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 「またしても……この剣なのかッ!!」


 ―――パリンッ……


 希望が潰えた音と共に、女王を押しとどめていた円形盾シールドが砕け散った。

 邪魔な魔術が無くなれば、彼女たちの間に残るのは圧倒的な体格差のみ。剣が刺さり動くことの出来ない竜を、太くしなやかな尾でもって強烈な風切り音とともに弾き飛ばした。


 「―――がはぁッ!!!」


 壁に叩きつけられた竜に向かい、さらに女王は体当たりを何度も何度も行う。執拗な攻撃に遂には耐え切れなくなった天井が崩れ、竜は落ちた岩に巻き込まれ姿が見えなくなった。



 「キュオオオオオォオォォォォォォオオオオオオオオ!!!」



 勝利を揺るがぬものとした女王は、巨大な胴を持ち上げ叫ぶ。脳が揺れるような絶叫に、目がかすみ始めた。


 「くそ、動けな…」


 怪我の反動で動けない俺を尻目に、百足は顎を左右に大きく開いていく。鋭く並んだ歯を見せ、こちらを嘲笑うようだった。粘り気のある唾液を垂らしながら、こちらに恐怖を与えるようにゆっくりゆっくりと距離をつめてくる。そして―――


 「やめろぉぉぉぉぉぉ!」


 「……ぉぉ…ぇ……盾団」


 飲み込まれたのは……俺の目の前に居た、小さな女の子だった。庇うことも、手を伸ばすことすら出来なかった……


 「あと少し、あと…ほんの―――」


 気力だけで保っていた身体は、もう限界だった。あれほど辛かった痛みも薄れて始め、視界は黒く塗りつぶされていった。




○●○




 女王はルナリアに続いて、気を失った修に狙いを定めた。

 今度は切り刻んでから食べるつもりなのか、顎肢を大きく開き修へと覆い被さった。死神の鎌のような顎肢を首に掛け、頭が切り取られようとしている。

 その時、なぜか女王が止まった。



 ―――ポツ……ポツ…ポツ、ザァーーー!



 「ギュアアァァアアーーー!!!!」


 差し込んでいた僅かな光が一気に無くなり、曇天は豪雨へと変わる。打ち付ける雨は、天井の大穴の真下に居た女王を容赦なく襲った。

 雨を浴びた女王は、体の各所から煙を上げのたうち回り始めた。這々の体で雨の範囲から逃れていく。その効果は絶大であった。濡れた箇所が酸でも浴びたように溶け、肉をえぐっている。

 だが同じく雨にあたっている修には、大きな変化は見られない。ただただ濡れた身体から、暖かさが奪われていくだけ。それだけでも今の修にとっては、生命の危機とも言えるが……

 雨に濡れ続けている修を未練がましく見つめた後、諦めたのか女王は去っていった。



○●○



 女王が消えて少し、部屋に弱々しい声が響いた。


 「くくくくっ、はははははははっ……まだ…終わって…など……いないぞ…修」


 積み上がった岩の中から、乾いた笑い声が聞こえている。次の瞬間、一番前の岩が吹き飛んだ。


 「悪いが、まだ……死んでもらうわけにはいかない」


 岩を押しのけ現れたベリルは、体中が粉々であった。かろうじて竜だと認識できるほどにまで壊れてしまった体には、歩く力も残ってはいなかった。惨めとも言える姿であっても、彼女はひたすらに這って進む。進むほどに雨に濡れ、泥にまみれ、鮮やかな赤は見る影も無くなっていく。瞳からも次第に光が失われていた。それでも彼女は諦めない。終わってなどいないのだと示して見せる。

 やっとのことで修の元まで辿り着いたベリルは、最後の力を振り絞り


 【紅玉こうぎょくノ竜ガ…魂ヲ彼ノ者ニ】


 ”結晶術のきざはし


 その言葉を最期に、竜は黒い剣共々跡形もなく砕け散った。

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