光の向こう、仄暗い部屋
ピキ、ピキッ……パリンッ!
目を焼くような眩しさの後、最初に聞こえたのは薄い何かを砕いた音。次に感じたのは少しの浮遊感。そして……
「―――うぶっ!」
俺は水たまりのような場所に叩きつけられた。衝撃で肺の中の空気が無理矢理押し出され、反射的に水を飲み込んでしまう。なんとか立ち上がり、口の中に入った水を吐き出す。水は鉄サビ臭く、妙にしつこく口の中に違和感を残した。
「うぇ……どこなんだ、ここ?それに…夜?」
かすかな光を頼りに周囲を確認するが、どこにいるのか検討もつかない。照明のないこの部屋は、少なくとも先程までいた保育園でないことは確かだ。すぐ傍に見えるものは3方向を囲む石壁と、そこに張り付いた苔。先程からぼんやりと周りが見えるのは、この苔が光っているからだ。
湿ったこの部屋は、出口が見える限り正面にひとつだけ。はっきりとわかるわけではないが、左右への通路が続いているように見える。
「何が起きたんだ……さっきまでは確か―――」
自身が何をしようとしていたか、思い出そうとした時だった。
ぺたっ………ぺたっ……ぺたっ…
「っ!誰かきたのか?」
耳を澄ませると、通路の右手側からゆっくりと誰かが歩いてくる音が聞こえた。考えるのを止めて、慌てて背中から壁に張り付く。つい隠れてしまう辺り、俺の対人恐怖症はまだ重症のようだ。元々こんな性格ではなかったはずなのに。
聞こえてくる足音は次第に大きくなり、確実にこちらに近づいてきている。緊張からか、じっとりとした汗が背中を伝っていった。
ぺたっ…ぺたっ
通路に現れたのは、ボロボロの服を着た老人だった。歩く挙動がちょっとおかしいが、どこか痛めているのだろうか。
嫌な感じは俺の思い過ごしだったらしい。そこで初めて自分が息を止めていた事に気が付いた。苦しさを感じ、大きく息を吐く。このままじっと隠れていても仕方がないので、思い切って老人に声をかけてみよう。少なくともここがどこかくらいは知っているはずだ。
「すみません、おじいさん。ここはいったいどこなんですか?……あのっ!すみません!」
大きな声で老人に話しかけても、何の反応も返さない。ただ通路の先をぼんやりと見つめるだけ。耳が遠いのかもしれない。
少ししてまた肩から歩き出すような奇妙な歩き方で、通路の右手側へ進み始めた。
「もしかして日本語が通じない…とか?あっ!ちょっと、待ってください!」
焦って老人の肩を掴んだ。その時だった。
「ぐ、ぐぎぎぎっ、ががあががっががっ!」
老人はそのまま前へと倒れた。そして意味不明な言葉を叫びながらのたうち回っている。
「え?えっ!?」
もしかしたら肩を怪我していたのかもしれない。やってしまったと思い、急いで駆け寄ろうとした。
すると、老人は倒れたまま突然左手を挙げた。そのまま上から引っ張られるような動きで立ち上がり、そして
「ごあががっががががぐががが!」
俺の目の前で老人の左腕がどんどん膨張し、血を噴きながら弾けた。