第六章「シェア・ザ・ダークネス」#1
「『ぽやぽやしてた意識がすっきり晴れていく。熱かった身体も軽い』」
ソファーからそっと起き上がると、掛けられていたタオルケットがずれ落ちた。
「ひゃっ」
露わになる一糸纏わぬ姿に意図せず甲高い声が出る。
床に落ちた薄手を拾い上げると、警戒心を強めつつ胸と秘部を覆い隠して現在地点を確認した。
「なんで毎回毎回起きがけが裸なのよわたし……」
「声を出すという行為には少なからず身体への負荷が伴うもの。全快に近い状態には持っていけたかな」
「っ!?」
ルビアをどきりとさせたのは他でもなく、自身の魔術工房にて緩りと紅茶を啜っていた天動梗吾の掛け声だった。
「あんた……」
「取り敢えずテーブルに着替えが置いてある。蒼生の工房から拝借した私服だから、サイズが合うかは不明だが一先ずはそれに袖を通すと良い」
「絶対こっち見ないでよっ!」
「淑女の着替えを覗き見するような趣味趣向は持ち合わせていないよ。それよりも、君とは面と向かってゆっくり話がしたいと思っていたんだ」
「奇遇ね。わたしもよ天動梗吾、いいえ京燿平」
白のフリルブラウスとマリンブルーのフレアスカートを合わせたワンピースを手に取り、着替え始めるルビア。
「蒼生は戦闘中、シルフィムは負傷。機を見て僕が直接運んで来たんだ。蒼生の工房は先回りされていたこともあって僕の工房を選んだ」
「でもこの身体は伽耶乃のウイルスで……」
「伽耶乃君の転化能力によって侵された血液と、事前に採血しておいた真中の血液をそっくりそのまま入れ替えた。真中の血液循環は元を辿ればルビア君の心臓から発生するもの。寧ろ今は全盛期の頃と遜色の無い程に動けるはずだ」
「あんた、わたしを付け狙ったかと思えばこうして助けてみたり。全く意味分かんないんだけど。名前も京燿平から天動梗吾になってるし、仕草も口調も抑揚も矯正してるしで何がなんだかよ」
「ロンドンでの最初の覚醒を覚えているかな」
「彼女の血気にあてられたの。自分の意思ではどうにもコントロール出来なかった」
「無自覚の覚醒と完全転化。被害は甚大だったが、あれがなければ君も私もこの時代には存在しない」
着替え終わるのを見計らって梗吾がルビアの前に、紅茶を注いだティーカップとソーサー一式を置く。
「藤澤砂夜に殺されかけた僕は君に血分けされ眷属となった。それから君を監視する任に就き、京燿平は表向き人としてその生涯を閉じた。月日は経ち、夜の眷属の台頭。エルタニア政府の瓦解を聞いて僕は三度目の聖堂騎士団入団を果たす。それが今の天動梗吾だ。愛読していた小説の端役の名前から取った。全ては藤澤砂夜を殺す為ここに居る」
「以前の衝突の際にわたしに声を掛けなかったのはどうして? 生意気言うつもりもないけど、何かの役には立ったはずよ」
ルビアはカップに手を伸ばし、口をつける。
「君の性分では人殺しは先ず出来ないよ。根が優し過ぎるんだ。君は戦いとは無縁の普通の暮らしをしていたし、何より白雪伽耶乃という監視役も付けられてしまっていた」
「まさかわたしが血分けするより前に、砂夜に血分けされていたなんて思ってもみなかった」
「将子はそれでも参加させるべきだと僕に言って聞かせたが、やはり気乗りはしなかった。完全転化のリスクも知っていたからね」
「リスク、ね…………」
カップの中僅かに浮き沈みする茶葉の幾つかを見て、ぼそりと呟く。
「だから今回の衝突にも君を巻き込む予定は本来なかったが、白雪女史が今になって背信に走ったことで歯車は動き出した。想定外の事態で計画は吸血体としての部分を多く受け継いだ真中を、次の吸血王として戦えるレベルまで持っていくことに変更したんだ」
「それでリツカが奪い取ったわたしの心臓を真中に」
「人間を棄て、日常を棄て、ただ藤澤砂夜を殺すといった修羅の道に堕ちてもらうには、君の優しさや慈愛は不要でしかなかった。既に面識のあった二人だったからこそルビア君、君を始末することに決めたんだ」
「いいとばっちりよ、まったく。で、そのわたしを助けた理由は?」
「真中の進化は最終フェーズに入った。今し方、比嘉辻騎士団長との交戦中に二度目の完全転化を果たした」
「それもあんたのシナリオってことなら許さないわよ。不完全な転化には取り戻せない代償が伴うって知ってるはずでしょ!」
「このままだとカンナみたく精神を削り切って無自覚のまま自壊するだろう。そうなれば天動真中とはもう言い難いな。単なる自立した厄災だ」
息子の将来が掛かっている状況とは思えない程の冷静さ。ルビアにはそれが薄情に思えてならなかった。
「それを知っててまだ続ける気ならわたしが……」
「そうだ。ここで君が必要になるんだ」
「?」
「君の役割は感応を通じて真中の自我を引っ張って来ることにある。併せて転化を安定させ人へと戻す。それらを実現足らしめるのは君の存在を置いて他に居ない」




