最後の言葉
目を開けた時、真っ先に視界に飛び込んできたのは青空のような目だった。
丸窓の向こうからこちらを見つめる青年に心臓が止まりかけて、後退ろうとしたら左腕が痛むのに気が付いた。酷く打ち付けたみたいで手の甲にも痣が出来、血が流れた跡もある。
クリーム色の肌と茶色の髪をしたこの星の住人なのだろう青年は、心配そうにわたしを見ている。わたしは戸惑ったまま、取り敢えず状況を確認しようと船内へ目を向けた。
「……!」
そこは酷い有り様だった。仲間達は床に倒れ、所々血が擦れている。そこでやっと宇宙船が傾いていることに気が付いて、わたしは何があったかを思い出した。
ずっと続いている異星間の戦争で、わたしは小さな貨物船のパイロットとして数人の仲間と一緒にこの船に乗り込んだ。けれど敵船と対峙し落とされて……。
「っみんな!」
急いで駆け寄って揺さぶるけれど、返事はない。水色の肌はその彩度を落とし、青色の髪には赤い液体が付いている。わたし以外誰も動かなかった。
こうなることがあるかもしれないとは思っていた。後で、きちんと綺麗に眠らせてあげなくては。
わたしは立ち上がると、軍へ救助要請を出す為に通信装置へと向かった。けれどそれは使い物にならず、隣にある空気を生み出す装置も壊れていることに気が付く。持って一週間ぎりぎりといったところだろうか。
窓の外に見えるのは緑の木々と黄緑色の植物達。ここは森だ。もし街に落ちていたらすぐに殺されるか捕虜にされるかしていただろう。
火事にはなっていないけれど、少なくとも船と同等の大きさの穴が森に空いてしまった。さんさんと光が差していることがその証明だ。味方に見つかれば助けてもらえるかもしれないけれど、敵に見つかれば爆散するまで撃たれるかもしれない。何にしろ、わたしに出来ることは……
「待つだけ」
いや、左腕の手当てをしなければならなかった。痣はどうしようもないけれど、血ぐらい拭いて綺麗にしておかなくては。
なんとか手に包帯を巻き一息吐いた時、コンと窓を叩く音がした。そういえば異星人が船の前にいたと思い出して向かうと、彼は顔を傾けて。
「イキエ? ウブオジア?」
「い、生き餌?」
「ウコ、ウレクサ」
何を言っているのか分からない。けれど彼は自分の胸に手を当てた後、もう片方の手を優しくわたしの方に向けた。敵意は……ないのかもしれない。見ていると、彼はもう一度自分の胸を叩く。
「レイ」
「レイ?」
彼は頷いて、わたしに片手を向け首を傾げた。そしてまた自分の胸を叩き「レイ」と言いながら、わたしに手を向けると黙る。もしかして、名前を聞いているんだろうか。
「……シア」
「シア!」
わたしが同じように胸に手を当てると、彼はぱっと笑顔になった。不覚にも少しだけ可愛いなんて思ってしまって、何を考えているんだろうと溜め息を吐く。彼はついさっき、わたし達の船を落とした者達と同じ種族なのに。
彼は少しの間俯いて、顔を上げると同時にどこから持ち出したのか大きな葉を窓の前でひらひらさせた。そして
「ウスカ」
空を指差し、窓……なのかわたしなのかを指す。そして拳の上に葉を重ねる。何をしたいのか分からないのでそのまま見ていると、彼はにっこり微笑んだ後船によじ登ってしまって見えなくなった。
左腰の辺りで同じ葉が沢山揺れていたけれど、もしかしてこの船を隠そうとしているのだろうか。彼はわたしを傷つけるつもりは今の所ないようだし、あの様子だと自分の星の軍にも連絡していなさそうだ。
どうして彼はこんなことを、と考えてここが森だと思い出した。きっと彼は世間知らずなんだ。だからわたしが何者か分かっていない。……いや、分かっていたとしても助けようという甘さがある。
上を移動する彼の足音が時々聞こえる。あの葉を重ねているんだろう。これじゃあ味方に見つけてもらうことも出来そうにない。まあ……落ちた船の捜索なんてしないだろうし、救助要請も出来ないのだから意味はないか。
わたしはわたしで、死んでしまった仲間達を寝室に移動させそこで眠らせてやることにした。
それから四日。彼は朝、昼、夕と毎日様子を見に来て一緒に食事を摂るようになった。飽きないのか、何で来てくれるのか、やっぱり分からないけれど独りで船の中にいると寂しく思うもので……。レイとの食事が少しの救いだった。
