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浮気男と、時々女子会。

作者: 御崎 仲太郎

 私の趣味は人間観察だ。現に今もこうして、こぢんまりとした喫茶店で店員として働き、客を観察している。大きなレストランや商業施設のフードコートも良いのかもしれないが、ぽつぽつと現れる客を真面目に観察するにはこちらの方がよい。

 今この店にいるのは、常連の老人が一人、女子会と思しき見慣れない女性の集団。……いや、あの一番右端の女は前に来たことがあった。前回はこれを気に入っていたから、もし次回があればそっちのメニューをお勧めしてみよう──こんな風に商売の役にも立っているので、馬鹿にできない趣味だ。

 

 おや、客がきた。カランカランと音を立てたドアのベルに視線を送ると、そこにはカップルらしい二人組。ふん、容姿は二人とも中の下だな。男の方はちゃらちゃらしているし、女の方も少しとがったファッションに身を包んでいる。まあ、お似合いだろう。私はこの手の人間が苦手なのだ。観察対象としては、悪くないのだが。手早く空いてる席へと誘導する。

 カップの水とメニューを抱えて二人のいる席へと足を運ぶ。──二人の話し声がする。

「あー、ほら、あの子だよ。あの子俺のめっちゃ好み。少しは見習えよ」

 男は、女子会集団の一人を顎と指で指しながら女に言う。無神経な男だ。女の眉がピクリと動く。唇が強張った。

「あんたねえ、私が──あら、店員さん。ごめんなさいね」

 びりびりと不穏な空気。割り込みたくない、割り込みたくないが、私は二人に渡さねばならない。メニューを置き、カップの水を二つ並べる。ごゆっくり、なんて言うだけいうと、すごすごと奥に引っ込む。

 いつもの観察スペースへとたどり着くかつかないかと思った瞬間、水音がした。ガチャンと僅かにずれて二つ、ガラスが木に叩きつけられる音が響く。驚いて振り向くと、男女はそれぞれのカップを鷲掴みにしていて、もう水は残っていない。勘弁してほしい、そのカップは高いんだ。

 見渡して気付く。水を飲み干したのは、お互いの喉ではなく──それぞれの洋服だった。濡れてみっともなく崩れた女の髪、男の透けたTシャツ。

 続いて飛んでくるのは、狭い店中に響くほどの女の叫び声だ。

「ふざけないで! 私、あんたが浮気してるの知ってるのよ! 私とあんたのペアリング、どこやったのよ!」

「なっ……浮気じゃねぇ、本気だ! だいたいペアリングだって俺が買ったんだから、好きにしていいだろうが! あげたよ、アキラに!」

 負けじと言い返した男からは、水か滴っている。いい男では、ないが。

「何ですって! ……その靴も鞄も、私があげたわよね? じゃあ、返してよ、今すぐ!」

 男はギクリとした表情を見せるが早いか、即座に靴を──薄汚れたスニーカーを、床に蹴り捨てた。まじか。思わず声が出そうになる。どうやって帰るつもりだろう。

 続いて鞄の中身を出しながら、時折女が「それも私の!」と口を挟むのに一々舌打ちしていた。そうして空になった鞄を女の方へやると、手元に残った小物類を大事そうに引き寄せた。裸で全部持って帰るつもりだろうか。

 自身が店員である、騒ぎを止めるべき立場であることも忘れて、私はそのカップル食い入っていた。

 ああ、老人が帰ってしまう。レジでの会計にクーポンとお詫びを添えて老人を送り出した私は、女子会集団の様子──野次馬らしく、食い入っている──をちらりと見ると、痴話喧嘩を止めるのをやめた。もうどうにでもなれ。私はまるっきり第三者の気分で、老人の席を片付けながら男女を眺めていた。

「あー可愛くねえ! そんなんだから浮気されんだよ。それに引き替えアキラは良いぞ。気立ても良いし、可愛いし、おまけに頭も……いぶっ!」

 最後の方は、男の悲鳴によってかき消される。女のヒールが脛に刺さっていた。これは痛い。

「さっきは情けをかけてあげたけど、もういいわ。そのズボンも私があげたものだったわねえ?」

 女の意地悪い声が響く。女子集団はは口をバカみたいに開けながら眺めている──ヤケになったのか、男はベルトに手を掛けると、一気にズボンを脱いで女めがけて投げつけた。女子会からは「キャー!」だの「やばくない?」だの悲鳴が上がっている。

「このクソアマッ! これだから女は!」

「なんですって! 私だって……あなたがホモだって知ってたら、つき合わなかったわよッ!」

 アキラ、男だったのか……。そんな私の思考をよそにそれだけ言うと、女は男から回収したものを鷲掴みにして店から出てしまった。

 残されたのは、ブリーフ丸出しの男が一人と──むなしく響きわたる女子会集団からのカメラのシャッター音。

 私はどうすればいい?

 あと、せめて注文くらいして行け。

 

 

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