三章
「ごめん。俺、彼女いるから君の気持ちには応えられないんだ」
「そ、そうですよね……それでも気持ちを聞いてほしかったんです。あ、ありがとうございましたっ……!」
ラブレターをもらった当日の放課後、健一は校舎裏にて告白を受けていた。相手は一年生の女子生徒だった。
茜と別れた後でラブレターの中身を読んだ健一は記載通りに放課後の校舎裏に向かい、茜に言ったように丁重にお断りを入れた。
どうやら相手も結果は察していたようで涙こそ浮かべていたが、想いを伝えきれたためか満足そうな表情で校舎裏を走り去った。最悪、叩かれる覚悟もしていた健一としては穏便な結末に胸を撫で下ろした。
(とりあえず無事に断れてよかった。だけど断るこっちも辛いんだよなあ)
何度か経験したとはいえ相手の想いを挫くというのは健一にとってはいつまで経っても慣れないことだった。かと言って二股するわけにもいかないから断るしかないのだが。
(ハーレムなんてやったら……茜に本当に殺されかねないな……)
茜の般若のような表情が浮かんできて健一は思わず身震いしてしまった。遥かに健一の方が体躯は優れているのだが、茜に捻じ伏せられる想像しかできない。
(絶対に怒らせないようにしよう。手加減とか容赦って言葉を知らなさそうだし)
「ちゃんと断れたみたいね」
「ひっ!?」
突如、背後から聞こえてきた声に健一は比喩ではなく本当に飛び上がった。まるでマウンドで長打を浴びたかのように後ろを振り返るとそこには今しがた想像していた茜の姿があった。
「な、何で茜がここに?」
「心配になったから見に来ちゃった。ごめんね?」
想定外の事態に半ばパニック状態の健一に茜は近寄って腕を絡めてくる。何も悪いことはしていないのに捕まったようで健一はなかなか落ち着くことができないでいた。
「ちゃ、ちゃんと断るって言っただろ?」
「それでも健一って優しいから泣かれたりしたら困っちゃうんじゃないかと思って」
「何だよ。信じてないってことかよ」
予期せぬ茜の登場にたじろいでいた健一だったが、茜の口ぶりに不満を露わにする。後輩と茜の両者に真摯に対応したというのに心外だとばかりに茜の腕を振り払う。
「だって泣いて縋りつかれたら健一、断り切れる?」
「何とか説得してわかってもらうさ」
「中には説得してわかってくれない子だっているかもよ?」
(茜みたいにね)
どこまでも自分を信頼していない茜に健一は少々イラつきを感じていた。健一がこうすると言ってもそれを否定することばかり口にするのだから無理もない。ただでさえ慕ってくれている後輩を振って気が滅入っているのに勘弁してくれと健一はため息をついてしまう。
「わかったわかった。気にしてくれてありがとな」
「……怒ってる?」
「別に」
「嘘だ。絶対怒ってるでしょ」
もうどうでもいいとおざなりに返事をした健一に茜はようやく異変に気がついた。健一の表情が不機嫌どころか不快というべき状態であることに。
「とにかく断ったんだからもういいだろ? 部活行くから」
「ちょっと待って! 謝るから、待って!」
鞄を手に取ってその場を後にしようとする健一に茜は必死に縋り付くが、健一は止まらない。健一らしくもなく乱暴な足取りで校舎裏から出て行こうと歩を進める。
「ごめんって。覗いてたことは謝るから止まってよ」
健一に並びながら茜は謝罪の意を述べるが、健一は意に介さずに歩み続ける。今は茜と冷静に話し合うことができなさそうだと分析した健一はそのまま茜の並走を振り切って部室方面へと駆け出した。
「あっ、待って!」
突然のスピードアップについていけなかった茜はその場に置き去りにされた。まさかの健一の態度になす術もなく呆然と立ち尽くすことしかできない。
「どうして……健一ぃ……」
視界からどんどん遠ざかる健一の姿を瞳に映しながら茜は小さく健一の名前を呟く。
付き合ってこの方こんな態度をされたことがない茜は今の状況を信じることができなかった。
「私は健一のためにと思っただけなのに……」
その思いを伝えるべき相手は既にこの場にはなく、言葉は受け取られることなく宙に消えていく。
茜は大変なことをしてしまったと後悔を感じ、双眸から涙を溢れさせるのだった。