【6】黒鎌の刺客
セリフとセリフの間も一行空けてみました!
さぁてそろそろ夏休みだァァアアア!!
「やってしまった・・・・・・」
瑛士は机に突っ伏したまま茫然と呟いた。
「大丈夫か天城? 顔が真っ赤だぞ」
「大丈夫じゃないかもしれない・・・・・・」
声をかけてきた除夜の視線から逃げるように、瑛士は顔を腕の中へと埋めた。視界が闇に包まれると、先程の出来事がフィードバックし、頭が煮え滾る様な羞恥心に駆られる。
だって、な。如何に封じ込めていた日頃の感情が爆発したからといって、今日転入して来たばかりの転入生の胸の中で五分弱も泣き晴らすって・・・・・・恥ずかしすぎんだろッ! 瑛士は今ここに拳銃の一つでもあろうものなら、今すぐそれを自分のこめかみに向けて発砲出来る自信があった。
因みに今は一限目と二時限目の間の休み時間だ。瑛士は遅れながらも体育に参加したが、何も無ければそろそろ姫川が保健室から帰ってくるはずである。
闇の中でそんな事を考えていると、教室前方が騒がしい。顔を上げると、急激に人がドアの方に群がっていた。どうやら帰って来たらしい。
「頃合かな」
瑛士は誰にも気付かれない様にそっと席を立つ。理由は単純だ、あんな事があった後で、まともに姫川と会話ができる自信が無いのだ。
男子トイレへ向かうため教室後方のドアへ手をかけた瑛士は、そこである事実を思い出した。そういえば彼女《姫川》は、まだクラスで自己紹介をしてないな。
まぁ大丈夫だろう、そう思ったが念のために後ろを振り向く。そこには1組問わず、様々なクラスの生徒に囲まれている姫川の姿があった。元から少し人見知りするタイプらしい彼女は、囲みの中心でわたわたと腕を振っている。遠目からでも焦っているのが丸分かりだった。
と、あちこちに視線を彷徨わせていた姫川と目が合う。彼女は探し物を見つけた際の、安堵にも似た表情を浮かべると、逃げるように瑛士の元へ駆けて来る。
「あ、天城さん! 助けて下さいっ」
「ど、どした?」
瑛士は思わず先の出来事を忘れて聞き返す。すると姫川はスッと瑛士の背後に回ると、隠れるように先の囲いを指差す。
「何か、あの方々怖いですっ」
「いや、怖いつってもただの質問だろ?」
そう言いつつ、段々とこちらに近づいて来る囲いの面々の声に集中するとーー
「姫川さんっ、趣味は?」
うん、至って普通の質問だ。
「姫川さ〜ん、茶道部入ってみない?」
うん、至って普通の勧誘だ。
「姫川さん! スリーサイズは?」
うん、至って普通の・・・・・・セクハラだ。
瑛士はセクハラ発言の超本人ーー悠馬へ向かい、「えいっ」と手に取ったチョークを投擲する。チョークは見事に悠馬の額に直撃し、パラパラと崩れ落ちていった。一方悠馬の方も無傷では済まない、「イッタァァァー!?」と大袈裟に叫び声を上げながら、その場に座り込み悶絶する。まあ実際大袈裟では無いのだろう。当たったことがある者だからこそ分かる事だが、チョークは投げられると意外と本気で痛いのだ。
「こ、こいつッ!? 一片の容赦もねぇ!!」
「あ、悪魔っ! 悪魔がいるわ!!」
「この人でなしぃ!」
瑛士の所業を見て、他の奴らが恐怖で歩みを止める。その隙を狙って、瑛士は手を叩くとクラス内にいた連中の視線を自分に集めた。
「おい聞けっ! 今からさっき出来なかった姫川の自己紹介を始めるぞ。いけるか、姫川?」
話の後半は姫川に向かって問いかけると、彼女は怖々としながらも瑛士の背後から前方に移動し、「頑張りますっ」と一言小声で呟いた。
