四章
(やり過ぎちゃったかなあ……)
練習終了後、健一は置き去りにしてきた茜を思って自身の仕打ちに後悔をしていた。
たしかに茜の取った行動には怒りを覚えるが、気持ちはわからないでもない。健一だって茜が告白されると知っていたら、信頼しているとはいえ身悶えるほど気に掛かるのは間違いない。
(俺も謝ろう。……でも茜、いつもみたいに待っててくれるかなあ)
気の強い茜のことである。健一の態度に怒って先に帰ってしまう可能性もなくはない。そうなった場合は恐らく破局まっしぐらであろう。
(まあ、なるようにしかならないか)
とにかく冷静に話し合おうと健一はシャワー室を出て、部室へと向かう。既に辺りは薄暗いため茜の姿はまだ確認できない。
「よっ、今日も森本のために急いでんのか? 彼女持ちは忙しないねえ」
「ほっとけ。こっちはお前に構ってる場合じゃないんだよ」
「おいおい何焦ってんだよ。ケンカでもしたのか? 練習中もイマイチ集中できてなかったみたいだしな」
「それは……すまん」
やはり和彦から見てもそうかと健一はうな垂れた。チームメイトに迷惑を掛けていると健一は素直に頭を下げて反省の意を示す。
「まあ、そういう日もあるだろ。悩んでるならいつでも相談に乗るぞ」
「ありがとな。でも、大丈夫だ。すぐに解決させるから」
「そっか。無理だけはすんなよ、旦那様」
「わかってるよ。ありがとな、奥様」
息の合ったバッテリー同士でお互いに親指を立てる。自身の異変を敏感に察知して気を遣ってくれる辺り、まさしく恋女房だなと健一は頭が下がる思いだった。
「おっ、早速頑張りどころじゃないのか?」
「茜……」
部室前まで来るといつも通りにそこには茜の姿があった。いつも通りでないとしたら茜の表情が暗く、俯いていることだけであった。
「ちょっと待ってて。荷物取ってくるから」
「……うん」
いつもと様子が違うだけに周囲から何事かと奇異の視線を受けているだろうと健一は身支度を急ぐ。鞄を持って周囲に挨拶をして健一は部室から飛び出す。
「お待たせ。それじゃ帰ろうか」
「……うん」
茜を伴って健一は部室を後にする。心配そうに見送る和彦に一つ頷きを返すと、あとは校門へと一直線に向かう。
「さっきはごめん。言い過ぎた」
「私こそごめんなさい」
既に辺りは暗く、生徒の姿も見えない。後にすればするほど言いにくくなると健一は茜に謝った。茜もまた素直に頭を下げる。
「だけど今後もしもまたああいう機会があったら、遠慮してほしい」
「うん。健一を信じる」
和彦の後押しもあって健一はスラスラと言いたいことが冷静に言えた。こんな簡単なことだったのかと改めて揉めていた時の心理状態がお互いに普通じゃなかったと健一は実感した。
あとはもういつも通りに帰宅するだけだと健一は重しが外れたように足取りが軽くなっていた。
「あのね、健一。仲直りの印に今度の休みにデートしない? 最近してないし」
「あー、今度の休みかあ……」
茜からの仲直りの提案に健一は難しい顔をしてしまう。気持ちとしてはもちろん賛成なのだが、賛成できない難しい理由が横たわっているのある。
「本当に悪い。部活があるから無理なんだ」
「……」
健一の返答に茜は再び暗い表情に戻ってしまう。そんな表情を目の当たりにすると健一としても心苦しい。折角仲直りの提案をしてくれているというのに無下にしてしまうことが本当に辛かった。
「終わった後でちょっと会うぐらいならできるんだけど……」
「最近いつもだよね? 先週も先々週もその前も……」
しおらしくしていた茜だったが、徐々にその態度が変貌していく。また追及モードに入ってしまったと健一はため息をついてしまう。
「本当にごめん。だけど部活があるから仕方ないんだ」
「いつもそれ。さっきの放課後もそうだけど、いつも私が我慢して健一の言い分を呑んであげてるんだよ?」
もう茜の勢いは止まらない。健一が怒って一方的に断ち切られた放課後の一件もあって不満はいよいよ爆発したようである。
「ちゃんと断るから信じて我慢して待ってろ。遊びに行ける時が来るまで我慢して待ってろ。一体どれだけ私は我慢してればいいのっ!?」
「あ、茜……ちょっと落ち着けって」
「落ち着いていられるわけないでしょ!」
堰を切ったように不満を溢れかえらせる茜に対して健一はもはやなす術がなかった。
問題を解決しようと意気込んだというのに却ってこじらせた結果になり、健一の自信は既に崩壊寸前となっていた。破局の文字が頭にちらつく。
「と、とにかく考えてみるから。だから落ち着けって」
「考えてみる。それでどうにかなるの? また悪い、無理だって言うだけでしょ?」
茜は騙されないとばかりに頭を振る。健一が放課後に校舎裏で言った通りもはや茜は健一の言葉を信用していないのだろう。
だが、健一はそれも仕方ないと思うようになった。そもそもデートの約束を延期し続けて信頼を損なったのは自分の責任なのだから。
(このままだと茜が可哀そうだな……)
荒れ狂う茜をなだめながら健一はある決断を心に秘めていた。