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地獄片 女王の遊び 後編

 どれほどの時間が経ったのだろうか。

 昼夜のないこの空間は、時間の感覚をおかしくする。時計がなければ、たった2日しか経っていないなんて、信じられない。

 あれからひたすら息を殺し、脱出のチャンスを待ち続けた。生き残ってさえいれば、噂にあった討伐隊も来るかもしれないという淡い期待もあった。

 だが機会を待っていても、百足は部屋の外をずっと彷徨うろつき続ける。いつかくるであろう襲撃の恐怖で、身体の状態が悪化していくだけだった。持ち込んだ食料・水はまだ足りているが、ってあと1日だろう。これほど追いつめられたのは、新人の頃に行った戦争以来か。


 「あそこでカントを信じていれば、今こんなことには…」


 よくよく考えて見れば廃坑の周囲からして異常だった。おそらく周辺の魔物を、百足が狩り尽くしたのだろう。焦りから正常な判断が出来なかった己を、恥じるしかなかった。ありもしない選択肢を想像してみたところで、答えてくれる仲間はもう傍にはいない。少なくともカントはもう…


 「そういや、あいつらはどうなったんだ?」


 時間を稼ぐために途中の通路で残ったモランゲイ。次は俺が残り、先に行かせたゼレニー。偶然他の通路を見つけたため、俺は百足を撒くことができた。


 「生き残っていてくれ」


 俺たちという足手まといがなければ、巨大百足程度にモランゲイが負けるとは思えない。だが経験不足のゼレニーは非常に危険だろう。まだあいつは未来がある。なんとか逃げ延びてくれたと信じたかった。


 しかし


 「キャアアアアア!」


 「ゼレニーの声!?」


 慌てて外の通路をのぞくと、巨大百足にゼレニーが追われていた。怪我をしたのか、その走りはぎこちない。


 「くそっ、いくしかねぇ」


 俺はゼレニーを追って通路を駆けた。通路は今までと違いぬかるんでいたが、そんなことは構わなかった。


 「ここか……」


 ゼレニーの悲鳴はもう聞こえないが、ここに来たのは間違いない。


 「―――痛、何なんだここ?やたらと湿ってるし…生…臭い?」


 部屋の入り口には溝のようなものがあり、俺はそこでつまずいて体勢をを崩した。何だか気味の悪さを感じる部屋だ。慎重に見渡すとはっきりとは見えないが壁一面に黒と赤のアーガイル模様が描かれている。


 「何用の部屋なんだ…壁紙がある割に床は剥き出しのままだ……それにゼレニーは」


 その時、奥からコツコツと足音が聞こえてきた。咄嗟に剣を抜き構える。少しずつ近付いてくる人影に、否応なしに緊張が高まっていった。


 「ぐっ……」


 唾を飲みこみ、相手の正体を見極めようと目を凝らすと、そこにはゼレニーが立っていた。


 「なんだ、脅かすなよ。ゼレニー無事だったのか……」


 ゼレニーから返事はないが、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。


 「百足はどうした?お前が無事ってことはモランゲイもここにいるのか?なぁおい、聞こえてるのか?」


 近づいてきてわかったが、ゼレニーは異常に目が落ちくぼんで焦点が合っておらず、歩き方もおかしい。それにマントに隠れた腹の辺りだけ、外からでも解るほど異様に膨れ上がっている。


 「おい、ゼレニー!俺がわからないのか?なんとか言え!」


 しかし返事が返ってくることはなく、ゼレニーは俺の数歩手前で歩みを止めた。

 すると


 ―――ベシャッ 


 足から力を失ったように、その場で顔から倒れた。


 「だ、大丈夫か!?」


 声を掛けるが、ゼレニーはピクリとも動かない。肺が動いている様子も見られない。

 だが


 びちびちっ!!


 痙攣するかのようにゼレニーの身体が跳ね回った。膨れ上がった腹を起点に動いている。


 「な、何なんだ!?」


 ―――ぐじゅぐじゅぐじゅぐじゅ!


 次第にゼレニーの腹が盛り上がり、肉と皮を突き破ってソイツは産まれた。


 「ギュュアアアアーー!!!」


 俺の前に現れたのは、粘液でぬらぬらと輝く平たい赤頭。突き出た二本の触角、大小ある四対の顎、節のある長い胴、生理的嫌悪を感じる五十以上あるうごめく足。

 歓喜を表すようにソイツは、耳をつんざくような産声を上げた。


 ―――ざわっ


 その声に反応するかのように、壁が動いたような気がした。


 ……いや間違いなく動いている。

 アーガイル模様に見えた壁紙は、一面を埋め尽くすおびただしい数のジャイアント・センチピードだった。3mはある巨体をうごめかせ壁の百足逹は、産まれた子供とゼレニーに向かって集まり始めた。その場を包むようにして何十匹もの百足が、真っ黒な塊を作り出していく。