「み、皆さん。改めて初めまして、姫川玲と申します。好きなことは動物を可愛がること、才能は【万能】です。どうぞ宜しくお願いします」
そう言ってぺこりと頭を下げる姫川のことを、皆は只呆然と見つめていた。
この学園には【万能】、なんていうぶっ飛んだ才能の持ち主は未だかつていなかったのだから、さも当然と言えよう。
だが、それもそう長くは続かなかった。まず最初に動きを見せたのは女子達だ。我先にと姫川の元に飛んで来ると、それぞれが自分を紹介し始める。才色兼備なこの転入生さんと、出来るだけ良好な関係を作っておきたいのだろう。
『キーンコーンカーンコーン♪』
と、昨今の日本ではとんと聞かれなくなった懐かしのチャイムが響く。この学は未だにこのチャイムを使用しているのだ。
「はい席付けー」
「次の教科の準備を終えて座れっ」
瑛士と除夜のかけ声で、周りに群がっていた奴らが思い思いに散って行く。こっそりと姫川の横顔を盗み見た瑛士は、彼女がやり遂げた様な溜息をついたのを見て、小さく微笑んだ。
「姫川、お前もそろそろ席についた方がーー」
「天城さん・・・・・・ちょっと抜けます。すぐ戻りますからっ」
「お、おい! 姫川っ、もうすぐ授業が・・・・・・」
刹那、今まで終始朗らかな表情をしていた姫川の顔が、一瞬で驚くほど固くなった。彼女はブンッと校庭のある方へ首を回すと、瑛士の話を最後まで聞かず教室から飛び出して行く。
「何処、行ったんだ?」
ポツリと溢れた瑛士の疑問に、答えられる人はいなかった。
「来るのが早すぎるっ。カテリナ、敵は今何処まで?」
『間も無く校舎に到着するわ。屋上で討ちましょう』
「了解!」
いつの間にか隣を併走していたカテリナと共に、レイは校舎の屋上を目指す。
屋上の前に到達すると、鍵がかかった扉を、事前に|記憶しておいた屋上の鍵を創造し、開け放つ。
夏間近の湿った空気が頬を撫で、悪意を疑う程の激しい日光が目を刺す中、太陽を背に屋上へ降り立つシルエットを、レイは見た。
「この早さ、やっぱり組織内に裏切り者の存在を疑った方が良いかもしれません」
『居るのはほぼ確定だけれど、ね』
カテリナと会話しながらも、逆光が和らいだそのシルエットに注意深く視線を走らせる。人物の首から下をすっぽりと覆っている漆黒のマント。そこから覗く筋肉質の腕は男のそれだ。
と、男が露出させていた右腕を一旦マントへと隠す。次に再び取り出した時、その腕には異質な一本の金属棒が握られていた。その棒の先端には、弧を描く漆黒の刃。それは正しく、古来からの死神の獲物、鎌。
男はレイに向かい一直線に疾突する。男が突き出した鎌を左に避けることで回避し、相手の懐へ潜り込もうと踏み込む、その直前。
『レイッ、しゃがんで!!』
カテリナの声で反射的に身をかがめると、数瞬前までレイの首があった場所を漆黒の刃が抜けて行く。レイの背中に冷やりと悪寒が走る。カテリナがいなければ、自分はもうこの瞬間に絶命していたのだ。
『レイ、鎌の怖い所は一撃目に非ず、二撃目よ』
落ち着かせる様なカテリナのアドバイスに、レイは無言でコクリと頷く。一方敵の男の方は、今の一撃で決まったとでも思っていたのだろう、レイが避けたことに対して、驚愕に目を見開いている。
その隙を逃すレイではない。サッと背中に手を回すと、出てきたのは人の二の腕程の長さの西洋風の短剣だった。刃の先には何かしらの印が彫られている。