おかしなものだ。わたし達は敵同士の筈なのに、レイからはちっとも敵意を感じない。それどころか、初めからずっと優しさばかりをわたしにくれる。
「シア!」
朝の森から出てきたレイが軽く手をあげる。彼が窓の側にいると顔くらいしか見えないけれど、向こうから駆けてくると全身が見えて、わたしはそれが結構好きだ。だから窓際で待つようになった。
「シア、ナホ」
彼はそう言って今日も持ってきた食べ物を見せてくれる。わたしも同じように食料庫から持ってきたものを見せる。どちらも代わり映えはしない。彼の昼食は柔らかそうな薄茶色の四角いものと、少し硬そうな黄色い固形物。わたしはクリーム色でサクサクしたクッキーに似た携帯食。あまり味がしなくて美味しくないけれど、食べるものがあるだけありがたい。
ちらりと盗み見ると、レイの茶髪が風に揺れていた。光に当たって所々金に見える。澄んだ青の瞳はわたしの目と同じ色。故郷を感じて安心するけれど、その瞳がわたしを捉えて少しどきりとした。
「シア、イナン?」
レイはよく首を傾げてはそう言う。多分「どうしたの?」とかそういう意味なんだろう。わたしは首を横に振ると、口の端にクッキーの欠片が付かないように割ってから口へと運んだ。
朝食を摂り終えると、彼は花で作った装飾品を見せてくれる。昨日は青い花のネックレスだった。今日は桜色の花冠だ。彼が窓越しにそれをわたしの頭に乗せたそうにするので、わたしは少し屈んだ。
「……イエリ」
レイが淡く染まった頬をして笑う。あなたは、本当に陽光のように温かくて優しくて、素敵な人だな。
「ありがとう」
彼に、わたしのお礼は伝わっているだろうか。いくらか絵でお互いのことを伝え合いもしたけれど、ちゃんと言葉で伝えられたら……。
レイが花冠を下ろして暫く、二人で見つめ合っていたら彼の手の平がそっと窓に触れた。
「シア、オロソロ……アカナキ。……ウルカタ」
瞳を閉じて額を窓に付ける彼を真似して、わたしもそうする。意味はよく分からないけれど愛しそうな、寂しそうな顔を彼がするので別れの挨拶とかなのだろう。
そうして数秒経って目を開けると、あの日と同じように青い目がすぐそこにあって心臓が飛び出るかと思った。すぐ離れようと思ったけれど何故だか少し惜しいような気持ちになって、わたしはレイの右頬の辺りにそっとキスをした。
「っ……⁉︎」
途端彼が真っ赤になって、一瞬固まったかと思うとわたしの右頬辺りにキスをし返して。
「ウ、ウルカタっ……!」
半ば叫びながら駆け足で帰ってしまった。それを見て正気に戻ったわたしは、息をするのを忘れていたのを思い出して目一杯空気を吸い込んだ。
窓の、さっき彼がキスしていった辺りを指でなぞる。すぐに帰ってはこない筈だと、少しだけ森の方を確認してから唇を付けて、やっぱりわたしは何をしているんだろうと膝を抱えた。
少しぎこちなかった昼と夕方のレイを思い出しながら、わたしは空気を生み出す装置をなんとか直せないか試みていた。
彼はわたしの死期を知っている。絵の会話で寂しそうな目をしていた。それでも昼と夕方、一回ずつ頬へキスをくれたレイと、わたしは一緒に生きたい。
ここに落ちてから七日が経った。装置は直せなかった。船に残された空気はあと僅かだ。もうこれ以上、わたしはここで待っていられないだろう。
船の柱に設置された扉を開けて、中のヘルメットマスクを取る。それを被って、ありったけの船内の空気を移動させた。あぁ、やっぱりもうそんなになかったんだ。
ドアの横に付いているボタンを押すと、ギギ……と重たい音と共にドアがスライドし開く。わたしは初めてこの星の空気を肌に感じた。故郷より温度が高く、光も少し肌に痛い。火傷してしまうかもしれない。それでも……一度だっていい。レイに触れたい。
外から見た宇宙船は、彼が丁寧に葉っぱで隠してくれたお陰で小山のようになっていた。
「シア⁉︎」
わたしが外に立っているのを見つけるなり彼は駆け出した。わたしも彼の元へ行こうとしたけれど重力の違いで上手く走れず、向かってくる彼の胸の中に倒れ込んだ。
レイの鼓動が聞こえる。抱きしめ合って初めて、わたしより少し背が高かったことに気付いた。温かくて柔らかい肌の感触が、彼がここに生きていることを教えている。
「シア、エ、エナ? アガダ……っ」
彼がわたしと宇宙船とを交互に見て不安げな声で言う。わたしはゆっくりと首を横に振った。
「いい。最後」
