追憶~新生
崩れゆく街並み
逃げ惑う人々の悲鳴
燃え盛る城
見覚えのない景色が、次々に流れていく。
(どこなんだここは…)
次に映ったのは、城の中だと思う。大きな階段のあるエントランスホールが見えた。
本来なら豪奢なその空間は、今は絨毯の色とは違う赤で満たされていた。
鈍器かなにかで殺されたのか、頭をかち割られ脳を撒き散らした男。その男の握る剣で首を斬られたのか、目の前には首なしの死体。
そのとなりには豚の顔をした人型の生物が、槍で串刺しに。離れたところでは巨人とも言うべき生物が、黒焦げになって倒れている。その隣、その後ろ、斜め………ホールを埋め尽くす死体、死体、死体―――
(なんなんだよ…これ)
あまりに凄惨を極めた光景に、息を飲むしかなかった。すると、またしても映像が変わった。
今度は大きな椅子が部屋の奥にある広間。
(玉座とか言うやつかな……)
美術館の絵でしか見たこともないような絢爛豪華なその部屋で、まるで似つかわしくないような怒声と悲鳴が響いている。
こちらと対峙する白い騎士と、羽交い締めにされた見覚えのある銀髪の女の子
「べりる、べりるッ!!!!」
こちらに向かい懸命に手を伸ばしながら、騎士からなんとか逃れようと抵抗している。だが抱えられる程度しかないその小さな体躯では叶うはずもない。
「王国の守護者もこうなっては形無しだな。なぁ、ベリル?」
嫌らしい笑みを浮かべた白騎士が、こちらに向かって近づいてくる。
返答の代わりに、騎士の足元から巨大な結晶の柱が現れた。
「おっと、危ない。ちゃんと狙えよ、この子が怪我したらどうするんだ?」
騎士が自身の胸をガンガンと叩きながら挑発する。
「貴様がそれを言うか、ブリヴェド!!!」
何度も何度も結晶で狙い撃つが、全身鎧を装備しているとは思えない速度で軽々と躱していく。
だが移動の衝撃で気を失ったのか、女の子は騎士の腕の中でぐったりとしている。
「飽きたな…」
「何を」
次の瞬間目に飛び込んできたのは、胸を貫く赤く染まった刃。
「―――かはッ!……」
「魔力無散の呪いだ。殺すなんて生温いことはしない。精々苦しめ」
耳元から聞こえたのは、ゾッとするような悪意に満ちた声。その言葉を切っ掛けに、剣の尖端に幾何学模様の陣が現れた。
「ごふっ……その子を…どうするつもりだ……」
「装魔の娘は適当に手足を切り取って、魔物のエサにしてやるよ。それにしても薄気味悪い子供だよな、血や肉だけで魔物を簡単に変異させちまうんだから。安心しな、用が済んだらお前と同じ場所に送ってやるよ。アハハハハハッ!」
「ブリヴェド貴様ぁぁぁああ!!!」
「そこでゆっくりと、愛する国の滅びる姿を見ているがいい。あぁ、そうだ。暇つぶしに置き土産もやろう」
ブリヴェドが何かを取り出し宙に放った。放たれたのは鈍く輝く黒い石。地面へと落ちたソレから放たれたのは、先ほどとは違う魔法陣。光を放ったそれから現れたのは、白い肉の塊。
たるんで皺だらけの肌、脈打つ青い血管、呼吸するように開閉を繰り返す複数の穴。その穴から濁った膿のような液体が、皮膚を伝い床に流れ落ちる。
「俺の細胞から産まれたとは思えないほどの出来損ないだが、おもしろい特徴があってな」
ぐじゅりぐじゅりと蠢くソイツから、皮膚を突き破り触手が生えてきた。だらりと床に垂れ下がったソレが、床に触れた。その瞬間、ジュッという音とともに煙が立ち昇った。
「強力な酸を帯びた手だ。今のお前では防ぐことも出来まい。さあ楽しいお遊びの時間だ!」
女の絶叫が響く中、騎士は女の子の髪を掴み、その小さな身体を引きずりながら玉座の間を後にした。
○●○
「うっ…ッあが!!!」
強烈な頭痛で目が覚めた。
先ほど見せられた光景の余韻からか、胸に違和感を感じる。確認しようと見下ろした体はわずかに透けていた。
「結局何も出来ずに死んだのか……」
あの状況だ死んでいてもなんら不思議はない。その証拠に失った右腕が元に戻っている。
「それにここは……?」
俺が落ちるべき地獄にしては、感じる雰囲気が澄み切っている。よく見てみると、先ほど見た玉座の間に似ているようだった。違うところは耳が痛くなるような静寂が、その場を満たしていること。まるで…
「廃墟のようであろう?」
見たこともない赤髪の女が、突然目の前に現れた。
「誰だ!」
「これは心外だな。つい先ほど会ったであろう」
「え…?」
「よく見るといい…」
優雅に玉座に座った美女に見覚えはない。
だが相手はつい先ほど会ったと言っている。
(つい…さっき…?)
