勇者の涙
柚子と夕兎の顔にほとんど違いはないが、それを除けば全くの正反対といえる。
柚子からしてみれば、夕兎には備えられたものがたくさんあった。
まずは容姿。
とにかくモテる。整った顔立ちは、母性が強い年上がほっとけないくらいのあどけなさなあるし、また、表情に乏しくクールな印象は、年下や同級生がうっとりしてしまうほど洗礼された雰囲気を持っている。
ついでに、妹も羨むほどのツヤツヤでサラサラな黒髪。ブラウンで癖が強い、と毎朝クシと格闘する柚子とは大違いだ。
それと、常に学年トップの成績。
多少の努力もあるが、基礎を学んだだけですぐに自分のものとして、慣らさせずとも応用できる。
テスト前夜になるとカンニングペーパーを作り始める妹には真似できるはずもない芸当。
これだけでもモテる要素多しだが、しつこいことに、運動も出来た。
部活は新体操部に所属し、マットや鉄棒をスマした顔でこなす。
県大会では堂々の一位を受賞し、続く全国大会でも最優秀候補となって期待されるくらいだ。
因みに柚子は、剣道部に入っていたが、夏は汗臭い、冬は寒い、といって幽霊部員と化している。
以上上げただけでも天地の差がある2人だが、それだけではない。
“天運”の差がさらに夕兎の優秀さを浮き彫りにさせる。
良く考え、慎重な性格の彼は、危険を事前に察知して回避する能力がある。
反して、実直で、思い立ったら即行動の柚子は、100分の1ほどの危険にも真っ正面から衝突したり、回避のタイミングが最悪なほどずれていたり、または、ずれた先で別の危険に遭遇したりと、めまぐるしいトラブルメーカーである。
なぜ、こうも差がついてしまったか。
母の胎内で片方の能力を片方が吸い取ったとしか思えない。
普通であれば、片方が優秀なほど、もう片方は肩身の狭い思いをするが、柚子は兄にコンプレックスは抱いていない。
その理由は、二人の両親が劣悪を責めるような人格ではなかったことと、
二人の関係は中々にバランスが良かったためだ。
「夕兎!登場が遅すぎる!なんで怪我する前に来てくれないの!」
「…ほんと…ごめん…柚子……すぐに行こうとしたんだけど…風の精霊が気まぐれ起こして昼寝の時間に入ったんだ」
「シルク?シルクに乗ると飛べるって精霊?すごい!!私に紹介して」
「うん……」
「いつまで泣いてるの?ほら、これで拭いて…ってうわ真っ赤」
兄は重度の泣き虫で、妹がそれを慰めるという関係が成り立つ。
とりあえず、柚子の怪我を治療し、身体を清めようと、即席の部屋を設けることにした。
家は薙ぎ払われ、見るも無残な姿になっていることは言わずもがな。
雪は止んだが、積もった地面はそのままだったため、夕兎の魔術でカマクラを作る。
人二人が足を伸ばせる程の広さだ。
魔人が雪に呑み込まれた様を目撃していたなら、入るのを躊躇するだろうが、柚子は迷うことなく中へ篭って夕兎から回復を施された。
「風の精霊が使えなかったら、どうやってきたの?」
先ほどの会話の続きだ。
花の精霊の力を借りて回復魔術を唱える兄は、手が光りだすと壊れ物に触れるように柚子の頬に触れた。
「…翼のある魔物を捕まえて、飛んできた」
触れられた部分がほんのり暖かくなる。
初めに着けられた落ち葉の傷が塞がろうとしてる。
「あの男に顔を見られたのは、俺の油断の所為だ。……許して、柚子」
実に申し訳なさそうに、眉尻を下げて子犬のように肩を落とす。そして止まったばかりの涙がまた溢れはじめる。
ここまで落ち込まれれば、責めることもできない。
半目で子犬を見返し、唇を尖らせた。
「夕兎はすぐ泣くんだから!油断じゃなくて大きい相手にビビッたんじゃないの?」
勇者さまと讃えられ、敵を患部なきまで打ちのめすが、正体は、臆病者だ。
強いし頭も良い。しかし、いつもそのプレッシャーに押しつぶされそうなのは本人である。
「あのゾルってやつが、無抵抗の仲間を殺されたって言ってた。
夕兎が不意打ち狙ったのって、マトモに殺り合うのが恐かったんでしょ」
責めてるわけでなく、皮肉ってるわけでもなく、兄の行動を見透かした言い方だ。
彼が総本山を攻め入るときは、寝静まった深夜だった。
目を泳がせて、頷く。
「卑怯なことをしたと思ってる」
反省…しているのか、更に眉尻を下げた。
「いいよ。夕兎が死んぢゃうよりずっといい」
「……心配、したか?」
恐る恐る伺う兄に、妹は優しく微笑んでみせた。
顔立ちはそっくりなくせして、作る表情は全く違う。
「いつもしてるよ。夕兎な無敵な勇者さまだけど、傷作ったりお腹が空いたりして動けなくなってないかとか、次はいつ帰ってくるのかなとか」
今度は違う涙を浮かばせる顔をシャットアウトするために柚子は目をつむる。
今日は疲れた。雪に囲まれてるはずなのに、不思議と身体が暖かい。
頬を包む手のひらが震えている。
「異世界で私たちが生きてられたのは、私たちが揃ってたからだよね」
こちらへ来たのは一年ほど前だ。
田舎村を救ったり、こちらの世界の常識を学んだり、相の合わない城の者たちから時に辱められたり、ぶつかり合ったり、反面喜び合ったり、または魔人から命がけのちょっかいを出されたりもした。
危険には、基本兄が駆けつけてくれた。
何でも双子の勘とやらで、これがバカにできない。
今までの出来事には、良い面でも悪い面でもなにかしら双子の神秘が関わっていた。
切っても切れないものが彼らにはあるのだ。
「…柚子…」
ソっと、顔に影がかかった気がした。
身体の傷はもう無くなっただろうに、頬から手は離れていない。
怪訝に思って、柚子が目を開ける。
それと同時に、双子の兄の唇が、彼女の唇に重なっていた。