そしてヘルメットを軽くつつく。レイは察したようで黙ると、わたしの右手を取った。
彼に連れられ森の入り口に行くと、先程驚いて落としたらしいお弁当と、白い花のブレスレットがあった。レイはブレスレットを拾ってわたしの手首に付けてくれる。初めて、彼が作ったものを身に付けられた。
「ありがとう、レイ」
お礼を言うと彼は優しく微笑んで、森の方を指す。
「ウオクラ」
多分「行こう」というようなことを言っているんだろうと、わたしは頷いた。レイに手を引かれ、わたしは森の中へと入っていく。宇宙船の近くより光の入る量が少なくて、肌が痛くない。辺りには太い木が沢山生えていて、苔むしているものもある。知らない生き物の声が聞こえて、見たことのない羽虫が通り過ぎていく。ここは、まるで小さな頃に夢見た冒険島みたいだ。
「シア」
呼ばれて、彼が倒木を指しているのに気付いた。レイが座るのでわたしも隣に座る。固い感触がして、少しだけ冷たかった。レイが、持っているお弁当を地面に置く。
もしわたしがこの星の住人だったら、同じものが食べられて、ここの空気が吸えたのに。もし言葉が通じたら、いくらでも話が出来たのに。……でも、わたしがあそこに落ちなければ、彼とは出会えなかったんだろう。
ちらちらと光がわたし達に落ちてきて、それを浴びるレイは優しい森の妖精みたいだ。
「シア」
「ん?」
「……イイソヘヂアナキ」
こっちを見つめて、今にも泣きそうな声で彼が言った。次いでわたしの両手を取ると、縋るように額に当てる。
「アダ……。シア」
「……レイ」
わたしは近寄って、彼の頭に自分の頭をくっ付けた。
――ドッ!
と突然、宇宙船の光線による破壊音がした。近い。数キロ圏内だ。ここに光線が撃たれる可能性は低いけれど、移動してくれば分からない。空を見上げ警戒していると、レイがわたしを引き寄せて胸に抱いた。守ろうと、腕に力が入っているのが分かる。
「ウブオジア。アラクロマ」
耳元で囁かれる言葉は力強くて優しくて、わたしも彼を抱きしめた。離したくない。離れたくない。でもその時ピピッと、ヘルメットが静かに警告音を鳴らした。あぁ、もう空気がなくなる。
わがままになってしまうだろうか。死にゆくわたしを瞳に映していてほしいと思うのは。
レイを見上げる。彼は空を警戒し強張った表情をしていた。
「レイ」
名前を呼んで頬に手を当てると、彼がわたしを見る。どこかで放たれた光線で地面が振動し、ヘルメットは警告音を速める。もう時間がない。でも最後くらい、ちゃんと近くであなたを見たい。わたしの顔を覚えていてほしい。
「シア?」
レイが、どうしたのかと戸惑っている。わたしは出来る限り息を吸ってヘルメットを外した。
「シア⁉︎ ウ、ウアニ!」
「いい」
わたしは首を横に振った。光が、空気が、肌に痛い。目に沁みる。涙があふれてきて、レイがわたしの頬を両手で拭った。そして近付いた彼の唇が触れて。
「……シア」
「レイ」
彼があまりに苦しそうに涙を流すから、わたしも喉がきゅうと締まって、瞳に映るレイがゆらゆらと揺れだす。彼はもう一度わたしを強く抱きしめると口付けをした。
「ウレチシア」
「ん……愛してる、レイ」
最後の言葉はこれで良かった。
あなたの体温を感じて、あなたの腕の中で終われるのなら、いい人生だったのだろう。でも欲を言うなら、あなたともっと沢山お話をして、ご飯を食べて、散歩をして、遊んで……一緒に生きたかった。レイ。……ごめん。あなたを置いていってごめん。だけど、あなたに出会えたこと、本当に良かったと思ってるんだ。もし、もしいつかまた会えたら……その時はずっと、一緒にいたい。
「――シア、ウレチシア」
最期に聞こえた気がするその言葉は高く揺れて、途切れ途切れで……。それでもどうしても言いたかったんだと、何回も、何回も聞こえた気がした。
読んでくださりありがとうございます。
綺麗なハッピーエンドにはなりませんでしたが、こういうお話も偶にはいいんじゃないでしょうか。
レイの言葉を初めはどう決めようかと思っていましたが、ローマ字を逆から読んでもらうことにしました。「ウルカタ」は「また来る」という意味ですが、響き的にも結構気に入っています。一番初めに決めた言葉でした。
次話で一応レイの言葉が翻訳されているのが読めますので、気になる方は覗いてみてください。




