地獄片 女王の遊び 前編
舞台は大陸北方、フレイスター王国南部・交易都市ティグアンから始まった。
その街に四人の冒険者が商隊を護衛してやってくる。
リーダーの名はオーラー。Cランク冒険者で職業は剣士。
チームは全員で4人。前衛2人、後衛1人、索敵1人とバランスのいい構成となっている。
俺は街まで護衛してきた商人から、成功報酬受け渡しの際にある情報を聞いた。
王国南部・国境付近の廃坑に、7m級の大物がいるらしいと。それが本当ならB~A級の化け物だ。
さらに細かく情報を集めてみると、周辺の野生動物はおろか、近くの村の家畜や人間までも襲われているとのこと。近々討伐隊が組まれるのではないかと噂されている。
俺は思った。これはチャンスだと。
ここ数年、堅実に冒険者としてやってきたが、Bランクになかなか届かない。ここらで一度大物を倒しておけば、ギルドの査定がぐんと上がるというものだ。
仲間の本当にいた場合、危険すぎる。という反対をなんとか説得し、俺達は都市からそう遠くない距離にある廃坑へ向かった。
都市付近の街道は定期的に魔物狩りが行われるため、あまり魔物には遭遇しない。だがおかしなことに辺鄙なところにある廃坑に近づいていっても、それは変わることがなかった。いくらなんでも退屈だ。
「はぁ、いつの間に王国はこんなに平和になったんだ?」
ため息も出ようというものだ。これではあの情報もガセでしかないのかもしれない。そんな風に思っていると
「ねぇ、オーラー。もう帰ろうよ」
「なんだよ。こんな平和なのにびびってんのか、カント?」
カントは探索者だ。ダンジョンの罠や仕掛けをみつけるのが仕事。十代にしてかなり腕はいい方なんだが、慎重すぎて臆病ともいえる性格が災いしギルドの査定は今ひとつ。俺と同じくCランクに甘んじている。
「そうじゃないけど、ここ何かおかしいよ。ゼレニーも何とか言ってやってよ」
「そうね、わたしもカントに賛成よ」
カントに賛成した女は魔術師のゼレニー。この間冒険者を始めたばかりの、新人魔術師。Dランクながらも魔術の腕はなかなかのものだ。最近は同じ十代のカントと一緒になって、俺に対して口うるさい。
「モランゲイ、お前はどうなんだよ」
俺が問いかけた男が最後の1人。戦士モランゲイ。まだ若い頃に隣村に怪力男がいると聞きつけ、冒険者になる際すぐさまスカウトした男だ。チーム唯一のBランク。
「俺は稼げるなら何でもいい」
「二対二か…ならいつものやつで決めようぜ」
俺は懐から硬貨を取り出すと、指で弾き空中で握り締めた。
「カント、どっちだ」
「え、えーっと…裏」
握り締めた手を開くと、ゼレニーが真っ先に確認した。
「表ね」
「俺の勝ちだ。これで文句はねえだろ?」
「分かったよ。今回はオーラーに従う」
カントは終始不服そうだったが、探索は順調だった。廃坑だけあって中は薄暗いが、ゼレニーの灯火の魔術で照らしていけば問題ない。チームに魔術師が1人いると非常にありがたい。
1階途中で巨大百足に出くわしたが、モランゲイの怪力でひっくり返してしまえばこっちのもの。いざとなればゼレニーの魔術もある。油断しなければ、俺達にとって大した相手ではなかった。
しかし最初の異変は、廃坑二層目で起きた。
「オーラー!あれ!」
罠の類が残ってないか、先行して確認していたカントが突然声を上げた。すぐさま駆け寄ってカントの指差す方を見ると、村人らしき女が道を塞ぐように通路に立っていた。
「ねぇ、あなたどうしてこんなところにいるの?ここは危険だから、あなた1人なら私達が出口まで送ってあげるわ」
ゼレニーが近づいていって、話しかけると、
「キ、キキキ、キョケケアぇぇぇ!」
奇声を発しながら女はのたうち回った。
「ゼレニー危ない!」
「えっ?」
異変に気付いたカントが、ゼレニーを突き飛ばした。彼のお陰でゼレニーは助かったが、そのカントは女の口から飛び出してきた百足に胸を貫かれた。
「カントォォォー!!!」
急いで女ごと百足を切り捨て、カントに近寄る。
だが
「心臓を喰いちぎられている……」
モランゲイの冷静な声が響いた。
カントが着けていたのは、速度重視の軽装備。それが災いした。
ズルズル…ザリ…ザリザリ…
「むっ!いかんオーラー!巨大百足の足音だ」
百足の足音が複数近づいている。
「こんな時に。くそっ、すまねぇカント……いくぞゼレニー!」
カントの亡骸を放置し、まだ呆然とするゼレニーを連れて俺達は走り出した。
通路を駆け、広い空間、狭い部屋、走り抜けるごとに脇道から、壁の隙間から、天井からと幾度も襲撃を受けた。そして進むごとに、仲間は散り散りになっていく。
なんとか俺は偶然見つけた部屋の隅、木箱の裏に潜んで百足をやり過ごしていた。
「くそっ、何だってこんなに百足がいるんだ」
基本的にジャイアント・センチピードは、5~10匹くらいの群れを作って行動すると冒険者学校で習った。だがこの廃坑で既に倍近い数に襲撃を受けている。
「それにあれは何だ!?」
人間の口から百足が出てくるなんて、聞いたこともない。子供のセンチピードは、森で野生動物を狩って生活をしているはずだ。
「くそっ、くそっ!」
今いる部屋の外は巨大百足がうろうろしていて脱出しようがない。
ゼレニーは?モランゲイは?焦燥感は募る一方だが、今の俺にできることなどなかった………
巨大百足
腹が弱点・火や冷気に特に弱い。ある程度の湿気は非常に好むが、雨や川は苦手のようだ。
外皮が非常に硬く、鎧の素材として安価で優秀。対して体の裏側が柔らかく、魔術耐性も低いため中級冒険者なら大した相手ではないだろう。
ただし、雑食性で非常に獰猛なので、付近で見かけた場合は冒険者ギルドへの連絡をお薦めする。(改訂版危険な魔物百選より一部抜粋)