魔法の練習
「今日は魔法の練習があるの。付き合ってね」
夏休みに入って数日がたったある日、妙な顔のスタンプとともに、そんなテキスト・チャットが貴史に送られてきた。
「何だそれ」
と貴史が返信すると、
「夏休み明けに、飛行魔法のテストがあるんだよね。その対策」
ときた。何で俺が、と思いつつ、
「何時にどこ集合なんだよ」
と返してしまうのが、流されやすい貴史らしかった。とは後で姉に言われたことである。
「行ってきます」
貴史は家を出て、待ち合わせ場所である、川沿いの公園に向かった。
☆三☆三☆三
玲奈は自分の部屋で着替えていた。
ピンクのパジャマを脱ぎ捨てると、壁にかけてある制服に手を伸ばす。
プリーツのスカートを履き、ホックを留め、ファスナーを上げる。
そして、白いポロ・シャツを頭からかぶり、胸元のボタンを留める。
「今日は魔法、うまく、行く気がするな」
玲奈は、そう思いながら、黒いローファーを履き、家を出た。
☆三☆三☆三
「遅いじゃない!」
玲奈は、待ち合わせに五分遅れた貴史にお怒りのご様子だった。
右手には麦チョコの袋、左手にはスマホを持っていた。
「さて、今日集まってもらったのは他でもありません」
麦チョコを頬張りながら、玲奈は続ける。
「これから、飛行魔法の練習を始めます。以上」
物を食いながら喋るな。貴史が呆れていると。
「あら、デートとは、いいご身分だことね」
と、後ろから投げつけるような声がした。
貴史と玲奈が振り向くと、そこには、ツイン・テールの中学生らしき少女が、そこには立っていた。
「待って、デートとは、何よ!魔法の練習よ。ちゃんと、私の友達もいるじゃない」
玲奈はすかさず牙をむく。
「え、友達なの。他人かと思った、その子」
そのツイン・テールが不思議そうに首をかしげながら指をさすと、
「チンチクリン中学生が、よく言うわね」
と、玲奈は皮肉った。そう、千尋は彼らと一緒にいたのだが、少し離れて立っていて、振り向きもしなかったのだ。
すると、チンチクリンな中学生らしき子は、
「失礼ね、貴方と同じ高二に向かって」
高二なんだ、この子。外見はどう見ても中学生…でも、県立の高校でほぼ女子しかいない、実質女子校の制服を着ていた。夏なのに、ダブル・ブレステッド・タイプのブレザー姿で、胸には赤いリボン・タイ。スカートは、赤地に紺と白の線が入ったチェックのプリーツ。
「で、なんで夏休みなのに、僕以外みんな制服なんだよ」
と、貴史が場をなだめようと疑問を投げかけてみた。
それに玲奈が答えた。
「よくわからないけど、制服のスカートを履いてないと、魔法が使えないのよ」
それには千尋が補足した。
「スカートの生地に、魔法を発動する条件となる、特殊な糸が織り込まれている。ある意味ウェアラブル・デバイス」
彼女にしては珍しく長い台詞だ。さらに続けた。
「スカート状の衣服で、プリーツ入りになっていなくちゃ、魔法は発動しない。そこまでの原理は、私にもよくわからない」
なるほど、だから女子しか魔法を習わないわけか。
「ふうん・・・で、アンレナ、誰なんだよこの子」
貴史はツインテをスッと指差して、玲奈に訊いた。
「知り合いの、由美よ」
「知り合いとは失敬ね、ライバルでしょ」
由美は、声をちょっとだけ荒げた。
玲奈は、
「あたしのこと勝手にライバル視してるのよね、由美は」
と貴史に言う。
「勝手にとは何よ。まあいいわ。私、学校に用事があるから。電鉄に乗るわ。じゃあ、せいぜい魔法の練習、頑張ってね」
由美は、そうわざとらしくケラケラと笑うと、なぜか、貴史にこう名乗った。
「柏原由美よ。よろしくね」
☆三☆三☆三
魔法の練習は、簡単な物だった。と言ったのは、玲奈だが。
玲奈と千尋が交代で、飛ぶ練習をするということだった。
玲奈が先に飛ぶ練習を始めると宣言すると、千尋が、なぜか貴史のすぐ横にピタッとくっついてきた。距離感がおかしい。てか、いい匂いがする。柑橘系の匂いだ。つか、胸の大きさも大人っぽいな…貴史はドキマギした。
「何、いい雰囲気になっちゃってるの二人」
すかさず玲奈の声が飛んだ。
貴史は思わず、サッと千尋と少し距離をとった。
玲奈はそれを見てホッと安心したのか、赤いワンポイントの入った紺のソックスを、脚を片方ずつ上げてスッスッと直すと、精神を集中し始めた。手を胸の前で組み、目を閉じている。ほどなくして、例のヒュー・キュル音が聞こえてきた。今回は、だいぶ音が安定しているようだが…。
玲奈がフワッと浮き上がる。
安定している魔法のせいか、スカートがお尻にピシッと張り付いて、中が見えそうで見えない。残念でした。じゃなくて。
「上手くいってるみたいじゃないか」
「まあね!」
と玲奈。
見られるのあんなに嫌がってたじゃないか、と思いつつ、そうか、今日は始めから安定する=見えない自信があったんだな、と貴史は考えていた。
「次は私」
千尋が、心なしか面倒そうな顔をしながら、精神を集中し始めているらしい。が、表情はイマイチ変わらない子だ。
ある程度たったろうか、ようやく千尋の体がヒラリと宙を舞った。しかし・・・見えている。スカートの中が。ヒラヒラ。魔法が安定していないようだ。ヒュー・キュル音も、安定していなかったようだし。
貴史は申し訳なさげに目をそらす。
しかし千尋は見るなとも何とも言わず、のんびり浮かびつつけている。まったく貴史の目を気にしていないようだ。ふんわりと揺れるショート・ボブの髪。
しばらくして、やっと千尋が降りてきた。
「まだまだね」
そう呟くと、その場にしゃがみ込んだ。やはり、貴史の目を気にしていない様子。スカートの中がこちらを向いている。
「千尋、中見えてるよ」
玲奈がそう言うと、ようやくスカートを押さえた。
やれやれ。貴史はようやく目のやり場に困らなくなった。
「でも、なんでわざわざ、スカートそんな短くしてるんだ」
「長いと飛ぶのに邪魔じゃない」
何かが矛盾してるような気がするのは気のせいか。
☆三☆三☆三
一通り練習とやらが終わったのか、というか何故貴史が付き合わされているのかはわからなかったが、ついに玲奈から、練習の終了宣言が出た。
「お疲れさま」
玲奈は満足げな表情だった。千尋は相変わらず無表情だが…。
「さて、次は勉強ね」
「別にいいけど、またコーヒー屋?」
「違うわ。あんたの家よ」
かくして、彼女たちは貴史の家に押しかけることが決定した。やれやれだ。貴史は心の中で手を広げた。




