動き出す者
創魔の響きが好きだったのですが、ややこしいので歪魔へ変更しました。装魔はそのままです。
フレイスター王国王城
別館執務室
部屋の主の気性を表すように、整理の行き届いた使い勝手の良い空間。そこで目にも鮮やかな緋色の髪の女が、山積みにされた書類に囲まれ仕事をしていた。
―――コンコンッ!
「いいわ、入って」
処理していた作業の手を止め、扉を見る。ここに来る相手は限られる。
「執務中失礼致します、殿下。急ぎ御報告が」
音もなく灰髪の若い執事が部屋に入ってきた。滑らかな身のこなしからは、一分の隙もみられない。
「続けて」
「はい、南部国境付近にて歪魔と思われる被害が出ております」
「数は?」
「恐らく一匹。これまでに3つの村が消えました…」
「そう…」
殿下と呼ばれた女は、返事こそ淡々としているが、机の上にある手は震えるほど強く握られていた。
「陛下にこのことは?」
「既に他の者が報告しております。しかしながら…」
「やはりお父様は動かれませんか」
「恐らく」
髪に負けぬ色艶の唇に手を当て、彼女は思案する。憂いを帯びた表情は、ゾッとするほどに美しかった。
「確かあの付近に誰かいましたね」
「はい。黒鬼隊が訓練中です」
「不幸中の幸いと言えるのかしら。手紙を持たせるから少し待って」
そう言うと引き出しから紙を取り出し、素早く筆を走らせる。書き終えたそれに大きな判を押し、男に渡す。
「くれぐれもお父様には気付かれないよう慎重に、でも迅速に」
「必ず。殿下もご自愛を」
彼は積み上がった決裁済みの書類を見つめ、主に苦言を呈す。
「今はこんな事しか皆の為に出来ないから。それに」
「はい」
「このままでは間違いなくこの国は滅びる」
「殿下、それは」
部屋には二人しかいないが、誰が聞き耳を立てているか分からない。ここはそんな場所で、彼女の立場も。
「今更よ。幽閉された姫には、もう何も出来ないと思われているわ」
「殿下…」
「安心して、諦めてなんてない。私にはあなたも、黒鬼も、あの子もついているもの」
「はい。何処までも殿下と共に」
彼は跪いて、主への忠誠を示す。あまりに自然な動作に、彼がどれほど目の前の主を敬愛しているかが伝わってくる。
「ええ、頼りにしているわ。今は手紙、お願いね」
「間違いないなく」
踵を返し、再び執事は音もなく部屋を後にした。
「やはり来ましたか…」
一人きりになった彼女は椅子に身体を預け、宙を見つめ呟く。
「レッドベリル様、あなたを失ったこの国は、もう限界かも知れません」
彼女の首もとには、朱色の結晶が輝いていた。