彼女は踏み込みかけていた脚に再度力を注ぎ、爆発的な加速力を得る。その姿はまるで一迅の風の様で、瞬く間に体が触れ合う程に肉薄されていた男は、慌ててレイを突き放した。
男の馬鹿力で数メートル吹っ飛ばされたレイは、空中で体制を整えスタリと着地した。咄嗟の自分の判断に安堵した男はーーーーレイが飛んだ軌道に、赤い軌跡を見た。
液体状の赤い軌跡は、一秒もしない内に重力に任せて落下し、屋上に赤いシミを作る。
そう、その様は正しく鮮血。
男は数メートル先で立ち上がったばかりのレイを、正確にはその手に握られている短剣を見る。彼女の髪と同じく白銀の刃を持つその短剣からは、ぽたぽたと吸ったばかりの鮮血が垂れ、彼女の制服も決して少なくない量の返り血を帯びていた。
そこまで見てから男は、震える首を必死に動かし、自分の下腹部に視線を落した。
途端、おびただしい量の血液を放射する腹と、自分の足元に形成されつつある深紅の湖が目に飛び込み、男は自分の意識が掠れていくのを感じた。
「お・・・・・・まえ、は・・・・・・何者だ」
瀕死の状態を悟ってか、男は反撃を諦めレイに問いかける。レイもその意思を汲み取り、ゆっくりと答えていく。
「私は、"蜘蛛の仔"の構成員の内、五指に入る程の実力者です。勝てなくても無理ありません。せめて最期くらいは痛みを感じることなく、その生涯を終えてください・・・・・・」
そう言うとレイは男へ向かって右手を突き出した。心の中でカテリナへゆっくりと語りかける。
『カテリナ・・・・・・いくよ・・・・・・』
『いつでもどうぞ?・・・・・・』
ふぅ、と息を吐いて心を鎮める。思い描くのは死の香りが漂う無限の凍土・・・・・・。
「『死氷!!』」
その瞬間、男は何を考えたのか?
その答えは、今はもう聞けない。さっきまで男がいたはずの場所を中心として、屋上全域にかけて文字通り氷結地獄が広がっていたからだ。男だったものも、今はただの人形の氷柱へと成り下がっていた。恐らく自分が絶命したことにすら気付かなかったはずだ。
男の魂は、今はもうここにはいない、とっくにこの青空の何処かへと飛び立っているはずだ、そう思いながら、レイは頭上に広がる群青を見た。
若干の罪悪感と、男を刺した際の嫌な感触が残る。唯一の救いは、あの男の物語がこのまま終わりを迎えない事か。
終わりを迎えない、それはどういう事か。レイがもし誰かにそれを説明する場合、具体的に説明するとなるとややこしいが、一言で言うとすると、こう言うだろう。「あの男は、肉体的には死んだけど、精神的には死んでない」、と。
「さ、戻りましょう。天城さんに迷惑をかけてしまいます」
『それはいいけど、何て言い訳するつもり?』
「えっと、"時差ぼけで眠たくて顔を洗いに"で、どうです?」
『ちょっと厳しい気もするけど、しょうがないわねぇ。それでいきましょうか』
変色しかかっている血のシミや男の残骸は、あと十分もすれば水となって流れ出すだろう。
レイはカテリナと会話をしながら、最後にちらりと男だったものに視線を渡す。第二の人生くらいは、平和に過ごして下さいね・・・・・・。
彼女は名も知らぬ刺客に手を合わせると、そのまま屋上を後にした。
ありがとうございます
誤字脱字等どんどんお寄せください!
※作中での執筆姿勢には今は大体2パターンあります。
1:瑛士視点の三人称
2:レイ視点の三人称
以上の二つです。
1、2は間に基本二行たまに三行の空行を設けています。
また、1、2が変わる時にキャラクターの呼び方が変わるのはワザとです!
誤字ではありんせん!