悪い夢になる仕事(おくりかえすひと短編)
「警察からの呼び出しだ、お前、行ってこい」
上司からの電話は突然にやってきた。
犬との散歩中。
倉橋は軽くため息をつく。
犬は倉橋を見上げていた。
「散歩が終わってからだな」
一人と一匹は、朝の日課を続けた。
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警察に行くと、パーテションで仕切られた簡易の会話ルームで、女性と、小さな女の子が向かいあっていた。
女の子の方はあきらかに見慣れない服装で、髪の色は淡い青。背中しか見えない。
女性は、ほっとした様子だ。
「遅いですよ、倉橋さん」
「えぇ、まぁ。」
「この子、しゃべれなくて。言葉が分からないみたいなんだけど…」
「他の世界からの迷い人、みたいですね。反応があります」
言語の自動翻訳がされないケースは、結構ある。
何者かの意図的な転移の場合は意思疎通がしたいためか、コミュニケーションには困らないことが多い、と白木も報告書で書いていた気がする。
「あと、お願いしていいかしら?」
女性は対応を任せてしまいたいらしい。
「分かりました。あとは、こちらで」
倉橋は女性といれかわりで会話ルームへ入った。
犬も一緒についてくる。
女性の座っていた席に座ると、あらためて少女の姿を見る。
うつむいていて顔は見えない。かなり警戒しているようだが、泣きわめいたりする歳ではなさそうだ。
右手の手袋を外し、帰還紋を剝き出しにする。
机の上、少女にむけて、右手を差し出す。
トントン、と机を左手で軽くたたき、右手を指差し、左手を重ねてみせ、触るように促す。
帰還紋は精密機械のようなものだ。本来なら触らせたくない。
少女は顔をあげて、じっと倉橋の右手を見ていた。
彼女は左手を、倉橋の右手に手を重ねる。
「これで、言葉、わかるかな?」
倉橋は、自分の出来る限り優しい表情を作って言った。
犬がそっぽを向いたのが見えた。
少女がこくん、と頷いた。
水色の瞳、だった。
「お名前、聞いてもいいかな? 僕はクラハシ」
「…しーちゃん」
「しーちゃんね。ありがとう。
いきなり知らないところで、知らな人ばかりで、不安だったね」
しーちゃんの目を見ながら言った。
「覚えているところから、お話してほしいな。おじさんが何とかしてあげる」
犬がくしゃみをした。
しーちゃんの視線が犬に向いた。
初めてそこにいることに気付いたようだ。瞳がキラキラし始める。
彼女は座っていた椅子からおり、たたっと駆けて犬の首にとびついた。
「※※※※※※!」
帰還紋から離れてしまって、何を話しているかわからない。
倉橋は彼女の頭に手を置いた。
「白いね、大きいね。おじさんの犬?」
「あぁ、おじさんの家族なんだ」
「家族……お母さん? お嫁さん?」
「お嫁さんだよ」
「ふーん、よかったね、おじさん」
「あ、あぁ。うん」
何が良かったのか? 子供は思考がわからない。
「お話の続き、いいかな?」
笑顔を貼り付けた。
犬はじっと倉橋を見ていた。
しーちゃんは、頷く。
「お姉ちゃんとね、追いかけっこしてたの。
晩御飯だよって、お母さんに呼ばれて、振り返ったら転んじゃって、泣いてたらここにいた」
「ここ、どこなの? お母さんは知ってるかなぁ?」
笑顔から、急に不安そうな表情に変わる。
「お母さんや、お姉ちゃんのところへ帰りたい?」
「うん!」
「ちょっと、待っててね」
倉橋は、しーちゃんから手を離した。
犬にしーちゃんを任せ、会話ルームから出る。
ポケットから携帯を取り出し、連絡先を探す。
指が止まる。
「倉橋です。案件コード未登録。幼児迷い人。
☆※λ世界の調査班、移動術式担当に繋いでください」
しーちゃんの触っていた帰還紋を見つめる。
帰還紋は、わずかに脈打った。
「…はい、…はい。特例措置の3条を適用させてください」
条件は満たしている。
あの子の世界へ送り返すことはできるが、
"帰りたい場所"ではないかもしれない。
現地ガイドが必要だった。
倉橋が会話ルームに戻った時、しーちゃんは犬にもたれかかって眠っていた。
表情はにやけている。
犬が倉橋を見る。
「夢から覚めたら、お母さんのところだ。
俺たちは悪い夢になる」
倉橋が犬を見ると、犬はしーちゃんに視線を移していた。
優しげな目に見えた。
帰還紋も静寂を守っている。
「夢に、ね」
倉橋は小さく言った。
しーちゃんは、眠ったまま笑っていた。
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ちなみに本編
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