第六章「シェア・ザ・ダークネス」#5
「我が魔道は悪鬼の蛮行を敷く真理なり。ましてやここは一つの到達点。貴様らに通す道無し!」
「志は良し。然して口先のみ。有言実行に
移すまでの自己研鑽が足りぬことを恥じて死に給え」
その紳士風な信徒は、一人の団員を圧倒した上で止めを刺すべく自身の右腕を部分転化させた。
右腕から生える五本指の合計十四の関節と手の甲を分離させると、それぞれ皮膚は羽に成り、断面の骨は突き出て砲門に早変わった。まるで小型小銃機を搭載する独立したドローンの様、団員の周りを飛び回り包囲した。
剥き出しとなった前腕部も砲身と化し、尖端部に光エネルギーが溜まっていく。
「良くやったと誉めるべきなのでしょうね。勝算の無い闘争に対し魔術師としての姿勢は崩さず、臆さず、魔術のみで対抗して来たわけですから。それでも矢張り、生物として人間を超越した我々には届かなかった。貴様の敗北は恥じるべくも無い相応の帰結。その誇りを抱いたまま此処でお逝きなさい」
「っ……!!」
集中砲火の構えを取る信徒。最後の悪足掻きとして拳銃で応戦する団員の元へ聞き慣れた声が飛んだ。
「比嘉辻騎士団長にどう思われてたって、やっぱり私はこの絶対に屈さない、組み伏されない、ともすればお高くとまったように見えるプライドを各々が持ってる所がたまらなく好きなんだよね。折れないし、腐らない。だから私が間に合った」
「何と言う巡り合わせ。あの伽耶乃様に手傷を負わせた若き天才。最年少で騎士団長に拝命され、二刀一対の聖剣帯刀を認められし一人。日護リツカ第八騎士団長ではありませんか」
リツカの手に握られた聖剣ヴァルローザ。既に宝鍵が差し込まれてある。
「ですが……逸りましたね。どんな術式で来ようとも、この射程距離で仕留め損なうことも撃ち漏らすこともない! 照準は貴様に合わせた! これより一斉射撃で灰燼に……」
「詠唱誓約特許掟項・クリアランス」
その詠唱と共に撃墜される右手全てのパーツ。加えて上腕部にも突如として血が噴き出し穴が空いた。
地面に落下する団員。戦闘の邪魔にならないよう身を移す。
「な……何をした……」
「私の素性を知ってるくらいだもん。その白雪伽耶乃から披露した術式も聞いてるんでしょ?」
「確かに聞いております。万物から魔力を拝借した上で形を与える、と。しかしこれは見えざる手ではない!」
「そ。今のは貫通させたの。こんな風にね」
その科白が示す通り、左手甲には血飛沫を伴いながら同じ形の空洞が出来上がった。
「『攻撃の軌道は読めない。魔術師でない私に魔力を感知するのは不可能に近い。ならば』」
両手をバラバラにして自身の周囲360度、衛星のように配置。攻撃の道筋を可視化させる策に打って出る。
「これで見えずともどこからどのように撃ち込まれたものなのか、自ずと目で追えると言うもの。術式の一端さえ知り得れば策など如何様にも打て……っ!!?」
それは同時に起こった。浮遊する全てのパーツは漏れなく撃ち落とされ、無防備状態となった信徒だけがその場へと居残る。
「全方位攻撃。安易に見せて良かったのですかな? 手の内が知れた以上、こちらは淡々と魔力を削いでいけば良いだけ。いくら聖剣を持っていようともこれほどまで広範囲に渡り魔力をばら撒いていれば、いずれ極めて近い将来限りが訪れる!」
「その理屈も理解出来なくもないけどさ。この場においては守りに徹した時点で貴方の負け」
「それはどういう……」
「考えてもみてよ。ヴァチカンの地下にこんな何階層にも及ぶ大規模な建築物がホントに存在するって本気で思ってる? ここはね、ぜーんぶ一人の魔術師が作った結界なの。ジャック・コールドストーン」
「……まさか」
「地下大聖堂が彼の魔力で構成されてる以上、ここにいる限り魔力が枯渇するなんて有り得ないい。そうだなー形容するに無限の槍突。超速再生する方が速いか、私が撃ち込む方が速いか」
「致し方無い! 完全転化・星環……っっ!!」
全身に渡って突き立てられる〝見えざる槍〟が転化を赦さない。
「貴様……」
「これだけ串刺しにしたからか、霊核からの魔力供給がかなり揺らいでる」
「や、やめろ……それは」
聖剣をその身に差し込まれる。柄頭には新たに絶対的不死を誇る吸血体、唯一の対抗策とも言える封殺鍵が装填されていた。
「死ぬってことが未来の喪失なら、これもまた貴方達にとっての〝死〟なのかもね」
ガチャリと施錠する様に聖剣レーゼンを半転させると、彼の時間はぴたりと止まった。
「これが今、私に出来るせめてものユンへの手向け」
ーー*ーー
