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再生と変異

 「寝ちゃったか…」


 泣き疲れたのか、ルナは胸に顔を埋めて眠っている。俺は彼女の頬に掛かった長い髪をよけてあげながら、しっかりと抱え直す。少し動かした程度では起きないようだ。


 『子供にとって泣くことはかなりの体力を使う。それに再生まで使ったのだ。しばらくは休ませてやれ』


 今俺の首に回されている腕は、つい先ほどまでそこになかったとは思えない綺麗な手だ。子供特有の体温の高さも感じる。

 そして、


 「足もほとんど治ってる…」


 ルナは寝ている間にも再生を続けている。今は足首あたりまで。これならば起きる頃には完全に元通りだろう。


 「こっちに来てからいろんなことに驚いているけど、これが一番かもしれない」


 それくらい傷口から足が生えてくる光景は、不思議なものだった。


 「俺も治ったりするのかな…」


 ぽつりとそんな言葉が口を突いた。別に右腕を失ったことに、今更後悔はない。だがこれからのことを考えると、利き手がないことに不安を覚えるのも確かだ。


 『結論から言えば可能だ…だがそれを許すわけにはいかない』


 今までの和やかな雰囲気が一気に張り詰めた。重くなった空気を感じながらも、俺はベリルに尋ねる。


 「理由を聞かせてくれ」

 『お前なら大丈夫だと思うが、先に誓え。口外も実行も決してしないと』


 これから語られることは、そこまでのことなのだろう。どこか余裕のない声で、改めて誓約を迫られた。


 「俺はルナの害になることはしない。だからこれから聞くことは誰にも口にしないし、絶対に実行もしない」


 自分の真剣な気持ちが伝わるように、覚悟を込めてその言葉を口にする。

 少し間があってベリルは話し始めた。


 『―――いいだろう。先に言っておくが、お前を疑ったわけではない。どちらかといえば、我の覚悟の問題。これはルナリアの能力に関わることだ』


 少しは信頼してもらえていたということかな。子供を守る親は、そのあたりに厳しいのは当たり前のことだ。


 『あの子の能力、再生は基本的には自身にしか効果を及ぼさない。だがあることをすればその効果を他の者でも得ることが出来る』

 「一体なんなんだ…」


 嫌な予感がした…


 『食らい取り込むのだ、あの子の肉や内臓を』

 「ッ!それは!」

 『お前がそれをしないことは分かっている。だが考えても見ろ。お前と似た状態の者が、ルナリアの価値に気がついた時どうするかを。まともな人間なら諦めるだろう、だがそうじゃない者は僅かながらでも存在する。その時になってからでは遅いのだ』

 「そういうことか……」


 なんとなく想像がついた。他者を踏みにじることをなんとも思わない人間。そんなものはどこにでも存在する。そいつらにとっては他人は同じ人間ではない。ただのモノ、利用価値があるなら尚更。


 『そして悪いことに、あの子の変異の力は魔物を強化する。これも同じく血肉を食らえば取り込むことが出来る」

 「つまりルナは…」

 『孤立無援…と言ってもいい状況だ。守護してきた神も、自分の一族も、我という後ろ盾も失い、ルナリアの傍に残ったのは修、お前一人だ』


 俺が負けた時、それはルナの死に直結する。魔物だろうと、人間だろうと、神だろうと全てを払い除けなければ、彼女を守ることが出来ないのか。

 安心したように眠るルナのあどけない表情を見て思う。一体この子が何をしたというのだろう。


 (俺は、俺だけは、この子の味方で在り続ける)


