第七章「神の島」#4
「よーし。一通りフェリーを降りてからの画は撮ったな」
海水浴を経て映画研究会の面々とアル、加えて車を出したリツカがヴィラに戻って来た。
「東京で受けた銃創から皮膚が壊死している主人公。それに身バレもしてるしで、このSNS社会を逃げ回るのにも限界が来る。自販機使っての水分補給だけで凌いできた主人公も貧血を起こして、病院から盗んだ輸血パックも底をつく。情報網は沖縄県警にも回って、とうとう身動きが取れなくなった主人公は、この傷ではいずれ逃走生活の足手纏いになると悟り、飢餓状態のヒロインに首筋を差し出す」
「今までの吸血シーンはエロチズムを意図して描写してきたけれど、この吸血シーンは主人公を死に至らしめるものと知っての行為。包囲され、最後主人公は廃屋で静かに息を引き取る。そしてヒロインだけは静かに一人で夜の闇の中を歩き出すバックショットで完結」
「今日だけで大分撮ったからな。残すはその最期の吸血シーンと夜道をヒロインが歩くシーンだけだ」
カントクとライタを先頭にぞろぞろとダイニングルームに集まる中、いち早く真中が反応した。
「何かすげーいい匂いする」
キッチンから香り立つ食欲そそる香辛料の香りに期待値が上がる。
「お帰りなさい。兄さんたちが撮影に行っている間、夕食の下拵えをしていました」
「そう言えば、夢中で昼すら食べるの忘れてた。思い出したら急に空腹感が……」
「景観ばっちり過ぎて熱入ってたもんな」
「そんなのも僕たちらしいけどね。ただ、さすがに限界だ」
広々としたL字のソファーに沈む真中に続いてカントクとライタも荷を下ろし、ぐだぐだと横になっていった。
「蒼生ちゃん、キッチン空いてる?」
「はい。夕食で出すバーベキューの下味は言われた通りに付けておきました。他にまだ何かご用でしょうか」
「皆んなが撮影してる間に追加で買い物して来たから、昼食でも作ろうと思ってね。食べ盛りの男子高校生諸君が餓死寸前だからさ」
そう言いながらリツカは髪を後ろで束ねてエプロンを纏った。キッチンに向かう姿もサマになっている。
「さて、テキパキやりますか!」
先ず取り掛かったのは豚スペアリブの調理からだった。その過程で出来た茹で汁からそば出汁を作り、並行して麺を茹でる。
二品目はより簡単に、水気を切ったそうめんを放置。ネギを小口切りにしたらフライパンに油をしき、先のそうめんとネギにツナ缶を足して炒めるだけ。
そうこうしている内に麺も茹で上がり、皿に乗せ、豚スペアリブことソーキとかまぼこ、紅生姜を併せて盛り付け。上から出汁をかけて完成。10分足らずでテーブルの上には七人分のソーキそばとソーミンタシヤーが並んだ。
「すげー美味そう。リツカさん沖縄料理も作れるんすね!」
「ひいおじいちゃんの代で関東圏に移住したらしいけど、元を辿れば沖縄の血筋だからね、日護家は。しっかり胃袋掴まれちゃってよ」
各人一斉に手を合わせる。
「「いただきます!!!!!!」」
真中も食べようと箸を持った時分、ポケットの中の携帯が震え始めた。
「なんだよ。そば伸びちゃうって」
渋々発信元を見てみるとそれは予想だにしていない人物からだった。
「もしもし。以前はどうも。ええ。はい……」
応答する真中を見て、行儀が悪いとでも言うようにルビアは目を細めた。
「食べないならこれ貰っちゃうわよ」
「アイドルフェスにルビアを出したい!?」
「っ!?」
跳ね上がる声のボリュームに、思わず真中のラフテーを取り損ね、机に落としたルビア。
「原宿で逢った486プロのプロデューサー、覚えてるだろ? 話がしたいって」
「いつの間に連絡先交換したのよ」
手渡された携帯にルビアが耳をあてる。
「代わったわ。話が見えないけど、どういうこと?」
聞き入るルビアと順序立てて事のあらましを説明するプロデューサー。
「天候不良で飛行機は飛ばず、新幹線に乗るも徐行運転で、美らSUNビーチで開催されるアイドルフェスに、メインメンバーのバックで踊るはずだった研究生が間に合わない可能性が出てきたわけね」
腕組みしながらルビアがうんうんと頷く。
「前乗りしてるメインの娘がわたしの写真を見て知ってて、那覇空港で見かけたからあんたの所に情報が回ってきた、と。事情は理解したわ」
あとはルビアの返答次第だった。
「ダンス経験? 社交ダンスなら経験があるけれどアイドルのダンスとなると話は別。でも一つ大事なことを忘れてるわよ。平成を生きてきた深夜アニメオタクが踊れないわけないじゃない! その話、やるわ!」
「即答かよ!?」
「待って。二人必要? 今のヒロにダンスは難しい。だったら……」
ビデオ通話に切り替えて蒼生を映すルビア。突然のことに蒼生も何が何やら。
「彼女は京蒼生。わたしのライバル……らしいわ。素質はあると思うのだけど」
一先ず蒼生の容姿を見てプロデューサーが幾つか質問を重ねる。踏み込んだ質問から簡単なやり取りまで。そして。
「そう。蒼生にも是非、代役を頼みたいって」
「代役とは誰の何のでしょう?」
「決まってるわ! 近日開催されるアイドルフェスのバックダンサーとして出演するのよ!」
「はい!?」
寝耳に水な蒼生が面食らっていると、プロデューサーから衝撃の事実が伝えられた。
「アイドルフェスの本番は明日ーーっ!!?」
タイムリミットは既に24時間を切っていた。
急で申し訳ないと電話越しに平謝りするプロデューサーにルビアは意を決して伝える。
「衣装合わせの日程の調整は任せるから、あんたはとっとと振り入れ用の動画をこの携帯に送りなさい! あと数十時間、モノにしてみせる! わたしを誰だと思ってるのよ。あんたが見込んだルビア・アンヌマリーよ! あんたにも、そのグループにも、恥をかかせたりなんかしないわ!」




