教訓1:バカ兄貴の予言は信用しちゃいけません。
――望むのは唯一つ、平穏な日常だけ。
部屋に置かれた姿見の前に立ち、私は一つ息を吸う。
ナチュラルメイクは上出来、髪のセットはバッチリ、制服もシワ一つなく完璧だ。
それを確認して私は安堵する。今日から新生活が始まるんだから、慎重になりすぎることはないもの。
鏡の中の自分を見つめて、私は思う。
生まれてこのかた十六年。私は数々のトラブルに巻き込まれてきた。
地味なものなら鳥のフンの被害に一日三回も遭ったり、エレベーターの中に四時間も閉じ込められたり。
派手なものなら、銀行強盗の現場に鉢合わせてしまい、人質に取られたりなどなど。
人は私を「トラブルメーカー」と呼ぶけど、冗談じゃない。
トラブルが勝手にやって来るのであって、私がトラブルを起こしてる訳じゃないんだから。
けれど、周囲はそんな風には思ってくれない。トラブルに巻き込まれることを嫌い、私はいつも遠巻きにされる日々を過ごしていた。まぁ、厄介ごとには関わりたくないって気持ちはわかるけど。・・・・・・あーあ、自分で言ってて辛くなってきた。
そういう訳で、私は決意した。
これから始まる転校先の高校での新生活。それだけは絶対に平穏なものにしようと。
幸運にもその高校には中学生時代の同級生は一人もおらず、六月という非常に微妙な時期ではあるけれども全てを一から始めるにはもってこいだ。
もう絶対にトラブルには巻き込まれない。私の身にふりかかるトラブルは全て回避してみせる!
平凡な友達を作り、平凡な日々を過ごし、平凡な出会いをして、平凡な恋をする。それが私の目標だ。
「よしっ!」
軽く頬を叩いて気合を入れ、私は通学鞄を持ってドアを開けた。途端――、
「妹よ、喜べ! 今日のお前の運勢は大吉だ!」
――満面の笑みを浮かべた馬鹿兄貴の顔が視界に飛び込んできた。
その張り飛ばしてやりたいくらいのご機嫌な顔を見て、私はたっぷり一分間、ノブを握ったままの姿勢でフリーズしてしまった。……今、兄貴はなんて言った?
動きの悪い頭の中で兄貴の台詞を何とか再生させたとき、私は悲劇のヒロインよろしくふらふらっと床に膝をついた。
「どうした? ……そうか、感動のあまり腰が抜けたんだな!」
兄貴の能天気な声に、私は怒り心頭に達した。私の何処を見て、感動してるなんて勘違いできるのよ、馬鹿兄貴!
心の中で毒づいて、私は絶望に打ちひしがれた。
はい? なんでそこまで落ち込むんだって? そりゃあ落ち込むわよ。だって――私の馬鹿兄貴の趣味である『占い』は、百パーセント絶対に当たらないのだ。それなのに『大吉』なんて――……。
そこまで考えて、私ははっと我に返る。ダメだダメだ、ついさっき決意したばかりじゃないか、私! こんな予言信じちゃダメよ!
自分で自分を奮い立たせて立ち上がろうした私に、しかし残酷にも馬鹿兄貴はさらなる追い討ちをかけてくれた。
「そうだそうだ、あとな、今日はお前の人生で最高の出会いがあるらしいぞ、良かったな!」
我慢の限界。
無邪気な顔で頷く馬鹿兄貴の、これ以上の予言を封じるべく、私は通学鞄を振り上げた。