 「この話はどの程度知られているものなんだ?」 

 『眉唾モノの話として、一部地域で知られていた程度。魔物側は上位のごく僅かだけが、変異の力を感知できる』


 いきなり周り全てが敵というわけではないが、油断も出来ないというわけか。危ういバランスの中をいかに生きていくか。それを今後考えなくてはならない。


 『故にお前にはもう一つ力を得てもらう。同じものとはいかないが、腕を取り戻すことも出来る』

 「本当か!」

 『ああ。ルナリアの再生能力ではなく変異の力。装魔師としての力を使う。勿論肉を食う必要はない』

 「それを聞けて安心した…どうやって腕を?」

 『女王の残骸を使う』

 「えっ!」


 ベリルの言葉に驚き、女王の方を見る。そこには切り裂かれ、開きになった下半身だけの死骸。


 「あれ…を使う…のか?」


 材料なのだろうか、正直なところ御免被りたいが今後を考えると利き腕は必要。贅沢は言ってられないか。


 『正確にはあれと、どこかに落ちている核を使う』

 「核?」

 『魔物の魔力がこもった石のようなものだ』

 「石……あ!」


 覚えがある。あのお爺さんが持っていけと言った百足から出てきた石。あれがそうに違いない。だからあの時、巨大百足が石に釣られたのか。


 『見たことがあるようだな』

 「ああ、変わった色の石だよな?一度拾ったことがある」

 『ならば話は早い。ルナリアが起きたら、それを探せ。恐らくは頭がある通路側だろう』

 「あの中をか…」


 切り刻んだ破片塗れの通路。血で一面が汚れ、女王の肉片がそこら中に張り付いている。生の腸詰めを爆発させれば、似た光景が作れるだろう。


 「あんなもの、出来ればこの子には見せたくないんだが…」


 そう言ってルナを起こさないように、そっと立ち上がろうとした。その時だった。


 「うっ……うぅ!」


 敏感に察知したルナは、ほんの少し身体が離れただけで目覚めてしまった。俺の服をグッと握りしめながら、じわじわと瞳に涙を溜め始める。慌ててルナを抱え直す。


 「ごめん、ごめんな。ここにいるから」

 「えぅ…ぐすっ…うっ…ほんと?」

 「あぁ」

 「ん…」


 途端に泣き止んだルナを見て俺は反省する。

 迂闊うかつだった。聞いていた話に意識を取られ、この子のトラウマを配慮しきれなかった…少なくとも、しばらくはルナを一人にしてはいけない。

 こういった状態の子供さんを預かったことはなかった。だけど少し考えれば分かることだ。


 『つらい体験のせいで精神年齢が下がってしまっている。しばらくはつきっきりで傍にいてやれ』


 怯えるように周囲を過剰に確認するそれは、虐待のあった児童に見られる特徴に似ている。


 「あの…ね、お…なまえ…」


 おずおずとルナはこちらに問いかける。


 「名前…そうだったな。修、藤堂修だ」

 「し、しゅー?」

 「そう、シュウだ」

 「んー?…しゅー…しゅー」


 ちょっと舌足らずだが、何度も何度も噛みしめるように、俺の名前を口にする。


 「えへへ」


 名前を呼ぶことがとても嬉しいことのように、ふわりとルナは笑顔を見せた。


 「あの…ね、ルナリア」


 小さな手で自身を指して、説明してくれるた。おっかなびっくりでも、自分のことをきちんと伝えようとしてくれている。親御さんやベリルが、愛情もってしつけた証拠だろう。


 「あぁ、よろしくな、ルナ」


 ルナは青い瞳でこちらを見つめると、こくんと頷いた。


 「ちゃんと自己紹介できて、偉いな」


 その頭にそっと触れる。僅かにびくっとしたが、嫌がっているという風ではなさそうだ。ゆっくりと撫でると、さらさらと髪が流れていく。光の加減で、銀にも白にも見える綺麗な色合い。それだけに背中で切りそろえられた髪の一部に見える、引きちぎられたような痕が痛々しい。


 (何てことを……)


 恐らく髪を掴んで引きずり回された。そうでなければこんな風に、髪が一部だけ途中で切れるハズがない。

 ルナ起きた事を知って、より一層慈しむように頭を撫でる。


 「ふゅ…」


 また眠くなってきたのか、目がとろんとし始めた。


 「しゅーは…べりる?」


 すこしぼんやりとしながら、子供らしい不思議なことを言い出した。

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