其の一
ツンツン…
「もう少し寝かせてよぅ。」
ツンツンツンツン…
「もう少しぃ。」
ツンツンツンツンツンツン…
「しつこいっっ!」
ブンッ
「わぁぁ!そーじろう何するん!」
突然振り回された竹刀を避け、少年は後ろに転げる。
「んんん…。」
爽は目を擦りながら渋々と身体を起こす。
「あれぇ?さっきのお寺っ?」
きょろきょろと辺りを見渡すが、爽は少しの違和感を覚える。
(こんなに綺麗だったっけ…?って言うか、私生きてる??確か穴に落ちて…?なんでお寺に戻ってるんだろう?)
爽の頭は疑問で一杯だった。
「そーじろう?どうしたん?」
転げていた少年はトテトテと爽に駆け寄り、顔を覗くようにした。
「わあっ!何っ!?」
ぼうっと考え事をしていた爽は、あまりに至近距離にある少年の存在に驚いた。
「そーじろう?今日おかしいで?」
少年は心配そうに爽を見つめる。
「……そうじろ??」
爽はキョトンとした顔で少年を見上げる。
「なんや、寝呆けとるん?自分の名前も忘れたん?」
少年はケラケラと笑う。
「ちょっと待って、そうじろって…「総司っ!またこんな所で遊んでたのか?」」
爽の言葉を遮り、少し背丈の低い青年が後ろから爽の肩を叩く。
爽はくるりと振り向くと、座り込んだままで、青年を見上げた。
青年は八重歯を覗かせ、仔犬のように可愛らしい容姿をしている。丸くクリクリとした目を何度か瞬かせると、青年は爽の顔をまじまじと覗き込む。
「…総司…だよな?」
首を傾げながら爽に問いかける。
「え?そうじって…「平助!!早く帰らないと団子が固くなっちまうぜぇ?」」
爽の言葉はまたしても遮られてしまう。
いきなり現れた大男はがっしりとした体格で、少しつり上がった目をしているが、鼻筋の通った、整った顔立ちをしていた。
「左之ぉ。いや、総司がいたんだけどさ、なんか縮んだ気がするんだよなぁ?幼くなったっつーか…。」
仔犬のような青年は大男を見上げる。
大男は青年の前に座り込む爽を覗き込んだ。
「総司はもともと餓鬼だろ!でも確かに少し縮んだかぁー?」
大男は豪快に笑うと、爽の頭を掴み顔をあちこちに向かせてみせた。
「痛っ、いたたぁ!」
ぐりぐりとあちこちを向かされて、爽の首に痛みが走る。
「やめて下さいよぅ……くんくん。」
文句を言おうと大男を見上げると、甘い匂いが爽の鼻を擽った。
「くんくんくん…。」
爽は大男の袴にしがみ付き、匂いの元を探す。
爽は座った状態で大男の下半身にしがみ付くという形になっているため、頭上からは大男の焦った声が聞こえる。
「おわっ!総司!?確かにおめェは綺麗な顔立ちをしてるが、お、俺が好きなのは女だぁぁ!!衆道には興味ねェェエ!!」
大男が狼狽えるのも気にせず、爽は大男にしがみ付く。
「甘い匂いがするぅー。」
「あははっ!左之さん焦り過ぎっしょ!」
仔犬のような青年はケラケラと笑うと、爽の頭にぽんと手を置いた。
「総司!団子は屯所に帰ってからなっ!じゃないと鬼が煩いからなっ!」
「むぅぅ。」
爽は頬を膨らませ、渋々と大男から離れる。
そしてすっと立ち上がり、大男の袖を掴む。
「早くとんしょに行きましょう?」
団子に釣られた爽は、大きな目をキラキラと輝かせ、大男を見上げる。首を少し傾け、上目がちに覗き込む。
プツン
大男のなにかが切れた。
「おぉう!直ぐにイカせてヤるぜェー!」
大男は目をギラギラさせ、爽を脇に抱えると、一目散に駆け出した。
「わわわっ!」
爽は急に身体が浮いた事に驚くが、落ちるのが怖くて暴れる事もせず、大人しくしていた。
「ちょ…待てよー!置いてくなって!」
青年も大男の後を追う。
