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水音  作者: ばらっど
3/5

水音 その三

 美味しい水と、止まらない水音。

 水に一喜一憂しながら半月が過ぎた。

 寝不足に苛まれる朝は辛いが、水を飲めば頭がすっきりとする。トーストを用意しつつ、玄関にきた郵便物を確認する。その中に水道料金の明細が混じっていた。正直なところ、あまり中身は見たくない。異常なしと言われたとはいえ、どこからか水が漏れ続けていた。莫大な額とは行かずとも、地味に頭を悩ませる数字が書かれていてもおかしくない。先延ばしするように、先に朝食を済ませ、明細を置いたままで出勤した。バス停が近いが、運動もかねて少し離れた地下鉄の駅まで歩く。外は寒いが、おかげで魔法瓶に入れたお茶が美味しい。勿論、浄水器の水を沸かした物だ。白くなる息を吐きながら、会社へ行く気分も悪くは無かった。



 オフィスは暮れの騒々しい雰囲気に包まれ、少しずつ切羽詰まった空気が流れる。

 会社の中は息が詰まる物で、急かされるような雰囲気にせっせとキーボードを叩きながら、喉が乾けば魔法瓶を開けた。私が浄水器を買ってからその水ばかり飲んでいる事は周りに知れており、もう珍しそうにする人も居ない。だが、その日は違った。


「浄水器、実家が買わされた奴なんだよね」


 不意に声をかけてきたのは、尾田という男性社員だった。私が浄水器を手に入れた経緯も知れていたから、そう切り出された事は気にならなかった。

「もしかして、これじゃないかな」

 そう言って尾田が見せたのは、スマートフォンの画面だった。

 開かれた画面には、地方ニュースが乗っている。「中古浄水器の高額押し売り」の文字が、強調された字体で躍っている。

 中古、という文字に嫌な感じを覚える。だが、仮にそれが私の持っている浄水器の事だったとしても、その機能には関係ない筈だ。私をうならせたのはむしろ、その悪徳業者が未だ捕まっていないという事くらいだった。しかしこういう話を聞くとまた、鈴村さんが煩いだろうなと思って早めに話を切り上げる。そのニュースを詳しく見る事は出来なかった。



 その日、帰宅してからさっそくコップに水を汲んだ。

 相変わらず美味しい。

 中古だろうとなんだろうと、どうせ水道の飲み水を通すだけの物なら気にすることも無い。ぼったくりの業者に腹は立つが、品質に満足している自分が少し悔しかった。しかし中古と言う事は、これを手放した人が居るということだ。おそらくは実家のように、元々浄水器が必要無いのに売りつけられた人かもしれない。そう思うとますます、業者への憤りが募った。

 そういえば、と机の上の明細に目を向けた。ぺらりとめくって記載された金額を見る。


「――――えっ」


 思わず、二度続けてその紙を見た。記載金額はやけに少ない。少なくとも、普段の半分近く安い。あれだけ水道の水を使ったのに。まして、夜中に水がどこからか滴っていたというのに。請求が高いならまだ解るが、明細に書かれた水量を見ると、私は半月近く水を使ってないみたいに見える。


 ――――半月。

 あの浄水器をつけてから、ちょうどそのくらい。

 節水機能があるとしても、おかしい。

 私はあれを通して水を飲んでいたのではないか。

 明細を信じれば、あれをつけてから私は、水を飲んでいない。じゃあ、あのフィルターを通して出てきた液体は一体、なんだと言うのだろう。不意に、風呂桶の水の事を思い出した。業者の人に流されたのだろうと思っていたが、もし、最初から水が溜まって居なかったのだとしたら……。

 ばかばかしい。

 そこまで考えて、頭をぶんぶんと振った。役所がミスをすることもあるだろう。水道料が安いなら、むしろラッキーだ。あくまで前向きに考えながら、私は明細書を引き出しにしまった。

 その日はいつにも増して水音が気になった。

 私は隠れるように布団に籠った。



 それから数日。

 不意に、以前呼んだ業者の人と再会する機会があった。

 マンションの通路に居た彼は、白髪交じりの頭をなでながら軽く会釈した。話を聞くと、私の部屋の隣で水漏れがあったそうだ。天井配管の老朽化が原因との事だった。水音の原因はそれだろう、と胸を撫で下ろし、今日からはきっと安眠できると思った。


「お姉ちゃん、水音が気になるって言ってたもんねえ。今日からたぶん大丈夫なんじゃないかな」

 

 気のよさそうな笑顔で笑う男性に、こちらも思わず顔がほころんだ。

 自分の抱いていた不安が、考えすぎだったと思った。

 そのせいか、思わず

「浄水器が原因じゃなかったんですね」

 と零してしまった。

 すると、男性の表情は苦笑いのようになって、私は思わず目をぱちくりとさせた。

「こないだお邪魔したときに、言おうか迷ったんだけどねえ。悪いんだけど言い辛くて……解っててやってるわけ無いよね」

 目の前の男性が何を言おうとしているのか、すぐに判りはしなかった。「悪い業者に捕まったのかな」と言われて、途端にどきりとした。

 背筋を冷たい汗が流れていくのがわかった。その言葉の続きを促して、後悔した。





「あれね、排水用のフィルターなんだよ」

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