言葉通りもう一度彼女を見てみる。
こちらを面白がるように見つめる切れ長の金の瞳。どこか聞き覚えのある声。透き通った赤い髪…透き通った…赤?
「確信には至らぬか?なら第2ヒントだ。構えろよ?」
何をされるのだろうと身構えた瞬間、女から強烈な殺気が放たれた。質量が在るのでは、と思うほどの凍てつく威圧。まさか…
「あの竜…なのか?」
「その通りだ。挨拶が遅れたな、修。我は紅玉竜レッドベリル」
紅玉竜と言われた所で、はいそうですかと納得いくものではない。今俺の目の前にいるのは、赤いドレスを着た二十代後半の女性なのだ。
どんなに似通った部分があったとしても、あの竜と同一の存在とは思えない。
「信じてはいないようだな。はぁ、仕方ない…」
そう言うと女は立ち上がり、玉座から離れる。
【遍ク者共ニ我ガ威ヲ示セ】
あの時聞いたものと寸分違わぬ言葉を、女は発した。
目を焼くような赤い光が部屋を満たし、俺の視界を奪う。
光が収まり徐々に景色が見え始めた俺の前に現れたのは、先ほど見た結晶竜の姿。だがその身を包む赤が、どこか違う。
「何なんだ…その姿は」
黄昏から禍時へと刻を進めるように、赤から真朱、真朱から真紅へ赤が深みを増す。次第にその身を覆う鱗が、鋭く研ぎ澄まされていく。
「やはりこちらなら、正しき姿で顕現出来るか」
正しき姿という言葉を聞いた瞬間に、疑問が脳裏を駆け巡った。まさかコイツは手を抜いていたのか?と。そう思ったときには、彼女を責める言葉が口を突いて出ていた。
「どうしてその姿で戦わなかった!あの子は俺の目の前で…目の前で百足に食われたんだぞ!!!」
百足が最後に見せた嘲笑を、忘れることは二度と出来ないだろう。それ程までに苦い経験となった。
「我があの子を見捨てたと…そう思っているのか?」
そういってこちらを見た金の瞳には、悲しみと怒りが渦巻いていた。その目を見た俺は自らの間違いを悟った。
「勘違い…だったのか…すまない……」
よく考えればコイツも戦って百足にやられた。わざわざ負ける理由などどこにもない。
「よい。我が負け、あの子を守りきれなかったことに変わりはない。だが聞け、あの子はまだ死んでなどいない」
「え…?」
「ギリギリではあったがあの時、瓦礫の中からルナリアの身体を星盾団で覆った。しばらくは無事だ」
確かによく考えてみれば、あの子が飲み込まれる寸前に、赤い光を見た気がする。ベリルが言うように、あれが盾ならまだ生きている見込みがある。
希望に逸る気持ちを抑え切れず、彼女に問い掛けた。
「なら、助け出せるのか?」
「予断を許さぬ状況なのは変わらんが、まだ打つ手はある」
一度話すのを止め女性の姿に戻ったベリルは、こちらをじっと見つめながらその言葉を投げかけた。
「我が力を継ぎ結晶術士として戦え」
ただの保育士だった俺の運命は、そのたった一言で大きく変わることとなった。