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奇怪な身体

 しばらくしてふと気が付いた。コイツは他にもいるんじゃないかと。

 手の痛みは完全に引くことはなかったが、脳内麻薬ベータエンドルフィンが効いて動ける程度に状態は戻っている。慎重に立ち上がり、一歩目を踏み出そうとした。その瞬間、何かに足を掴まれた。


 「うおわぁぁぁ!」


 慌てて振り返ると、死んだものと思っていた老人が足を掴んでいた。


 「は、離せ!」


 まだ老人の中に百足が入っているのか。そう思い手を踏みつけようとした時、かすかに声が聞こえた。


 「たの…のじゃ……ま…じゃ…頼む、待…くれ」


 息も絶え絶えながらも、老人は必死の形相でこちらに語りかけてくる。薄暗くてもわかった。瞳は先程のようなうつろさはなく理性的。これは人間だ、百足とは違う。


 「すみませんでした、おじいさん。てっきりまた百足に襲われたとばかり」

 「か、構わん…とに…とにかくわ…儂の話を…聞け。こふっ…よ…よ…か?コレは、まだ幼虫じゃ」


 そう言っておじいさんは、震えながらで残った手で百足を指した。


 「き…黄色…見つか…な。も……つかれば、儂の…に」


 おじいさんの声は弱々しく、所々聞き取れないが重要なことを伝えてきているのはわかる。信じたくはないがあの百足は子供で、さらに大きなやつがいること。おそらく黄色という危険な個体もいる。


 「あ…ソレを…」


 いつの間にか百足の横に落ちていた何かを指差した。


 「持っていけ」


 言い切るとおじいさんは通路を指差した。


 「左…は……な」


 それを最後におじいさんは、一切動かなくなった。残念ながら最後の言葉は、左という単語以外は聞き取ることが出来なかった。


 「ありがとうございました」


 道具がないため埋めてあげることも出来ないが、せめてあお向けの楽な姿勢にしようと身体に触れた。


 「えっ?」


 手に凄まじいまでの違和感を感じた。おじいさんの皮膚が、ぐにゃりと空気が抜けたように沈んだのだ。まるで中身がないかのようだ。


 「おじいさん、失礼します」


 慌てて老人を仰向けにし胸や腹を調べると、骨や筋肉があったりなかったりと奇怪な状態になっていた。


 「そこら中抜け落ちてる…まるで虫食―――」


 文字通り喰われたのだろう、アレに。振り返って百足の死骸をにらみつけると、おじいさんの言っていた「ソレを持っていけ」の言葉を思い出した。立ち上がり百足に近づいていく。


 「確かこの辺りに…」


 探してみると百足の口辺りに石が落ちていた。おじいさんの仇とばかりに、百足の頭を蹴ってどかしてから石を拾った。


 「何なんだろう、これ」


 不思議な色合いではあるが、何の変哲もない石にしかみえない。だがおじいさんがあんな状態で伝えてきた言葉だ。きっと何かあるんだろう。とりあえずポケットに仕舞っておくことにする。


 「左って言ってたよな……でも後で何か言ってもいたし」


 聞き取れなかったことが悔やまれる。なんとか思い出そうとするが


 ぺたっ………ぺたっ


 「っ!!!」


 また足音が通路の右から聞こえてきた。やはり百足は複数匹いる。


 「逃げないと」


 選んでいる場合ではなくなった。俺は足音のしない方へ向かい走った。少しして振り返ってみたが、追ってくる様子はない。おそらく目や音で判断するわけではないのだろう。

 とにかく今は前に進むしかない。苔の明かりを頼りにしばらく進むと、十字路にさしかかった。


 右は他よりも少し明るいが、道がぬかるんでいる。


 正面は少し奥にひらけているように見える。


 左は今までの道と大した差はない。


 おじいさんの左という言葉を信じて、このまま正面に進むべきなのだろうか。どれを選ぶべきか悩んでいると、後ろからズルズルと何かを引きるような音がかなりの速度で迫ってきた。


 (隠れないと…とりあえず正面に!)


 滑り込んだそこは、部屋のような場所だった。つまりこれ以上逃げ場がない。


 (頼む…)


 部屋の隅に行き、震えながら身の安全を祈っていると、音は部屋の手前で止まった。


 (気付かれたか?)


 しばらく様子を窺っていると、幸いにも別の道を選んだらしい。音は遠ざかっていった。


 (危なかった……)


 あれが成虫のう音なのだろうか。音が離れたのを確認して通路をのぞき込むと、遠くに影が見えた。


 「あれが…嘘だろ」


 見づらくてもはっきりとわかる。先程殺した百足の3倍はあろうかという大百足が、天井を這って移動していた。

 老人に寄生していた幼虫は、また重傷を負うだろうが勝てる見込みがあった。だがコイツは格が違う。見つかった瞬間、相手にもならず殺されることだろう。

 幸い百足は振り返ることもなく、脇の通路へ入っていった。


 「ここまで違いがあるのか………っ!?」


 絶望に打ちひしがれていると、悲鳴が聞こえてきた。大百足が進んだ先で、何が起きているか考えたくもないような声が響き渡っている。


 (……ごめんなさいっ!)


 今の自分に他人を助ける余裕などない。行っても無駄死にするだけだ。そう自分に言い聞かせ、罪悪感を振り切るように、百足が行った反対の通路へ駆けだした。

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