光に包まれている。因みに少年である。


「よう、レイ」


 日向が声を掛けたが、無言。聞こえているのかどうかさえ怪しかった。それでもごはんだけは頂いていこうというのだから、厚かましいがきんちょなもんだと、日向は呆れた目で見ていた。


「おはよう、レイちゃん。今日も可愛いわぁ」


 ユウコがすすすっと怪しい動きでレイちゃんに近づいていくのを、日向は首根っこを掴んで止めた。


「おい、止めろ変態」

 

 全く、油断も隙も無い奴だ。接近を止められたユウコさんは唇を尖がらせ非難めいた目で見つめてくる。そんな目で見ても駄目だとばかりに、額に青筋を立てて睨み返す。


 そんなくだらない攻防を繰り返す事、三十分。エプロンをした菊里が朝食を運んできた。


「はいはい、喧嘩しないの、もー」


 部屋の中に漂う、甘さとギスギスが混在したカオスな空気の中で、菊里はひたすらマイペースに配膳していく。ほかほかな湯気の立つふっくらとした白米。ごはんのお供にとその横に置かれたのは、よくかき混ぜられて粘り気を引き出された納豆と橙色の生卵。大根とジャガイモ、豚肉の旨みの滲み出る豚汁。中までしっかりと火が通され、じゅわっと脂の乗った焼き鮭。青みの深いホウレンソウはごま油と共に皿の中に添えられている。


 起きた時は倦怠感のせいで、まるで感じなかった食欲がどこからともなく湧き出てくる。胃腸がエネルギーを求めて、ぎゅるると鳴る。くすっと菊里が笑った。


「それじゃあ、皆さん」


「「「いただきます」」」


 菊里の声に、三人は目の前の食事に手を合わせた。温かみのある家庭ののどかな食事……なのは確かだ。


 確かなのだ。雰囲気だけ見れば。


――いつ見てももどかしいな。


 ユウコさんとレイちゃんの二人が箸を動かし、せっせと口に食事を運んでいる。時折、「おいしいー」というユウコさんの声だったり、幸せそうに口元を緩めるレイちゃんの姿から、少なくとも味覚はあるんだなと感じさせる。


 なのだが、目の前の膳は、一向に減らない。それもその筈、今更不思議がる事でもない――幽霊なのだから。


――腹が満たされるわけでもない、食わなきゃ死ぬ(もう死んでるんだし)わけでもない。食事はそのまま残る……。


 その事が、日向は昔からもどかしく感じていた。最初は正直、勿体ないなとすら思っていたのだが……。


「おいしぃねぇ~」


「ユウコさん、美味いのは分かったから。顔、顔」


 なんか今にも溶けそうな位に目と頬が緩んでるユウコさんを見て、日向はおかしくなり、苦笑いを浮かべた。レイは黙々と、だが、すごく美味しそうに箸を動かしている。


――まぁ、いいか……。


 大概の事に慣れてしまっている日向はそんなことを考えながら、豚汁を啜った。ユウコさんが箸を置き、菊里にお椀を突き出した。ごはんは1ミリも減っていない。


「菊里さん、おかわりー」


「おい、待てこら」

土御門 日向ひゅうが

日本人らしからぬ赤毛、明るい瞳の少年。霊感が強く、幽霊が見え、触れることすらできる。霊媒師を生業とする父正春が幽霊を連れてかえるので困っている。


趣味はゲーム実況。ただし再生数が三桁を超えたことがない。

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