シュナ、その忠義
注意!作中の四字熟語は、同じ音の違う字に置き換えております。外で間違えても責任はとれませんので、悪しからず。
『追うぞ!ここからはお前の出番だ、先行しろシュナ!』
一匹に戻り待機していたシュナは、濁流の中を結晶で足場を作り駆けていく。彼は軽くやっているが、今なら分かる。あれはとんでもなく技量のいる行為だ。
まず、結晶を出す場所が問題だ。何度か試したが、見えない場所に結晶を出すのは非常に難しい。何故なら明確なイメージが掴み難いからだ。
それに荒れる水の中に、動かないよう結晶をしっかりと固定。それを何連続も行っている。
考えただけで、脳が焼き切れてしまいそうな技だ。
『今はあやつを見て学べ。いいか、大切なのは成功する自身のイメージだ。諦めるな。そうすればいずれあの域まで辿り着く』
「あぁ」
その時俺の心を占めていたのは、シュナやベリルとの歴然とした差への諦めではなかった。
嫉妬。
いつか俺もああなりたい。こんなところでもたついている自身への不甲斐なさ。そんなものが混ざり合った感情。
悔しい…こんな想い、いつ以来だろう。
『それでよい…とにかく今は追うぞ。この中を進め』
女王を追って膝まで浸水した通路を進む。一体どこまでいったんだろう。
『シュナからの反応がない。恐らく女王は逃げ回っているな』
ひたすら進み、十字路まできた。ここはもう地面が湿った程度で水はない。すると
―――トンっ!
「おわっ!?」
上から何か降ってきた。慌てて見ると、肩には毛玉が。
「なんだ、シュナかぁ。脅かさないでくれ」
そんな場合ではないが、一応抗議しておく。しかし、シュナは肩で顔を洗い、意に介した様子はない。
『修、シュナがここにいるということは、近いぞ』
「遂にか…どっちなんだ?」
否応なく緊張は増していく。乾いた唇を舐めて潤しシュナに居場所を聞くと、通路の右側を向いた。
「こっちか…」
以前大百足が進んでいった道だ。反対方向とは違う、土が柔らかい泥濘んだ道。黴臭さの中に鉄錆の臭いのが交じるそこに、意を決して足を踏み込む。
暫く進むとまた部屋のような場所が見えてきた。あの祭壇の間ほどではないが、ここもかなり奥行きがある。
それに…地面に散らばった白いもの。小石ほどに小さいものから、野球のバットサイズの大きなものまで。どう見ても骨にしか見えない。
「一体どれだけの人が犠牲に…」
足元にあった頭蓋骨を見て、自分もこうなったかもしれないとゾッとした。恐怖を打ち払い部屋に一歩入ると、突然シュナが2匹に増え1匹が肩から飛び降りた。
『修、そこで止まれ。ここから先はシュナの戦い。よく見ておけ』
「…分かった」
一体この小さな相棒がどうやって女王と戦うのか。学ぶところは多いはずだ。
『来たようだな』
ズズッ………ズズズズッ………
あの何かを引き摺る音が奥から聞こえてきた。心なしか弱々しい気がする。
『油断するなよ。手負いの魔物は危険だ』
ベリルの言葉に改めて気を引き締める。油断なく前を見つめていると
「キュオオオオォォォ!!!」
変わり果てた姿の女王がこちらに向かってきた。その身を守る外皮はなく、筋繊維が剥き出し。足の生えた蚯蚓とでも言えばいいのだろうか。ベリルが見逃さなかった弱点、水は大いに女王を追い詰めてくれた。
傷だらけの女王が、緑の血を全身から流しながら進んでくる。
『頼むぞ、シュナ!』
駆け出したシュナは女王との距離を一気に詰める。女王と比べるとシュナの体は豆粒のように見える。ベリルよりもさらに絶望的な体格差があった。
それでもシュナは疾走を止めない。遂にその距離はゼロになった。
"多重展開"
一気に20匹に増えたシュナは、あらゆる方向から女王に飛びかかる。しかし女王はちいさな彼らを歯牙にも掛けず、真っ直ぐにこちらへと向かう。
『余程我らに怒っているようだが、本当に其奴を無視してよいのか女王?』
そうベリルが言うと、張り付いたシュナの1匹が輝き―――
バンッ!!!
大きな音を立て、その身が爆ぜた。
「ギュオオオォォォオオ」
守るもののなくなった肉体を、次々に爆発が襲う。女王ははじけ飛ぶ結晶に身を削られ、のたうち回り抵抗する。その動きに数匹が押し潰された。それでもシュナは女王から決して離れない。
『生体爆弾。あれこそがシュナの理、不惜”信”命だ。己の命を削り、信じた主に尽くす。まこと見上げた忠義者よ』
その言葉の通り肩に残ったシュナは苦悶の表情を浮かべ、体も心なしか輝きを弱めている。
「シュナは大丈夫なのか?」
『分身体とはいえ、あやつらは感覚を共有している。潰された痛みも、自爆した痛みも、操作する本体へと跳ね返る』
「ッ!頑張ってくれ、シュナ!」
こんなに小さな体に、計り知れないような強い心を詰め込んでいたなんて…
バンッ!!!
一際大きな音が部屋中に響き渡り、女王に張り付いていたシュナが一斉に爆発した。
薄靄が辺りを包む中、右肩に乗っていたシュナが前へ傾いた。
「危ないっ!」
とっさに左手を差し出し、シュナを受け止める。
「間に合って良かった…」
疲労困憊なのだろう。手のひらで大の字になり、休んでいる。
「お疲れ様、シュナ」
彼を休ませる為、胸ポケットに入れようとした時
『まだだ。シュナ!!』
どこに力を残していたのか、シュナは俊敏に起き上がり、前に飛ぶ。
”多重展開”
目の前に何層にも重なった半透明の結晶が現れた。
『よく覚えておけ、修。これが本来の多重展開の使い方だ』
そんな盾に巨大な影がぶつかった。全身至る所で爆発を受けた女王は、最早死に体といってもいい姿だった。
突進の衝撃でその身は傷つき、血だけでなく肉が地面に落ちていく。体も半分ほどが千切れ、どうしてまだ動いているのか分からない程だ。
それでも執念深くこちらを狙い迫ってくる。
『耐えろ、シュナ!そのままなら相手は自滅する』
「頼む…」
一枚、二枚と結晶が砕けていく。だが、その分女王は傷を増していく。顎が砕け、口の肉は剥がれ落ち、剥き出しの歯で襲いかかってくる。
シュナと女王どちらが先に倒れるか。消耗戦となった。
その時は遂に訪れた。
「女王が失速した?」
結晶を数枚残し、女王の動きが止まった。
『まだ油断は出来ぬ。修、トドメはお前が刺せ』
「分かった」
シュナにはその余力がないのは分かっている。俺がこの手で決めるしかない。手の中に六角柱を思い描く。そのまま大きさを長くし、槍のような形状を連想した。
「こい!」
左手に現れたのは結晶の槍。軽い棒の先端にはあの包丁が。硬さを補うために、そこだけ取り付けるようベリルから忠告を受けた。
「返してもらうぞ」
結晶の内側から女王の頭に狙いを定める。
振り下ろそうと腕を動かした時、女王が再び動いた。
『この気配、創造神か!修、避けろ!!!』
「え?」
俺が見たのは体の前面に膜のようなものを張った女王と、その膜に触れた瞬間に消えるようになくなった結晶。
そして身体を襲ったとてつもない衝撃。
ポンポネッラの上手い当て字が思いつかなかった…炸裂とか使いたかった…中二力が足りない。




