反撃の一手目
「あ!おい、どこに行くんだ!」
大慌てで包丁を鞄にしまい、肝臓を持ってシュナを追う……しまった。
俺は元の位置に戻り、大男に手を合わせる。
「今は時間がありません。後で必ず皆さんを埋葬しに来ます。待っていて下さい」
そう伝えてから踵を返した。
(呪われても、恨まれても仕方のないことをしたんだ。それでも…)
後悔すれば、それこそ死んだ彼等に失礼だ。ならせめて、この日の事は忘れないでいよう。
新たな誓いを胸に、走る速度を上げていく。
「なんてスピードなんだ……」
歩幅がかなり違うはずなのに、一向に追いつく気配がない。シュナはそのまま、通路の入り口まで駆けていった。
「こっちは…怪我人なんだけど……え?」
そうだ。いつの間にか立ち上がることも出来ない程の重症が、こうして走れるほどにまで回復している。むしろいつもより速いくらいだ。
ベリルに分けてもらった力で、多少持ち直したのは確かたが、ここまでではなかったはずだ。
『それが奪った力だ。お前の能力はおよそ3~4倍に上がっている。痛みこそそのままだが、その程度で揺らぐような柔な身体ではもうない』
「そうか…これが今の俺なのか」
右手が無くなって身体のバランスが崩れているはずなのだが、それも全く感じない。
身体の感覚を確かめながら走っていると、やはり思った以上に早く通路までたどり着いた。後ろを見ると、祭壇までの距離は以前と変わっていない。
(これでもまだ余裕がある。一体どうなったんだ?俺の身体は)
『一応言っておくが、油断するなよ。それでやっと女王に勝てる見込みが出来た程度だ』
「ッ!わかってる」
多少興奮してしまうのも仕方ないだろう。恐らく人生で一番に身体が軽い。自分のものとは思えないのだ。
とはいえ戦力も時間も余裕がないのは事実。急がなければ。
「シュナ!どこ行った?」
辺りを見回すが、どこにもいない。
『そこにおるではないか』
「えっ?」
『下だ、下』
恐る恐る確認すると、靴の上に毛玉が乗っかっていた。
「一体いつからそこにいたんだ…」
のんびりと靴の上で顔を洗うシュナに悪びれた様子はない。手を伸ばして、小さな相棒を拾い上げる。するとこちらを見つめ、そのまま固まった。
「な、なんだ?」
強く触り過ぎたのだろうか?力なんて込めてないはずなんだが…まさか!
『魔力を要求しているだけだ。望み通り与えてやれ』
「なんだ…そうだったのか…良かった」
安心した俺はシュナに魔力を渡す。集中すると、スッと何かが抜けていく感覚がした。
「これでどうするんだ?」
『黙って見ていろ』
すると…
"多重展開"
ポンっ!、ポンポンポンポンポンっ!!!
「おわぁっ!!」
手のひらに乗っていたシュナが分裂し始めた。その勢いは凄まじく、瞬く間に20匹のねずみ団子が出来上がった。
『降ろしてやれ、下のやつが潰れている』
「わ、わかった」
慌てて手を地面に近づけると、上から次々に降りていく。最後の1匹だけが手のひらに残り、19匹が目の前に整列した。
『これがゴシュナイト最大の特性、多重展開だ。薄く、脆いゴシュナイトの欠点を補う、複数の結晶の同時展開。修、事前に言った通りこいつらを使って水脈を探せ。場所に何か心当たりはあるか?』
「そう言われても………」
ここに来てからのことを思い出してみる。まずこの場所は関係ない。
次に隠れた部屋……もなかった。通路もない……
「あ!」
『何か思い出したのか?』
「あぁ。多分あれだと思う。最初にいた場所に水溜まりがあったんだ」
そう、来て早々に鉄錆臭い水溜まりに落ちた。恐らくあそこになら、水脈があるかもしれない。
『ならば話は早い。シュナ、先行して調べてこい。この先で間違いないな』
「あぁ間違いなく、通路のこちら側から来た」
手の上のシュナが立ち上がり指示を出すと、5匹が水溜まりの方に向かい、残りは反対の通路へと向かった。
「あれ?どうして…」
『女王の居場所を探らせる。もういないとは思うが、大百足が残っていないかも同時に探らせる』
「そう言うことか」
(目の前の事で手一杯で、そこまで頭が回っていなかった。こういうこともしっかりと学んでいかないと)
『焦ることはないが、いずれはこいつらを手足のように使えるようになれ。話せはしないが、シュナは意図をしっかりと汲み取る』
任せておけと言わんばかりに、シュナは手の上で立ち上がった。
(本当にわかってるんだ…)
この小さな相棒は思った以上に、賢く多才なようだ。
(頼りないかもと疑ってごめん)
心の中でシュナの評価を修正していると、不意に彼は通路側に向き直った。そのまま手のひらから飛び降り、真っ直ぐ走る。
『どうやら当たりのようだ。急ぐぞ!』
再び俺はシュナを追って走り出した。
部屋に辿り着くと、以前よりも明るい部屋になっていた。
「あれ?こんな部屋だったか?」
『どうした修、なにがおかしい?』
「いや、前より明るい気がするんだが…気のせいか?」
あの時はしっかりと周りを見る余裕もなかったせいか?と思ったのだが。
『それも能力上昇の影響だな』
「視力も上がるものなのか?」
『もちろんだ。視覚強化は戦いおいてかなり有利な要素を含んでいる。索敵、狙撃、回避、反撃と枚挙に暇がない』
二度とやりたくはないが、最早何でも有りなのかと思ってしまう程の力を得たようだ。
それでも手負いの女王とは互角。一体なんなんだあいつは。
はっきりと見えるようになった俺に、あのお爺さんの姿が映る。この世界で最初に会った人であり、敵でもあった。あの時はよくわからなかったが、こんな顔をしていたのか。
お爺さんは苦悶の表情のまま死んでいた。そのお爺さんの傍らにしゃがみ込み、話しかける。
「お爺さん、もしかしてあっちに行くなっていってたんですか?だとしたら折角の助言、無駄にしてしまいました。すみません。でも、その選択を俺はひとつも後悔していません。もう少しで大切なものを取り返せそうなんです。そこで見ててください、あなたの無念も晴らしてみせます」
そう言って、お爺さんの見開いた目を手で閉じる。硬直して冷たくなっていたが、まぶたは降りてくれた。
「気休めだけど、辛そうな顔ではなくなったかな…」
『お前は迷いのない、いい表情をするようになったな』
「そう、かな…」
自分では分からないが、顔つきが違うらしい。敵は強大でまだ不安も残るが、もう突き進むことになんら躊躇はない。必ず取り戻す!
そして俺は部屋に仕掛けを施していった。