しばらく走ると、賑わった街並みが見えてきた。
大男の脇に抱えられながら、きょろきょろと辺りを見渡すが、道を行く人は皆着物を着ており、街並みもどこか見慣れない。
しかし爽の頭の中は団子でいっぱいになっており、そんな事は気にも止めていない。
大男は雄叫びを上げながら爽を抱えて走り続ける。
ようやく止まったかと思うと、大男は門をくぐり、建物に入る。
「左之ぉ、待てよぉ…。」
息を切らせた青年が漸く追いついて来た。
大男は青年の声などお構い無しと言うように、ドカドカと廊下を進んで行く。
ツンツン
着物を引かれる感覚に、大男は目線を下へやる。
「お団子まだですかぁ?」
爽は少し頬を赤らめて、満面の笑みで大男を見上げる。
「…っ!!」
大男は思わず爽を抱えていた腕を緩めてしまう。
ベシャ
「わぁ!」
爽は顔から床に落ちてしまった。
「いたぁ…。」
鼻を擦りむき、爽は顔を押さえる。
むくっと起き上がった爽は、大男に文句を言うべく立ち上がった。
「何するんで…「「あれ?」」」
立ち上がった爽を見た二人は揃って首を傾げる。
「「小さ過ぎねぇ?」」
「むぅ。」
爽は頬を膨らませる。
「…本当に総司か?」
青年が爽を覗き込む。
「そうじ?誰ですか、それ?」
爽はきょとんとした顔で青年を見上げる。
「「えぇぇぇえっ!?」」
二人が大声を上げると、目の前の襖がスパーンと勢いよく開いた。
「うるせェッ!!」
怒鳴り声が響く。
爽は驚いて目を見開き、声の主に振り返った。
「…わぁぁ、すっごい美人さんっ!」
振り返った先にいたのは、眉間にこれでもかと言う位に皺を寄せた、目付きの悪い男だった。切れ長の瞳と、形の整った鼻筋、薄い唇で、歌舞伎の女形のような綺麗な顔立ちをしていた。
「あァ?お前は何だ?」
男は不機嫌そうに爽を睨みつけ、豪快に舌打ちをすると、視線を大男と青年に移す。
「チッ…おい、てめェら!屯所に餓鬼連れ込んでンじゃねェ!!」
「だって土方さん、総司に似てるだろ?むしろ総司かと思っててさー!そしたら左之が…」
「別に俺ァ総司を手篭めにしようなんざァ…ごふぁッ!!」
バキィ
大男の言葉が終わる前に、何かによってそれは遮られてしまう。
「誰が誰を手篭めにするんですか?」
どす黒いオーラを放つ男が、5m程先から大男に向けて竹刀を投げつけていた。竹刀は見事に大男の後頭部を直撃する。
「詳しく気かせて貰いましょうか?」
少しずつどす黒いオーラが近づいてくる。
「総司!!」
青年が焦って声をかける。
「そうじ??」
爽は青年の後ろから顔をひょこっと覗かせる。
ピタッ
「「………。」」
どす黒いオーラの主と目が合うと、爽は固まってしまう。
((私と同じ顔…。))
二人は視線を反らせずに、大きな目を瞬かせていた。
「貴方は何者ですか?」
しばらくして、先に口を開いたのは総司と呼ばれた青年だった。
「何者って…普通の女子高生ですよ?」
「じょしこうせい?」
首を傾げながら聞きなれない言葉を繰り返す。
「女子高校生ですよ!」
「じょしこうこうせい???」
さらに聞きなれない言葉が返って来たため、青年は少し困った表情で目線を不機嫌そうな男に移す。
「土方さん、分かります?」
「いや、知らねぇな。…本当にお前は何者なんだ?何故女子が袴を履いてそんな身成してやがる?」
眉間の皺をさらに深めながら爽に問う。
「部活中だったんですよぅ。剣道の合宿に来ていて…「貴方は女子なのに剣を持つのですか!?」」
爽の答えも最後まで聞かないうちに声が重なる。
爽を見る青年の目はキラキラと輝いていた。
「私と手合わせをしませんか?」