魔法技能検定
今日は夏休み前日。貴史は、終業式帰りに駅前の本屋へ、立ち読みをしに向かった。
別に、今日がマンガ雑誌の発売日だから、というわけではない。何気なく本屋を覗くのが、習慣になっているだけのことだ。
今日も思うがまま、適当に本を眺めに行くと、ふと無意識に、「魔法」のコーナーの前に立っていた。やっぱ、あの魔法女子のことが気になるな。そう思って、本棚にスッと手を伸ばした瞬間。背中をバンと強く叩かれた。痛い。振り返りながら思わず、横に飛びのけてしまった。
「あ、やっぱり」
振り向くと、どこかで見覚えのある顔が。その顔は、どう見てもプンスカした表情で、
「待って、偶然だね」
あの、魔法美少女だった。店内の他の男子が皆、チラ見するほどだ。
「あ、気がついた?私の飛ぶところ、よくも見たな」
貴史はすかさず、
「よくもって…そっちが勝手に飛んだんじゃないか」
「ううー…まあ良いわ。あたし、JMなの」
JMって…。
「あ、一応言っておくと、女子魔法高校生のことだから」
そう呼ぶのか。自分を…。てか、飛んでるのを見たからわかるって…。
貴史はちょびっとだけ呆れながら、少し離れたままの、彼女の全身を見る。へえ、こんな制服なんだ。スカートは、あのタータン・チェックの、プリーツ。白いブラウスの胸の青いリボン・タイには、白い線が入っている。
見た目が年相応の彼女は、胸も年相応だが、やっぱり、美少女だった。まあ、黙っていればだが・・・ということを、貴史はおいおい知ることになる。
「んー、ちょっと、麦チョコ買うの付き合ってよ」
と、彼女は思いついたように言い放った。
「なんで僕が」
我ながら、もっともな反応だろう。なんで、まだ知り合ってというほどでもない、名前も知らない子と、それも、麦チョコなんか・・・。
そんなことを返そうと貴史が口を開くと、そのJMは、
「まあ何でもいいでしょ。早く」
とこっちの都合もお構いなしに、急かしてきた。
しょうがないな、と貴史はブツブツとつぶやきつつ、すでに店の出口に向かい始めたJMを追った。
☆三☆三☆三
「ところで、君は名前なんていうの」
当然の質問を、貴史はそのJMにぶつけてみた。
ここはコンビニ。お菓子の百円コーナーの麦チョコを、彼女が嬉々として手に取ったところだった。
「待って、いきなり名前聞くなんて、まさか、ナンパじゃないの」
やらしい目でニヤつき、彼女は貴史を見る。
「そんなんじゃないって。いきなり連れ回してよくもまあ」
「冗談よ。あたし、玲奈。安藤玲奈よ」
安藤玲奈か。貴史はすかさず、
「じゃあアンレナ、僕は菊地貴史」
「待って、何、アンレナって。まあいいわ。よろしく」
と、玲奈は、握手を求めてきた。貴史はそれに渋々応じた。
玲奈はレジで会計を済ませると、今度はこう言ってきた。
「友達と待ち合わせてるの」
「じゃあ、これでお別れだな」
「そうだね・・・待って、ついでにあんたを紹介するし。まだ店も決まってないし」
うんうん、と頷きながら玲奈は一人納得していた。
「店が決まってないのとどう関係するんだよ」
と貴史が応戦すると、
「あんたに店を決めてもらうからに決まってるからじゃない」
☆三☆三☆三
結局、店は、貴史の行きつけのコーヒー・ショップに落ち着いた。
割と混んでいたが、どうにか四人席を見つけた。
店内にはボサノバが流れている。
貴史はカフェ・ラテ、玲奈はカフェ・モカをオーダーした。
しばらくすると、ショートボブの、落ち着いた雰囲気で大人っぽい子が店に入ってきて、まっすぐこっちに向かってきた。玲奈と同じ制服だ。
「お待たせ」
そう呟くと、その大人っぽい女子は、
「私、美月」
と続けた。
「美月、さん…苗字は?」
貴史が尋ねると、
「千尋」
彼女は言葉少なにそう言った。
「そう、美月は苗字なんだね。美月千尋さん、か」
