深夜ジョギングと謎の変質者
お題:夜の風 必須要素:牛肉 制限時間:30分
深夜ジョギングの魅力に取り憑かれてはや一週間。
コンビニで適当に食べ物を漁ったり、自動販売機で無駄にジュースを買ってみたり、色々楽しい。
人がいたってどうせ顔は見えない。何したって構いやしない。しかもジョギングだから合法的に夜の町を駆けまわる事ができる。
寝たい時に寝る、起きたい時に起きる。人間こういう生活もたまにはしないと人生に広がりが生まれない。
一日中コンクリートの壁の中にいるくらいなら、いっそ外に出てみるのはどうか。
「確かにそうだな。」
うちは新聞を取っていないが、なぜか郵便受けに差さってた新聞の余話を見ながら、ニート生活にも飽き飽きしていた俺は、少し時間も遅いが、深夜ジョギングに出かけてみる事にした。
だがなんて事はない。真っ暗な町並み、不安な足取り、夜風は涼しいが特に目新しいものなんて何もない。
社会の目を気にするニートはコンビニで軽い気持ちで物を漁ったりなんてしたらどんな噂が立つか分からないから行くにも行けない。
仕方なく自動販売機でジュースを買って、結局家に帰る事にした。
その時である。自分の家の玄関の前に、生の牛肉が置かれていた。
「何だこれは……?」
家を出た時にはなかった。誰かが、俺がジョギングに行っている間に置いたんだ。しかしそんな事があり得るか?包装紙が無い所を見ると、落としたわけではないはずだ。
俺は怖くなって、家の前の草陰で様子を見る事にした。
すると後ろに人影を感じた。振り向くと、大きな黒い影がヌっとこちらに向かってきた。
「うああああ!」
「驚かないでください。通りすがりの肉屋です」
急に丁寧な言葉で無理な事を言ってきたのは、牛の格好をした男(?)だった。
顔は分からないが声が男なので、男だろう。
「お前か!俺んちの前に牛肉置いたの!」
「はい」
「何の真似だ」
「アンパンマンみたいに自分の身を削って誰かの役に立ちたかったんです」
「それで生肉……って生々しいし、気持ち悪いわ!」
男は肩を落とした。
「そもそもお前のその格好は乳牛だろ!」
「乳牛でも食肉にされるんですよ。まあそれは置いといて、私の本当の姿はこれです」
そういってうちがとっている牛乳瓶を見せてきた。
「何だ、牛乳屋さんか」
「はい、そしてあなたが読んだ謎の新聞も私の仕業です」
「新聞配達かよ!お前は一体なんなんだ!」
「ただの近所の人間ですよ。あなたがニート生活をしているのが可哀想だったので……私なりの励まし方ですよ」
「全然励まされないわ」
俺の言葉も聞かずにその男はまっさらの履歴書を出してきた。
「何のつもりだ?」
「新聞配達しませんか?今ネットの波で新聞屋はピンチです。でも新聞はただの情報伝達以上の可能性と温もりを秘めています。そのぬくもりを伝える為に僕は活動しているんです」
これまでのお節介も甚だしい行為は、この男なりのぬくもりティだったのか。
深夜ジョギングが転じて早朝の新聞配達の可能性が開けるとは夢にも思わなかった。
この変な男に感謝し、俺は新聞配達のアルバイトの面接を受けてみる事にした。
「確かにそうだな。」をなぜセリフにしたのか