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宿主

流血表現が多々見られます。それでもよければご覧下さいませ。

 老人の腕の肉を左右にめくるようして、黒い影が飛び出してくる。


 「うわっ!」


 俺は顔に向かって飛んできた血に驚き、後ろに倒れた。すると頭の真上をなにかがすごい勢いで顔の横を通りすぎた。その何かは弧を描きながら、老人の方に戻っていく。

 その影を追うように前を確認すると、老人の体は奇怪な姿へと変貌へんぼうげていた。


 (何かの冗談…だろ!?)


 そう思いたくなるような光景だった。老人の腕から大きな百足が生えていたのだ。

 今見えているものを信じたくない。だが顔をかすめていった風や音が、目の前で起きたことが現実であると伝えてくる。

 粘ついた粘液と老人の流した血に塗れた百足は、枯れ枝のような腕のどこに隠れていたのかと思うほどに大きい。見えている範囲だけで腕の二倍ほどの長さ。これほどまでに大きな虫は見たことはおろか、聞いたこともない。

 そんな百足は黒色の体をくねらせて、腕から外に出ようとしている。その動きに耐え切れなかったのか、老人は引き倒され痙攣けいれんし始めた。そんなことはお構いなしに百足は暴れ回り、遂には老人の腕、肩を突き破り外へと飛び出した。


 「ギュアアァァァ」


 百足は素早く地面を這いまわり、威嚇するように叫び声を発する。

 だが俺は未だに混乱から脱することができず、立ち上がることすら出来なかった。その代償は高くついた。


 「うぐぁぁぁああああ!」


 気がついた時には、右手をすり潰すような激しい痛みが走った。

 手の皮を裂き、肉と肉の間、筋と筋の間に百足の鋭い歯が入り込んでくる。続くように俺の耳に、ゴリッ…ゴキッ!と不吉な音が響いてきた。走った痛みから咄嗟とっさに引き剥がそうと振り回すが、地面に叩きつけても、足で踏みつけても百足は離れる気配はない。そうこうしているうちに百足は、じわじわと手を飲み込みはじめた。


 「ああああぐぁぁぁ!」


 肉を千切られる痛みがどんどんと増し、このままでは喰い殺される。そう思った瞬間―――


 無事な左手に希望を見つけた。


 「ぐおおおおおおぉぉぉっ、あああぁぁぁ!!!」


 思い切り振りかぶった包丁を、百足のあごに突き刺した。そのままひねるように奥へ奥へ差し込んでいく。肉をねじり切る感触が左手に伝わってくるが、それが百足なのか自分の右手なのかわからない。そんなことに構っている余裕なんてない。


 「ギュアアァァァ!」


 百足が悲鳴を上げたことで、手をはさんでいた力が弱まり右手を外すことが出来た。

 だが、


 「はぁ、はぁ、―――うぐっ!」


 手の状態はもはやこれを手と呼んでいいものか、わからないほどにひどい有様であった。まず目にはいるのは赤い赤い肉。そして手の残った部分は全体的にどす黒く、皮膚は裂け、骨は飛び出し、ピンクの筋繊維はズタズタ、指に至っては親指がかろうじてぶら下がっているのみ。それを確認した直後、興奮で麻痺していた痛みが戻ってきた。


 「あああぁぁぁ!!!痛い、痛い痛い痛い痛いぃ!!!」


 神経を焼かれるような痛みを、のたうち回りながら耐え忍ぶ。強すぎる痛みは、頭痛や吐き気、目眩めまいもよおすことをこの時初めて知った。とにかく一刻も早く立ち直らなければ。なぜなら百足は、まだ死んでいない。人なら致命傷になる顎裏への一撃を受けながらも、未だに裏返ったまま跳ねている。


 「ふぅ…ふぅ……と、トドメを―――」


 歯を食いしばりながらなんとか立ち上がった俺は、ふらつきながらも百足に近づいていく。暴れまわる百足の胴体を踏みつけ、力の限り包丁を振り下ろした。何度も、何度も、何度も何度も。百足が動かなくなっても、手が動かなくなるまで俺は刺し続けた。


 「……何なんだよ、コイツは」


 疲れて動けなくなった俺は、死骸しがいの隣に倒れこんだ。よろよろと上半身を起こして、左手の包丁を固定していた布に噛みつく。なんとか解いた布で右手を包み、足と左手を使い縛っていった。

 それが終わった瞬間、今度こそ力尽き倒れ伏した。右手から断続的に痛みが響いてくるが、それとは違うものも少しずつ感じ始めていた。


 「俺…生きてるよ。は、ははっ。なんだよ…俺…結局死にたくないのか」


 このまま死にたくない。諦めたくない。そんな感情がまだ残っていたことが、無性に可笑おかしかった。


 「ああ…あぁ、そうだよ。本当は死にたくなんて……死にたくないよぉ」


 与えられた恐怖や沸き起こった喜び、可笑しさ。ぐちゃぐちゃになった感情は、涙となって溢れだした。


 俺はしばらくの間、生きていることの実感を噛み締め続けた。

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