篭の鳥
「キュオオオオオォオォォォ!」
硝子をすり合わせたような不快な声が、部屋中に響き渡った。それに応じるように黒い百足の濁流が、通路から雪崩れ込んでくる。
「ちっ!…狂イ咲ケ、赤薔薇の飛剣」
役目を終えた花が砕け散り、新たな蕾が周辺にいくつも現れた。仄暗い広間には似つかわしくない、華やかな光景が広がる。
「散れ!」
先ほどの攻撃と違い、曲線を描くように花弁が大群の中に飛び込んでいった。濁流を切り裂くように突き進み、またしても数多くの百足が犠牲になる。
だが広間に入ってくる数の方が、あまりにも多い。遂には百足の波に飲み込まれ、花びらは砕け散った。
(捌ききれぬか!)
目の前まで迫る大百足に、少しづつ数を減らす飛剣。攻撃だけでは最早、後ろを守り切ることが難しくなってきた。
後ろに跳び、距離を開けながら思考を続ける。魔力の余力がないせいで、打てる手は限りなく少ない。
ベリルは舞う飛剣を巧みに操りながらも、同時に新たな魔術を構築しにかかる。
【覆イ隠セ、星盾団】
星形の結晶花が祭壇側を守るように、半球状に乱れ咲いた。
そこに鈍い音を響かせ、大百足達がぶつかっていく。 先頭の百足を押し潰しながらも進む捨て身の突撃に、盾はひび割れ数枚が砕けた。
「ぬうぅっっ!!!」
そのままじりじりと、修達のいるほうへと押され始めた。
「弾き返せ、星盾団ッ!!!」
更に注がれた魔力により残った花は、大きく育ち赤く輝く。
厚みを増した盾は攻勢を食い止め、眼前に並んだ百足をすり潰しながら元の位置まで押し戻した。
戦況はこちらの方がやや優勢……だが予断を許すような状態ではない。そこに百足の濁流に混じって、ぽつりぽつりと人影が通路から入って来始めた。入って来た人影は皆一様に、奇怪な歩き方をしている。
「未熟な寄生体まで出してきたか!”棘”」
空中に生み出された数十本の結晶の杭が、新たな侵入者を地面や壁に縫い付ける。バタバタと暴れ回っているが、2本、3本と杭が身体に突き刺さっていくうちに動きを止めた。そんなことをしている間に、広間には数十匹の百足が女王の周りに集結し終えていた。
「有象無象がぞろぞろと…それならそれで都合がいい”鳥篭の呪歌”」
―――空を往く鳥、無垢な鳥、羽を毟られ捕らわれた―――
歌い始めた竜の足元から、放射状に魔法陣が描かれていく。広間全体に届いた翼の紋様から、蔓状の結晶が伸び上がり百足へ殺到した。百足を刺し貫き、そこかしこで蔓同士が絡み合う。広間を縦横無尽に奔った蔓により、細かな格子が出来上がった。
―――哀れ若鳥、乙女鳥、縛りつけられ啼かされた―――
進路にいた百足達は体を何本もの蔓に貫かれ、吊り上げられた。外そうともがき苦しんでいるが、蔓に生えた逆棘によってただ傷を広げるだけ。百足の血を啜りながら格子は広がり、檻となる。
串刺しを回避した百足も、出来上がった檻に行く手を阻まれ惑うのみ。
―――心閉ざした篭の鳥、総て怨んで死に絶えた―――
ベリルが前足を陣に叩き付けると、合わせるように檻が動き始めた。逃げ惑う百足を締め上げるように、檻全体が収縮していく。
逃げ場を失い端まで追いやられた百足は、格子に細かく刻まれ肉片へと変わった。
「「「ギュォォォォオオオオ!!!」」」
―――諸共砕ケ
みるみる小さくなる檻は、中の百足を道連れに崩壊していく。
後に残されたのは舞い散る赤い光と、緑の血に濡れた山のような肉塊。
その山の中から、黄色い巨体が光を切り裂き駆け抜けた。
「ハァ…ハァ、ようやく引き摺り出せたな……刃の車」
飛び込んできた女王を、奇怪な模様の円形盾で迎え撃つ。
「まだこれほどの力が残っていたか!」
思った以上に余力を残していた女王に押され、一気に祭壇ギリギリまで移動を余儀無くされた。
厚い結晶の盾越しに、怒り狂った女王の姿が見えた。顎を開き、盾を破ろうと食らいついてくる。
今度ばかりは無傷といかなかったのか、外皮は所々剥がれ落ち、複腕は砕け、緑の血に塗れた姿になり果てていた。
「それでも終わりだ、廻れ―――」
○●○
俺は彼女の勝利を信じて、祭壇から見つめることしか出来ない。血を流しすぎたためか、体が鉛のように重く起き上がるどころか指一本動かない。
すぐそばにいる小さな女の子を助け起こすことすら出来ずにいる。かろうじて息はあるらしく胸は今も上下しているが、それもいつまで続くか。
(畜生…)
意志とは裏腹に、今の俺はあまりにも無力。竜が負けたその時点で、死は免れないだろう。
カタッ…カタカタッ
音に気づき視線を横に向けると、先ほど手から落ちた黒い剣が微かに鳴動している。
その震えはどんどん大きくなり、遂には剣がひとりでに浮き上がった。黒い揺らめきを纏うその切っ先の向きを見て、ようやく事態を察した。残された力で叫ぶ。
「後ろだぁぁぁぁ!!!」
○●○
廻れ―――「後ろだぁぁぁぁぁぁ!!!」
修の声に反応し振り返った我が見たのは、飛来する黒い剣
―――ザシュッ!!!……
詩の才はあまりないかな。




