転職✕天職
「もうだめだ。一人で考えていても答えは出ない」
何日も夜、寝床で考えた挙句そういう結論に達した。
プライドが高く、人に相談するという事ができない私だったが、ようやく決心が付いたので転職の相談をしに、これまで先延ばしにしていたカウンセリングを受けたわけだが、結果としては話して良かったと思う。
自分一人で考えていては袋小路に迷うだけだと40年生きてようやく気付いたというか、40年も一人で考えて損していたというか、カウンセラーはさすが場数を踏んでいるだけあって、私のような悩みなど取るに足らないという風に励ましてくれた。私としてもそう捉えてくれた方が嬉しい。お前の悩みなんて人類何百万年の歴史に比べればちっぽけだと、誰かに言って欲しかったのかもしれない。
私はあのような職場で満足できるような小さい人間ではない。世界に出てこそ能力を発揮する人間なのだ。
カウンセラーは私に一枚の絵を描くように言った。木の絵である。木の描き方によって自分の現在の心理状態が分かるのだという。
私が多少緊張しながら書き終えると、カウンセラーは「あなたは安泰だ。あなたの名前のように根を末広がりに描く人は、人間として土台がしっかりしている」と言った。私は次第に自信を取り戻した。私ならできるかもしれない。思い切って脱サラし、一旗あげてやろうという気持ちが風船のようにどんどん膨らんでいき、勇気が漲ってきた。
カウンセラーには心から感謝したい。ありがとう。あなたのおかげで私は変われそうだ。
――この日記を書いていた末広学徒は三カ月後に近所の港で水死体となって発見された。私のカウンセリング法が間違いだったと認めざるを得ないだろう。クライアントは今の職場で満足していたのだ。
木の絵はしっかりしていたが、木の絵そのものが「地面が描かれずに宙に浮いている」という特徴を私は見逃してしまっていた。そうとは知らず、彼が転職さえすれば人生は変わるという意見をただ無思慮に肯定してしまったのである。もうお詫びのしようもない。私はカウンセラーを辞め、別の仕事を探そうと思う。
加筆修正してます。