手紙~23歳死亡~
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ここに来た方へ
この先で男が一人倒れていると思います。
もし息があったら、救急車は呼ばないで下さい。延命措置も不要です。
そんな優しさは必要ありません。このまま行かせて下さい。
もし死んでから時間が経っていたら、ごめんなさい。
私の姿は気持ち悪かったことでしょう。
出来ることなら警察に連絡して、処理してもらって下さい。
6月某日 藤堂 修
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同日早朝
持ってきた封筒に手紙を入れ、俺はその場から歩き始めた。最後の場所だけは決めていた。
俺の職場、みんなとの思い出が眠る保育園。本来ならば元気な声が響き渡る場所…
しかし封鎖された入り口が、その場で起きた出来事を物語っていた。
フェンスが歪み、どこからでも侵入ができる敷地。あえて俺は封鎖されている門をよじ登って敷地内に入った。
正式な順路で入りたかった、そうしなければいけない気がした…
見えてきたのは大枠の形こそ残っているが、虫食いのように壁がなくなり酷い有様の建物。
玄関跡で一礼し、そこに手紙を置いて奥へと向かう。ここならば見つけてもらえるだろう。
床に散らばったガラスを踏みしめ、ある場所を目指して狭い廊下を進んでいく。
柱が崩れ、1人が通るのがやっとの隙間をくぐり抜け、目的の教室の扉跡を跨ぐ。
未だに目の前に広がる景色を認めることができない。
つい3ヶ月前までは、笑顔の溢れる優しくて温かい空間だった……
そんな場所で今、俺は鞄から包丁を取り出す。
「ゴメンな、みんな。先生遅刻しちゃったけど、すぐに追いつくから…」
包丁が外れないように、タオルで左手にくくりつけながら刃先を左胸に押し当てる。
しかし手の震えで位置が定まらない。死ぬことに恐れをなしたわけではない、そんなものはとうに麻痺している。これは…
俺は慌てることなく、ポケットに入っていた精神安定剤を取り出し噛み砕く。
もうこの症状にも慣れたものだ。
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瓦礫に座り静かに待っていると、少しして手の震えが止まった。
「もういいか」
手の具合を確認しながら、立ち上がって真っ黒になった壁に近づく。
自力では刃が心臓まで届かないだろうと、そのくらいはまだ判断できた。
「夢まで奪われてどうしろって言うんだ…」
次から次に溢れ出る涙が、頬を濡らす。
脳裏には何度も何度も夢に見た、悪意の数々が浮かぶ…
なんであなたは生きてるの?
あんたが死ねばよかったのに!!
一人で逃げた卑怯者!!
ここに来ないで下さい!!迷惑なんですッ!!
どの面下げてあの子達のところに来やがった!!
早く捕まれよ、この犯罪者!!
何度違うと否定しても、返ってくるのは罵声だけ。
子どもたちの葬儀どころか、墓参りすら許されることはなかった。
最後にひと目だけでもと昨日の深夜に各所に無断侵入を繰り返し、子供たち一人一人に挨拶だけは済ませてきた。どうせ死ぬんだ。警察なんておそろしくもなんともない。
真っ直ぐ歩くことすら困難なほど、薬漬けになったこの身体で誰にも見つかることなく事を成せたのはみんなに呼ばれていたからなのかもしれない。良いように考えすぎかもしれないが、このくらいは許してほしい。
今日まで何度眠れぬ夜を過ごしたのだろうか。
数えるのも億劫になるほど、多く薬を飲んだ。最近では食事よりも摂取しているかもしれない。
そんな薬も、次の日には同じ量の薬では眠れなくなり日に日に飲む薬は増えていった。
最早昼か夜かもわからなくなり、薬の影響か気持ちの浮き沈みが激しくなった。特に薬が切れた瞬間、何もかもがどうでもよくなってしまっている。
「うぐっ!」
刃先が皮膚を破る痛みに顔が歪むが、ここまできた覚悟に後押しされる。
「これで楽になれる…」
【―――適格者、見つけたぞ。要らぬのならその命、我が貰い受ける】
「えっ?」
最後の一歩を踏み出そうとした瞬間、突然聞こえた声につい聞き返してしまった。
すると目を焼くような光に包まれ、身体の感覚が消えた。
藤堂 修<トウドウ シュウ>(男性) 失踪当時 23歳 職業 保育士 普通失踪により認定死亡