女王生誕
こだわりの化け物です。覚悟してお進み下さい。
修が死を選んだ日から時は少し遡る。
ここエルゲージ大陸には3つの国が存在する。その中で最も多くの土地を支配しているのが大陸西部にあるジェイファード帝国だ。
その日帝国領辺境の森、暗く湿った洞窟の中でとある魔物が誕生した。
《《彼女》》は産まれながらに異質であった。
孵化したばかりの50cm程度しかない他の兄弟とは違い、倍はある明らかに大きな体。
兄弟を視界に入れるなり、抵抗も許さず喰らい殺した獰猛さも持ち合わせていた。
さらに産卵で弱っていたとはいえ、群れの女王である母親すら強靭な顎で殺して見せた。親兄弟をなんとも思わぬ冷酷さ、即座に動く残虐さをもつ異形の子供…
洞窟の外で警戒をしていた群れの雄達が気付いたときには、既に手遅れだった。女王の体は穴だらけとなり、その中では生まれたばかりの彼女が食事を行っていた。
彼等は群れ唯一の雌である女王を失った。本来結束力の強い彼等は余程の事情がない限り、仲間を傷つけたりはしない。しかし彼等は同族の血に塗れた彼女の誕生を喜んだ。
それはもう己の命すら顧みないほど…
彼等はまず彼女に餌を運んだ。
3mはあろうかという恵まれた巨体、周囲に溶け込む黒く硬い外皮、静音性に富んだ移動方法、ハサミのような大顎と顎肢から吐き出す神経毒。
全てを駆使しウサギや鳥、蛇など森の中を一掃する勢いで、彼女に餌を捧げ続けた。それほどの餌を与えても、彼女の食欲は止まらなかった。
たった数日で周囲数キロから生物を根絶やしにしてしまった為に、群れは住み慣れた土地からの移動を余儀無くされた。
移動は彼女の安全を優先して、狩りを行うことはなかった。しかし彼女は空腹を訴える。雄たちに迷いなどなかった……
彼等の中で最も弱い個体が、その身を彼女に差し出したのだ。彼に後悔はなかった。むしろ新たな女王の礎となれたことを誇りに思ったことだろう。
彼女は他の餌と変わることなく、彼の体を貪っていった。柔らかい腹を顎で貫き、そこから内部へ潜り込むと内臓を食べ始めた。しばらくは『くちゃり、くちゃり』という水音混じりの鈍い咀嚼音が響いた。音が止んだあとには硬い外皮だけが残った。
その後も幾体かの雄が犠牲になることで、無事に次の巣まで移動することができた。だが雄たちに休む暇などない。狩りをしないことは、そのまま自分たちの死に繋がるのだ。そうして新たな森でも同じように殺戮が行われた。
辺り一面を狩り尽くしては巣を移動する。そのようなことを何度か繰り返すうちに、彼女は大きく成長し素敵な淑女へと変貌を遂げた。
6mはあろうというしなやかな肉体。先代女王ですら4mはなかったことから、彼女の異質さ窺い知れることだろう。
さらに体表は特徴的でほかの個体と同じ黒一色ではなく、所々に黄色が混じったまだら模様。頭部だけ赤い姿は嫌悪感を抱かずにはいられない。さらに体の終端には、人の足ほどある産卵管が生えている。彼女が群れの女王となる準備は整った。
最後の仕上げとして、女王は子を孕まなくてはならない。相手はもちろん生き残った優秀な雄。彼等はここまでくるのに当初の3分の1まで数を減らしていた。しかしその選ばれた精鋭十匹には、交尾という最高の栄誉が与えられた。
体を許した彼女の姿は、群がった雄で見えなくなった。黒い塊となった彼等は、粘液を出しながら複雑に絡み合いゆっくりと蠢く。その様は常人が見れば気を失うほど醜悪な光景であった。
幾日も続いた行為は、唐突に終わりを迎えた。腹に充分な精を蓄えた彼女は、交わった雄たちを次々に喰らい始めたのだ。
最初の雄は頭を喰いちぎられた。残された体は緑の血を吹き出しながら、びくびくんと地面をのたうち回る。
彼女は跳ねる体を腹部で押さえつけ、肉を引き裂きながら味わうように飲み込んでいった。
残った雄たちはじっとその様子を見つめるのみ。助けようとも、逃げようともしない。顎の奥に並んだ鋭い歯を血で濡らし近づいてきた彼女をみても、動き出す様子はまるでなかった。彼等は女王に勝てないから諦めてしまったわけではない。そう……彼等の最後の役目は彼女を旅立たせる為、栄養となること。
自ら群れを壊滅させた彼女は、長い体をくねらせ巣から這い出す。何かに導かれるように、国境を超え北へと進み始めた。
ジャイアント・センチピード変異体、死弄百足が野に解き放たれてしまった。
うちの子はモンスターではなくクリーチャーですね。読んだ方、お疲れ様でした。