女王の正体
ズズッ……ズリズリッ―――
部屋の近くで、音がピタリと止まった。再び静寂が周囲を満たし、自分の心臓の鼓動がはっきりと聞こえる。
相手に動きはない。間違いなく俺が潜んでいることはバレている。それでもここに来ざるを得ないはずだ。
(来い、来い、来いッ!!!)
入り口から片時も目を離さず、女王を待ちうける。シュナが調べた結果、敵はコイツのみだとわかった。
(お前の探しているものは、ここだ!)
すぐ後ろの壁を見る。そこには肝臓から取り出した小さな百足が、結晶で縫い留められていた。標本のように体を刺し貫かれた百足は、しきりにキィキィ鳴いている。
なぜこんなことになっているか。
全てはベリルの策にある。
○●○
あの玉座の間で俺は、ベリルに策を与えられた。
「いいか?まず手負いの奴を奥から引きずり出す」
「でも手負いなんだろ?普通隠れるんじゃ……」
「普通はな。だが囮を使えば話は違う。そのためにまずお前には、寄生体を手に入れてもらう」
「寄生体ってあの体の中にいる百足だよな…アレを捕まえる自信はないんだが…」
思い出すのはお爺さんの腕から現れた百足。はっきりと覚えていないが、恐らく成人男性くらいの大きさはある。
「当たりは既につけてある。お前が心配すべきはその前だ」
「あぁ…」
先ほど聞かされた作戦の第一段階。本当に俺に出来るのだろうか…それに
「そんなに上手くいくのか?虫に肉親の情なんてないだろ?」
蜘蛛などを筆頭に親が子供を殺したり、子供が親を殺したりは普通に行われているはずだ。あの可愛らしい魚のグッピーですら、隔離しなければ産卵した卵を食べてしまうのに…
「あれは普通の魔物ではない。変異体、その中でも歪魔と呼ばれる、極めて強力な個体になりかけている」
「ワイマ…?」
また知らない単語が出て来た。マは魔物の魔だと思うのだが、ワイは何だろう。
「創造神が一柱、再生と変異の神が作りし歪んだ魔物。それが歪魔だ」
「神!?ならあれは神の遣いなのか!?」
「いや、あれは創造神の残滓による影響を受けただけ。ただの悪相を持つ化け物でしかない」
神という名に畏れを抱かないわけではない。だがそんなことは関係ない。歪魔を倒さねばあの子は死ぬんだ。
「臆したか」
「いや、大丈夫だ」
「まぁ、よい。先ほど言った通りあれはまだなりかけ。それもかなり若い個体だ」
ベリルは確信を持った声でそう言い切った。
「どうして女王が若いと?見た目でわかるのか?」
「そういうことではない。奴が部屋に来た時の事を覚えているか?」
「なんとなくは」
大量の百足を引き連れて部屋に入ってきたはずだ。
「あれが既におかしい」
「え?どういう」
今のところにおかしなことはなかったと思うのだが…
「通常の巨大百足の女王は、絶対に人前に姿を現さぬ。雑事の全ては自分の子供か群の雄にさせ、部屋から動きはしない。外で誰が死のうとも気にも留めぬ」
言われてみれば確かにそうだ。女王蜂や女王蟻は、余程のことがない限り巣から外には出て来ない。
「だが、奴は違った。子供を引き連れてわざわざ我の前に現れた。あまつさえ子供がやられたのを見て怒り、突進までしてきた」
そういう前提があるのなら確かに女王は歪だ。まるで未熟なまま強くなったかのよう…
「あれにはいくらでも付け入る隙がある。囮を使い誘い出した後は」
○●○
「こうするんだよ!」
沈黙を破り、遂に部屋まで入ってきた女王にそう言い放つ。
「キュオオオオォォォ!」
女王はこちらに脇目も振らず、磔になった寄生体へ向かっていく。
その寄生体の真後ろの壁。そこには大きなひび割れが。その中には、事前に差し込んであった結晶がある。結晶に魔力を大量に込める。
「あの子は返してもらう!くらえっ!!!」
罅の中で膨張した結晶が耐えられなくなり、破裂。すると…
轟ッ!!!
壁から鉄砲水が吹き出し、女王を襲った。
「ギュオオオォォォオオオオオオオオ!!!!」
全身から煙を吹き上げながら、女王は部屋から押し流されていった。
歪魔・装魔。ややこしいけど…お楽しみに。
次回バトル開始。無色の結晶の真価が問われる。




