第六章「シェア・ザ・ダークネス」#8
サン・ピエトロ広場から凡そ500メートル程離れたトラットリアのオープンテーブルにて、コーヒーカップを傾ける浅黒い肌の男が一人、真新しい画集片手に穏やかなる昼下がりを過ごしていた。
時折大通りの人の往来を見ていると、ややあってウェイトレスから相席の申し出があった。
「失礼。矢張り今時分は混んでいるね。何か食べないのかい? それとも品定めの最中かな」
席に着き揚々と話し掛ける彼こそ、騎士団長の称号を剥奪されたばかりの梗吾だった。
「僕はシンシア・ヴァレンタインの出世作でもある『無痛の漸進』という作品が好きなんだ」
「?」
「絵のテーマは反戦。ありふれたテーマだろう? ただ彼女が描くのは犠牲者じゃないんだ。前線で戦う国軍兵士に焦点が置かれている」
「何かと思えば感傷かい? 人喰い風情が滑稽極まる」
「まぁ聞けよ。彼女が真に描くのは兵士の目を通して映し出された市民のリアルだ。性善説に倣うならば、少年兵もまた家庭に金を入れる為に已む無く銃を取ったまで。僕はそこまで心を疲弊させ、正義を持つことすらも赦さない諍いが大嫌いだ」
「奪う側に回った聞こえの良い理屈にしか聞こえないが」
「僕の故郷はエルタニアでね。砂夜様が現れるまでそこもまた地獄の一丁目。奪うと言ったが、僕は自発的に誰かを傷つけたりはしない。だからこれ以上僕を追うのは止めて欲しい」
本を畳み、装束である白のフーデットコートに手を伸ばす信徒。梗吾は聖剣の剣先のみを現出し牽制した。
「財布だよ。テーブルにチップを置くだけさ」
「こちらはそうもいかない。聖堂内に残して来た連中は陽動役。本命は君だ。手にしたのは情報。差し詰め藤澤砂夜の肉体の中で最も秘匿性の高い心臓部を示した座標。即ち黄金櫃の所在だ」
核心をつく梗吾の追求に焦燥をみせるでもなく、信徒は応える。
「訂正箇所は無いよ。天動真中が騒動を起こし、現時点でのそちらの最高戦力である比嘉辻銀音を引きつけてくれたお陰だ。感謝する」
「君は捨て置かれるその彼らとは何か違うのかい?」
「僕は君の素性を把握しているが、一方的なのはフェアじゃないな」
足を止めて向き直る男。
「改めて。十眷王・第八眷士のディオサン・ジルグレイだ」
「見立て通りだ。藤澤砂夜より直接血分けされた唯一の眷属共。僕は天動梗吾。第六騎士団騎士団長。ああ、もう知っているんだったね」
「〝元〟が抜け落ちていますよ」
互いに自己紹介を終えたそこへ第七騎士団騎士団長であるペリーナ・ペチパンナが割って入った。
「天動さんの魔力波長を追ってみれば成程。その御仁が藤澤砂夜氏の放った尖兵ですか」
「僕を連行する目的で動いていたのだろうが、事態が事態だ。ここは臨機応変に行こうじゃないか」
「二対一でも一向に構わないよ。ただしランチタイムのこの人混み。秘密主義の君達はどう出る?」
ペリーナが聖剣を握る動作に移り、梗吾は宝鍵を取り出した。
「一つ忠告しておこう。マギアコード・ピグミーキューブを使うのならばやめておいた方が良い。その選択は致命的だ」
「……?」
今まさに使用しようとしていた術式を言い当てられ面食らう梗吾とペリーナ。
コートから5セント硬貨と携帯端末を取り出したディオサンはそれらをテーブルに置いた。
「君達にあげるよ。チップじゃない、携帯の方さ。もう時期あの御方から我々の要求が発信される」
その科白を受け二人が携帯画面に視線を向けた刹那、ディオサンの姿はもう既に何処にも無かった。
やがてSNS動画投稿サイトのページが映り、ハルモニアシィアによるエルタニア現地からの生配信が始まる。
「取り急ぎ、総騎士長に繋いでくれ。藤澤砂夜は全世界に向けて声明を出すつもりだ」