「第11、23、36号回廊にて、京副団長、ジャック騎士団長、日護騎士団長がそれぞれ会敵。賊軍の封殺に成功しました」
会議室に残る二人。シルバートは現状報告を行い、長寿郎は静かにそれを聞いていた。
「でだ。何人だい?」
「侵入を許した賊軍の合計は五人。残る二人の所在は未だ掴めておりませんが時間の問題です」
「そうじゃあねぇ。死んじまった団員の数だ」
「現時点で17名です。奇襲でここまで犠牲が抑えられたのは総騎士長の配置指示が大きいかと。悲観する数字ではないと思われますが」
「死人を一人でも出しちまった責任がある。観自在菩薩。行深般若波羅蜜多時……」
心痛める長寿郎は目を閉じて小さく読経を始めた。
「副団長のほとんどが戦線離脱している今、私もまた聖堂の守護に向かいます」
「お前さんに指揮所を任せていいかい?」
「何か妙案でも?」
「いやな、昔っからどうも籠ってああだのこうだの指示だけ飛ばすってのは性に合わねぇんだ。それにそういうことはなシルバート。お前さんの方が適任だと思ってる。一部総騎士長権限を移譲する。頼めるか?」
「総騎士長自ら前線に出ると仰るならば、後方支援に関してこのシルバート・アッシュハーツが徹底してみせます」
「そいつは好都合だ。総騎士長は俺が今ここで殺すんだからな」
二人が声のする方へ視線を送ると、ハルモニアシィアの正装を纏う信徒が一人、壁にもたれかかっていた。
「いつの間に……」
「あんたも今度の侵入者かい?」
「正解だとも不正解だとも言える。いやいや矛盾してるなんて野暮なことは訊くなよ。招かれざる客人なのは認める。侵入のタイミングがおたくらが思っているより遥か以前の話だって説明したくてよ」
「てぇと、小麗韵副団長が案内したんだな。あの時点で彼女は藤澤砂夜だった。潜伏するったって容易じゃあねぇから、普段使いが滅多にねぇ監獄廻廊の雑居房あたりに潜伏……ってのはどうだい?」
「たったあれだけのヒントでここまで言い当てるのか。全く以てその通り。飢えに耐えながら作戦の実行を半年間じっと待っていたのさ」
「どうもその作戦ってのが引っかかってならねぇ。たった五人で敵地に乗り込もうなんざ、ちょいとばかし無茶が過ぎるんじゃねぇか?」
「そんな不確定要素を多分に孕んだ作戦を俺達は作戦とは言わない。目的ならたった今、果たされたよ」
「あんちゃんには訊きてぇことが山ほど出来た。丁度良い」
長寿郎が椅子から立ち上がり、煙草の火を揉み消し、腰を落として聖剣抜刀の構えを取った。
「生憎と五体満足にゃあ帰しゃしねぇよ……」
「っ!??」
それは瞬き一つにも及ばぬ雷光の如く。長寿郎は信徒の眼前で既に聖剣を真上に振り抜いていた。
「『何だ……何をされた? 確かに斬られた感覚はあった。だが血の一滴すら出て……っ!?』」
視線を送った先、左の肩から下が無くなっている。
「やるじゃねぇかあんちゃん。瞬時に半歩下がったな」
「そっちこそ。見えない刀なんて性悪じゃないか。太刀筋を予測してもこれだ」
切断された左腕は何処か。地面に無ければ天にも無い。
「初見殺しの抜刀術だったんだが。今のを躱わすのかい」
「10年前の闘争で総騎士長は死んだ。なら殺せないハズはないと踏んだ。まぁ、驕慢心って奴さ。お陰でこのザマ。このままだと砂夜様に合わせる顔がないんでね。完全転化する」
「言葉の意味を理解してねぇみてぇだな」
「何?」
「もう〝斬られた〟んだぜ。この俺に。この聖剣で」
慌てて切断面を見ると、斬られた跡に残る漆黒が徐々に広がり、じわりじわりと身体を侵し、蝕み始めていた。
「そいつは空間の一端で名前は夢幻。10年前に斬ったお仲間さんもそこに居る。まぁ、逢って言葉を交わすなんてこたぁ出来ねぇだろうが。何てったって行き先は、右も左も天地も分からねぇ、輪廻転生の理からも見捨てられた闇黒だ」
「前回の戦争で夜の眷属のほとんどを無力化したって言うのはあんたか」
「まだ封殺鍵なんて便利なモノがなかったからなぁ。急拵えでも何とかなるもんだ。その身を以って思い知るんだな。人間だった頃の儚さを尊ぶその時を」
転化を終えた信徒は、半身のみで長寿郎に特攻をかける。最早意味の無い行為だと知りながら。
「何でだろうな。せめて終わるなら陽動役なんかじゃなく、砂夜様の鉄砲玉になって終わりたかった」
長寿郎は聖剣を納め、真横を通り過ぎる。その間にも信徒の身体は黒く染められた部分から夢幻に堕ちていき、遂には跡形も無くこの世界から消え去っていった。
「はなっから俺に用はねぇってかい。連中、何企んでやがる」