 うじゅ、ぐじゅぐじゅ―――バキッ、バキッベキッ


 恐怖で立ち尽くす俺に、鈍い水音と何かを割るような音が百足団子の中から響いてくる。


 カランっ……


 団子の中から白い物がこちらに向かって吐き出された。


 V字状に細長い形

 赤くこびり付いた肉片

 肉に刺さるように生えた歯


 ……人間の顎



 ゴキッ、ベキッ!カランっ・・・


 骨を砕く音と、目の前に積み上がっていく人間だったもの。ゼレニーを喰い尽くした後は、自分があぁなるのかと思うと震えが止まらなかった。なんとかこの場から逃げようと少しずつ後ずさっていると


 ズルズル、ズルズルズルッ!


 部屋の奥から、一際大きな這いずるような音がした。


 ―――シン


 あれほど盛んに動き回っていた百足団子が、ぴたりと動きを止めた。


 カタカタ、カタカタカチカチっ


 奥から現れたソイツを見た瞬間、歯が音を立てる程の震えがおきた。そうか…俺はコイツにめられたのか。

 奥から現れたのは見たことはおろか、聞いたこともない黄色斑の巨大百足。しかもほかの百足の倍以上ある巨体。ソイツは蛇行するようにこちらに向かってゆっくりと進んでくると、俺の目の前で体を持ち上げた。俺は震えながら見上げることしか出来ない。戦うという選択肢はすでに頭になかった。

 すると百足は、口の外にある顎肢がくしで首に噛みついてきた。


 「かはっ!!」


 忘れていた、神経毒だ。同期の冒険者の話では巨大百足の毒はタチが悪く、長時間動けなくなるだけでなく、痛みを増幅させると…

 動けなくなった俺を観察するかのように、目の前に百足が迫ってくる。何をしてくるわけでもない。ただただ、ただただ、全身くまなく見られている。


 ―――ざりざり、ざりざり


 耳の真横で何かが擦れる不快な音がする。まだ自由の効く目で正体を探ると、この百足の腹には鎌のような細かい複腕びっしりと並んでいるのが見えた。折りたたんでいたそれを開いていきながら、なめらかにうごめかせている。


 「何だよソレ、他のやつにはなかったはずだ!」


 時間をかけゆっくりと百足は長い、長い体で、俺の周囲をぐるりと囲み始めた。複腕を見せ付けるかのようにゆっくり、ゆっくりと。


 ―――ざりざり、ざりざり


 徐々に百足と俺の距離が狭まり、死の抱擁ほうようが始まった。


 「ぎぃぃゃぁぁああああああ!」


 腹に並んでいた複腕が、装備を貫いて身体中を切り刻んでいく。まずは絶妙な力加減で、皮膚だけを傷つけるように。そこから時間をかけて、傷を深くしていく。

 間違いなくわざとだ。まるで動けない獲物をなぶって遊んでいるよう。


 「腕ぇ、足ぃ、痛ぇ、あがあがががぁぁぁぁ」


 ひとしきり全身を切り刻むと、百足は気が済んだとばかりに俺の手足を落とし、血塗れの身体を地面に転がした。すると今まで巨体に隠れていたそれが、視界に入ってきた。

 百足の尾の付け根に生える人間の足ほどある管。それを見た瞬間、あの村人の女とゼレニーが何をされたのかを理解してしまった。


 「ひっ!何だよ……なんなんだよ、それっ!嫌だ!いやだぁぁぁ!!そんなもん近付けんじゃねぇ!あ、あ、あ、アギャァァァァぁぁぁぁ!!!」







 ズル……ズルズルズルッ……


 しばらくして静かになった中からは、何かを引き摺るような音が聞こえ始めた。

 巨大百足のお話を幾つか。


 通常の女王百足は、産んだ卵をいくつも抱いて育てます。

 子供が雄ならそのまま未来の労働力として、群れの大人が育成します。

 しかし雌の場合、女王が若ければ母親自身に食べられてしまいます。

 女王が高齢で弱っていれば、群れの大人が女王を殺して子供が新女王となります。雌の出生率は低い。


 しかし変異体である死弄百足は動物、魔物、人間に卵を産み付けるタイプです。産み付け方は様々でオーラーのように弄んだり、おじいさんやゼレニーのように動きだけ止めて、そのままとか。

 宿主の身体の中で卵は成長。筋肉や臓器を食い荒らしつつも、殺さないよう臓器の代わりを果たしながらすくすくと育ちます。捕食寄生というやつですね。神経を乗っ取れば歩くことも可能です。

 人体は餌であり、家であり、移動手段でもある。生きていようが、死んでいようが利用される。

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