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悪い夢になる仕事(おくりかえすひと短編)

作者: 活呑
掲載日:2026/03/15


「警察からの呼び出しだ、お前、行ってこい」


上司からの電話は突然にやってきた。

犬との散歩中。


倉橋は軽くため息をつく。

犬は倉橋を見上げていた。


「散歩が終わってからだな」


一人と一匹は、朝の日課を続けた。



------


警察に行くと、パーテションで仕切られた簡易の会話ルームで、女性と、小さな女の子が向かいあっていた。

女の子の方はあきらかに見慣れない服装で、髪の色は淡い青。背中しか見えない。

女性は、ほっとした様子だ。


「遅いですよ、倉橋さん」

「えぇ、まぁ。」


「この子、しゃべれなくて。言葉が分からないみたいなんだけど…」

「他の世界からの迷い人、みたいですね。反応があります」


言語の自動翻訳がされないケースは、結構ある。

何者かの意図的な転移の場合は意思疎通がしたいためか、コミュニケーションには困らないことが多い、と白木も報告書で書いていた気がする。


「あと、お願いしていいかしら?」

女性は対応を任せてしまいたいらしい。


「分かりました。あとは、こちらで」

倉橋は女性といれかわりで会話ルームへ入った。

犬も一緒についてくる。


女性の座っていた席に座ると、あらためて少女の姿を見る。

うつむいていて顔は見えない。かなり警戒しているようだが、泣きわめいたりする歳ではなさそうだ。


右手の手袋を外し、帰還紋を剝き出しにする。

机の上、少女にむけて、右手を差し出す。

トントン、と机を左手で軽くたたき、右手を指差し、左手を重ねてみせ、触るように促す。

帰還紋は精密機械のようなものだ。本来なら触らせたくない。

少女は顔をあげて、じっと倉橋の右手を見ていた。

彼女は左手を、倉橋の右手に手を重ねる。


「これで、言葉、わかるかな?」

倉橋は、自分の出来る限り優しい表情を作って言った。

犬がそっぽを向いたのが見えた。


少女がこくん、と頷いた。

水色の瞳、だった。


「お名前、聞いてもいいかな? 僕はクラハシ」

「…しーちゃん」


「しーちゃんね。ありがとう。

 いきなり知らないところで、知らな人ばかりで、不安だったね」

しーちゃんの目を見ながら言った。


「覚えているところから、お話してほしいな。おじさんが何とかしてあげる」

犬がくしゃみをした。


しーちゃんの視線が犬に向いた。

初めてそこにいることに気付いたようだ。瞳がキラキラし始める。

彼女は座っていた椅子からおり、たたっと駆けて犬の首にとびついた。


「※※※※※※!」

帰還紋から離れてしまって、何を話しているかわからない。

倉橋は彼女の頭に手を置いた。


「白いね、大きいね。おじさんの犬?」


「あぁ、おじさんの家族なんだ」

「家族……お母さん? お嫁さん?」


「お嫁さんだよ」

「ふーん、よかったね、おじさん」


「あ、あぁ。うん」

何が良かったのか? 子供は思考がわからない。


「お話の続き、いいかな?」

笑顔を貼り付けた。

犬はじっと倉橋を見ていた。


しーちゃんは、頷く。

「お姉ちゃんとね、追いかけっこしてたの。

 晩御飯だよって、お母さんに呼ばれて、振り返ったら転んじゃって、泣いてたらここにいた」


「ここ、どこなの? お母さんは知ってるかなぁ?」

笑顔から、急に不安そうな表情に変わる。

「お母さんや、お姉ちゃんのところへ帰りたい?」

「うん!」


「ちょっと、待っててね」

倉橋は、しーちゃんから手を離した。

犬にしーちゃんを任せ、会話ルームから出る。


ポケットから携帯を取り出し、連絡先を探す。

指が止まる。

「倉橋です。案件コード未登録。幼児迷い人。

☆※λ世界の調査班、移動術式担当に繋いでください」


しーちゃんの触っていた帰還紋を見つめる。

帰還紋は、わずかに脈打った。


「…はい、…はい。特例措置の3条を適用させてください」


条件は満たしている。

あの子の世界へ送り返すことはできるが、

"帰りたい場所"ではないかもしれない。


現地ガイドが必要だった。


倉橋が会話ルームに戻った時、しーちゃんは犬にもたれかかって眠っていた。

表情はにやけている。


犬が倉橋を見る。


「夢から覚めたら、お母さんのところだ。

 俺たちは悪い夢になる」


倉橋が犬を見ると、犬はしーちゃんに視線を移していた。

優しげな目に見えた。


帰還紋も静寂を守っている。


「夢に、ね」

倉橋は小さく言った。

しーちゃんは、眠ったまま笑っていた。






評価、ブクマいただけると大変喜びます。


ちなみに本編

https://ncode.syosetu.com/n6241lp/

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