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命の重さ

*決してこの行為を推奨は致しません。

ですが、何かを守る為には時に残酷さも必要かなと。

 あの時ベリルから説明されたことは、単純でとても受け入れ難いことだった。


○●○


 「簡単に言えば、足りないなら奪えばいい」

 「……奪う?どういうことだ?」


 何かを取ってくればいい、という話ではないはずだ。そうでなければ、ベリルがこうして重い雰囲気で話すはずがない。


 「外に戻ったら寄生体ごと宿主を殺せ。本来弱い人間を何人殺したところで何もならんが、弱いお前なら話は違う。自分よりも強い者を殺せば、その力を一部奪うことが出来る」

 「そのために人殺しになれというのか?」


 ベリルを睨みつけながら聞き返したが、彼女に変化は見られない。


 「今は手段を選べる状況ではない。利用出来るものは全て使う。そうしてやっと女王と互角の勝負が出来る」

 「本当に選択肢は何もないのか?」


 最後の望みをかけてそう訪ねたが、ベリルは首を横に振った。


 「そうか……」



○●○



 これがベリルが話した女王攻略の一つである。


 そもそも異種(自分とは違うと確信できる)の個体を殺すことと、同種(自分と同じかもしれない)の個体を殺すことでは心理的ハードルは全くもって違う。強烈な抵抗感でもって、無意識のうちにブレーキがかかるのだ。

 さらに戦闘における抵抗感は、対象との距離によって大きく変わってくる。

 中でも接近戦は最も抵抗が強い。その理由は相手の顔が見えることと、自分が相手を殺したということをはっきりと認識してしまうこと。


 今こうして自分がその立場になって、その理屈がはっきりと理解できた。


 (それでもやらなきゃいけないんだ……)


 ベリルがあの時捕らえていた、寄生体を……化け物を殺す!ただそれだけのこと。

 今まさにあの子の命が、刻一刻と失われつつある。そのことが俺の背中を押した。だが……


 『やはりこうなったか』


 磔にされた寄生体のほんの手前で、包丁が止まってしまった。震える左手を懸命に前へ出そうとするが、石のように動きはしない。自分ですら殺せたはずなのに、どうして…

 そんな俺を見かねたのか、ベリルの声が脳内で聞こえた。


 「こうなるとわかっていたのか……」

 『あぁ。生粋の戦士でもない限り、初陣でほとんどの者がこうなる。種の防衛本能からくるものだ、仕方あるまい』

 「だが!」

 『それもわかっている。だからよく聞け。このままコイツらに慈悲をかけ殺さなかった場合、お前は女王に殺され、ルナリアは死に、コイツらもいずれ中の百足に食い殺される。わかるな?』


 わかっている。目の前にいる人間が、あのお爺さんと同じ状態であることは。


 『ならもう一つ、こちらの世界でそれは人殺しではない。手順を踏めば、むしろ報酬が出る』

 「えっ……」

 『黙って聞け。理由はひとつ。村、街、国家に害を成し、人間としての意識がない者は魔物と変わらぬ。賊や罪人と同じように懸賞がかけられる』

 「だが、この人達は何かした訳じゃない!」

 『あぁ、今はな。放っておけば、通常よりも強力な大百足となる。それに寄生された直後ならまだしも、コイツらが元に戻ることはない』


 本当にそうなのだろうか……目の前の人も、隣の女性も、老人も誰ひとりとして救うことが出来ないのだろうか。 


 『とにかく落ち着け、簡単な話だ。お前も見ただろう。コイツらが女王の声に従って現れたのを』

 「あぁ」


 確かにそうだった。大百足に混じってここに呼び寄せられるようにこの人達は現れた。


 『それは体内の百足が脳に達している証拠だ。何をやったところで、取り出すことは不可能。無理にがせば宿主も死ぬ』

 「そんな…」

 『そもそもこちらの世界で、死は身近なものだ。魔物、戦争、飢餓、病、天災。理不尽などいくらでも起こりうる。修、その誰にでもかける情けは捨てよ、今捨てねばあの時のように全てを失う羽目になるぞ』

