教訓7:最低と最悪は紙一重。
こうなることは予想できていた。だけど、あの短時間でそこまでの対処法を思いつけなかった。ベビーカーはあいつが必ず止めてくれるだろう。しかし、追い越すためにはこちらも限界までスピードを出さなければならない。そうなると必然的に自転車は交差点に飛び出すことになる。途中で飛び降りることも不可能だった。
『いついかなる時も、決して諦めない』が信条の私だが、さすがにこれは『諦めずになんとか出来そうにもない』。
死に際は周囲の光景がスローに見えると言うけど、まさか本当にそうだとは思わなかった。
何故か、こんな風にゆったりと考えることだけが出来ている。
飛び出した自転車は奇跡的に、わずかな車間を通り抜けた。けれど、奇跡というのはそう何度も続かない。
激しいクラクションが耳を打つ。
のろのろと首を上げると、すぐ側まで軽トラックが迫っていた。
ああ、こりゃあ死ぬわね……。
疲れのせいか、茫洋とした意識に浮かんだのはそんな言葉だった。
確実に吹っ飛ばされて、アスファルトの地面に激突して死亡。
ありがちな事故だが、まさか十六という若い身空でそんな死に方するなんて考えたこと……そういえばあったっけ。予想の中の一つだった。
だって、普段こんなにトラブルに巻き込まれてたら、そんなことも考えてしまうというものだ。
私は疲れた体をハンドルに預ける。
後もう数秒のうちに吹っ飛ばされるんだろうけど、不思議と恐怖は無かった。
いや、あるのかもしれないけれど、たぶん疲労がピークに達していて心が追いつかないだけだ。
……あいつは、今頃どうしてるかな。
赤ちゃんは無事で、助かっていたとしても、次に私の死体が転がっていたらさすがに気分が悪いだろうか。
私は重い瞼を閉じる。
バカ兄貴の、あの予言。
――今日はお前の人生で最高の出会いがあるらしいぞ、良かったな!
決して当たらない、あのクソ予言。
本当に最低だった。
足にまとわりつかれるし、靴によだれ垂らされるし、お弁当は取られるし。かと思えば、勝手に自転車に乗ってきて学校に連れて行けとか自分勝手なことばかり言うし。
本っ当に、最低だ。
あの兄貴の占いは本当の本当に当たらない。
でも。
――お前が一人で出来ることなんて限られてる。でも俺がいれば、出来ないことなんかなんもねーんだよ。
まぁ――最悪ではなかったから、良しとしてやろう。
そうして私は薄れる意識の中で、その手綱を手放そうとした。その時だった。
「――受け身を取れえええぇっ!」
意識の手綱を強引に引き返すほどの怒声が鼓膜を貫く。はっと目を見開くと同時に、もうほとんど惰性で動いていた自転車が後方から衝撃を受けていた。
その衝撃のままに自転車は前へと押され、ハンドルに預けていた私の体はあっけなく前方に投げ出される。
宙に投げ出されながら、私の頭の中はほとんど真っ白になっていた。
今の声、まさか。
なんで、どうして?
つーか、受け身?
……えええぇええっ!?
もう様々な考えが複雑に絡み合い、私はパニックに陥る。しかし、そうしている間にも、地面は眼前に迫っていた。
私はとっさに視線をへその辺りに向け、投げ出された力に逆らわずくるりと体を丸めた。そして、最後の最後の力、足を上空に向かって思い切り振り上げる。
一瞬見える、蒼穹。
宙を回転した私の体は、つま先から地面へとつき、踵、背中の順で落ちた。
「……っ!」
なんとか受け身を取れたものの、衝撃を殺しきれずに息が一瞬止まる。
動けずにいると、体のすぐ側を操縦者のいない自転車が通り過ぎていった。そして、どこかに激突でもしたのだろう。けたたましい音が間を空けて響き渡った。
「ぐあっ!」
続いて聞こえた悲鳴に、私はまだダメージの残る体をなんとか起こす。
声の主を求めて視線をさまよわせると、車道の際、ぎりぎりのところに、奴が倒れていた。
一ヶ月ぶりの更新になってしまいましたすみません。