そう貴史が返すと、
「何よ。やらし」
と、玲奈が怒った顔になった。
「何でだよ」
嫉妬?まさかな…。
「まあいいわ。テキスト・チャットのアカウント交換しましょ、お互いに。私と千尋は当然知ってるけど」
展開が早いな。
千尋が店員に、
「コーヒー。ブラックで」
とオーダーしてから、一通りテキスト・チャットのアカウントを交換し終えた後、
「ところでさ、今度、私たち、魔検の三級受けるの」
玲奈が切り出した。
「何、"魔剣"って…」
貴史の言葉を無視するように、
「私、受けない」
と、千尋は言った。
「えー、そうなの?なんだー」
玲奈は残念そうに素っ頓狂な声をあげた。
「いやだから、なんだよ、マケンって」
「あんた、そんなことも知らないの。魔法技能検定のことじゃない」
そこから、玲奈は、魔法技能検定について語り出した。
魔法技能検定とは、商業魔法(とりあえずそんなのがあるらしい)の技術を試す検定であること。去年、二人でそれを受けに行って、四級を取ったこと。四級では空を飛ぶくらいしかできないから、早く三級が欲しいこと。
そして、彼女達が県立の商業高校の、女子しかいない商業魔法科の一期生であり、二年生であることも。
「え、じゃあ君たち、僕の一年上なんだ。僕は一年」
そう貴史は話に割り込んだ。
「なんだー、後輩のくせにタメ口きいてるわけ」
玲奈はまたもプンスカ。
「すいません…じゃなかった、いいじゃないか、他校なんだし」
貴史は応じた。
ほどなくして、千尋が、
「私帰る」
とボソッと呟くと、玲奈も、
「そっか、もうこんな時間」
と、店内の時計を見やる。針は、二時をまわっていた。
「家でランチ食べないと、ママに怒られちゃう」
☆三☆三☆三
コーヒー・ショップの外に出ると、
「じゃあ私たち、電車で帰るから」
と、別れ際に玲奈は告げた。
「君たち、魔法が使えるんだろ。空飛んで帰りゃいいじゃないか」
貴史が訊くと、
「だって、私達まだ魔法が安定しないから、スカートの中が見えちゃうじゃない。あ、ほんとはね、空を飛んでる時はうまい具合にスカートがくっついて、見えそうで見えないようになることになってるの」
だって。ことになってるのって、なにそのご都合主義な設定。
「じゃあ、またね!」
玲奈は手を振っている。その横で、千尋が軽く会釈をしている。
貴史は手を振ると、歩いて自分の家に向かった。
☆三☆三☆三
魔法が安定しない。一期生。
そのフレーズを思い出しながら、貴史は家路につく。
道理で、今まで空飛ぶ女子を見かけたことがないわけだ。それにしても全く空が気にならなかったのは、自分が冷めているせいだ、と貴史は考える。
家に帰るとあの姉がいる。それだけで億劫だった。
「ただいま」
玄関を開けると、
「おかえりなさい」
姉の声がした。
リビングに入ると、あろうことか、姉は、下着同然の姿でソファにゴロリと寝そべりながら、白いアイスをくわえていた。
まあ、いつものことだが。
「姉さん、そんな格好はやめてくれと言ったじゃないか」
「だって、暑いじゃない。あと、お姉ちゃん、って呼んでって言ったよね」
姉は、そう悪態をつきながらも、何故か笑顔でそう言った。
姉の名前は、宏美。市内の、駅から離れた海沿いにある大学に通っている一年生。しかし、何を勉強しているのかはよくわからん。謎だ。
彼女は乱れた赤いロング・ヘアーを掻き上げながら、
「それで、学校はどうだったの」
「別に。終業式だったし」
「その割には、遅かったじゃないの」
「うるさいな」
貴史はうっとおしそうに返し、おもむろに冷蔵庫を開ける。宏美が作ってくれたチャーハンが入っていた。
どうせ、まずいんだろうな。そう思いつつ、貴史はリビングのテーブルについた。
「…こないだよりは美味い」
でしょ、という顔をして、宏美は頷いた。