 「っ!」


 それだけは二度とごめんだ。多少の違いはあっても同じ痛みを共有しているからこそ、説得力のある言葉だった。


 『お前はまだ先がある。我のように終わってからでは遅いのだ。修もう一度言う…覚悟を示せ』


 「うああぁぁぁぁああああ!!!」


 俺は思い切り包丁を振りかぶって突進した。



***



 そこから先のことはあまり覚えてはいない。だが、今この手にべったりと付いた血が、全てを物語っている。

 それに最後に殺した大柄な男。彼だけは息を引き取る間際、正気を取り戻した。


 「恩に…きる。何も背…負うな、前に……進…め」


 俺の表情から何かを察したのか、死ぬ間際に彼からそう告げられた。


 「あ、あ、あぁ、うあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 本当にどうしようもなかったのか

 何か出来たんじゃないのか

 これでよかったのか

 俺は……おれは……




 『修!!!』

 「ッ!!」

 『これしきで動揺するでないわ!思い出せ!守ると決めたのだろう?ここで止まってどうする!!』


 そうだ。俺のすべきことは…


 「…………っ……分かってる」

 『ならばよい。これからやることは覚えておるな?』

 「あぁ……ごめんなさい!」


 彼の亡骸に近づくと、胸につけた傷を包丁で腹に向かい切り開いた。包丁を上下逆に持ち替え、邪魔になる胸骨や肋骨ろっこつを砕いていく。手に残る鈍い感触で、まるで自分が殴られたかのようにしびれと違和感に襲われた。力がまるで入らない。幻痛に苦しめられながら、何とか作業を進めていくと…


 「うっ!」


 血に染まっていてもよくわかる。見えた中身は食い荒らされたかのように、ぐちゃぐちゃになっていた。

 顔に飛んだまだ温かい血を拭い、思い切って手を差し入れ、体内にある目的のモノを探す。鼻や口を満たす鉄錆てつさびの匂いに嘔吐おうと感が止まらない。それでも、涙を流しながら体内を掻き分ける。

 部分的に削られ、不自然な形状の膵臓。有るはずの場所に存在しない胃。横隔膜は穴だらけになり、かろうじて臓器を支えていた。


 「どこだ…どこにいる……」


 大量に出る血に辟易へきえきしながらも奥にある肝臓に触れる。何か違和感を感じた。


 「うっ……コレなのか……?」


 迷いを振り払うように、思い切って切り取る。どうにか大男から抜き取った肝臓を、床に置き見つめる。ベリル曰わく、コレで女王をおびき寄せることが出来るらしい。


 『間違いないな。気配はそこから感じる』


 目的を達し、憔悴しょうすいしきった俺は床に座り込んだ。まだ左手に生々しい感触が残っている。


 『少し休んだら、シュナを呼び出せ。教えた通りやれば問題ない』


 (まずは心を落ち着けろ。1、2、3…………大丈夫だ)


 左手を握り締め、目を閉じ集中する。現実では初めてとなる結晶術。大切なのは明確にイメージすること。


 (六角柱…六角柱。透き通る結晶の六角柱)


 脳裏にはっきりとしたビジョンが浮かんだ時、身体からすっと何かが抜け出した感覚がした。


 (来てくれ、シュナ!)


 そっと手の力を緩めると、開いた手の上には丸まった毛玉が。そこにいるシュナを見て、何故だか無性に涙が出そうだった。


 「改めてよろしく、シュナ」


 目覚めた彼は一度こちらをうかがうと、手から滑り降り俺を先導するように通路へ駈け出した。

一般人である彼にこれをさせるのは、少し躊躇ちゅうちょしました。ですがこの先を考えると、どうしても乗り越えて欲しかったことでもあります。


本来手術の際は、邪魔な胸骨は電動ノコギリで縦に切るそうですね。痛ぁっ!そんなものはありませんので、かなり強引にいきました(笑)修の怪力の理由はまた次回。

ちなみに修が殺めた大男は、地獄片に出てきた戦士モランゲイです。残念ながら彼は女王の餌食となりました。

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