第五章「ジャッジメンター」#6
「要は騎士団長の真似事ってワケでしょ? 偽物は本物に遠く及ばないのが道理」
「でも、構えは解かないのですね」
「…………」
魔鉱石を両指に挟んだまま、言動とは裏腹にクーリエは戦闘態勢を崩すこともなく、出方を伺っていた。
「騎士団長が聖剣をわざわざ帯刀する理由は二つ。剣自体が魔力貯蔵庫の機能を有しているから。もう一つが術式を展開、解放するにあたってその貯めた魔力を増幅する装置になっているから」
「だったら何よ?」
「魔鉱石から得られる効果と、それらから得られる効果とでは隔たりがあると言う事実を並べ連ねているのです。クーリエさんには、この黎剣から溢れ出ている魔力の膨大なエネルギーが可視化されて伝わっているのでしょう。だからこその警戒。それも意味を成さない抵抗に過ぎないと今から実証します」
蒼生は黎剣を媒介にして口上を述べる。
「詠唱誓約特許掟項・ホワイトグレースーー」
続けて剣先を地面に当て、滑らせた。
「っ!!?」
頬を微かに凍らせながら通り過ぎる冷気。仕立ての良いオーダーメイドの革靴は瞬時に地面から離れなくなり、天井からは氷柱が垂れ下がり、見る間に回廊一つと隣接する噴水広場は白い化粧を施された氷室と化した。
「ーー大氷窟」
肌に突き刺さる澄み切った空気。呼吸を一つする度に吐く息が白く濁っては消える。
「『一瞬で空間丸ごと氷漬けって……射程距離の拡張性の違いは火を見るより明らか。宝鍵の使用を省いてもここまで差があるの? 聖剣を介した術式展開とほぼほぼ変わんない。加えて術式に対するアプローチや研鑽、理解度だってワタシより蒼生の方が上……』」
打ちひしがれるクーリエを見て黎剣を下げる蒼生。
「道を開けてはくれませんか、クーリエさん。これ以上貴方に剣を向けたくはありません」
ーーピキッ。
「勝負はついたって? その上からな態度も気に食わないって言ってんの、分かんない!?」
凍結した両脚の氷を打ち破り跳躍するクーリエ。片手に持った4つの魔鉱石を投げ入れるも。
「凍れ!!」
「氷円芯」
クーリエの術式が展開される直前。地面と天井を繋ぐ形で円柱型に大気が凍り付き、氷の檻へと閉じ込められていった。
未だ何故そこまで自分を気にかけるのか理解出来ぬ蒼生。しかしそこで氷に亀裂が生じる。と同時に粉砕される巨大な氷柱。無傷のクーリエが蒼生の懐へ入り込んだ。
「この術式は中距離から遠距離にかけて最大威力を発揮する。裏を返せば近距離の氷結には自身を巻き込むリスクが高まるってこと」
「リアライズ。理解しました。寸前、自身を内側から外側へ凍らせて氷円芯の氷結を相殺。初撃に凍らせた両脚の氷も、同じ要領で破壊して脱出した。8個の魔鉱石と大量の魔力消費を引き替えにして」
「だからこれが最後にして最小の一手!」
黎剣の間合いも見切ったクーリエが至近距離にて抜き手の構えを取って、蒼生の首筋を狙った。
「ホワイトグレース! 凍れ!」
「っ……!」
クーリエの規則正しく並んだ指先から放たれる鋭利な氷纏いし手刀が、蒼生の喉元を突き破った。
「安心しなさい。血も固まるから大量出血の心配はないわ。傷痕くらいは残るだろうけど、荒っぽい真似させたのはそっちだから。恨みっこなし」
「そうですね。これは戦闘であってごっこじゃない。血が流れるのは必定。護りたいものが違うのなら尚更」
「え……っ!?」
背後から現れるもう一人の蒼生。一刀振り抜くと、鮮血を噴出しながらクーリエは倒れ伏した。
「い……つの……間に……」
蒼生を映した鏡の役割を担っていた眼前の氷壁が役目を終えて崩れていく。
「こちらも驚きました。まさか極限まで小さく加工した魔鉱石を爪に隠し持っていたとは。差し詰めネイルストーンと思わせる偽装、奥の手と言った所でしょうか。アイデアとしては上々。ただし相手が悪かった。貴方は魔術省時代から指先には気を配っていました。歴史そのものである魔導書を破らないよう、また魔鉱石の加工で不純物が混ざらないよう、常日頃から爪は短く切り揃えられていて、清潔そのものだった。そんなどこまでも魔術師的なクーリエさんが、この期に及んでネイルアートを施すとは思えない。理由があると考えました」
しゃがみ込みクーリエの刀傷に術式をあて、治療する蒼生。
「……やっぱ、ワタシのこと、見てんじゃん」
傷口が浅いとは言え、喋る度に激痛が走る。それでも言わずにはいられなかった。
「多くの時間を共にした、たった一人の友人ではありましたから貴方は」
処置を終えた蒼生はアルの元へ向かう。両脚を不自由にさせる氷こそ術式が解除されると共に消失するも、凍傷を引き起こしていた。
「す、すまない京蒼生」
「私の不注意が招いた結果怪我をさせてしまいました。謝るのは私の……」
「そうではない! ルビア・アンヌマリーの身柄を何者かに奪われたんだ!」
「えっ!?」
ーー*ーー
同時刻。第二神殿、特異工房兼高等儀式用霊廟にて真中は三人の副団長に囲まれていた。
「我々魔術師に対する畏怖の念が足りぬからこその不敬。この私第一騎士団副団長ブラウニック・ハウゼンが糺すべき浅はかさだ」
「や、やるんですか? 騎士団長抜きで? 天動さんって転化するんですよね? 人喰いなんですよね? ムリムリムリムリ……」
「久々に血肉踊る相手だと嬉しいがな。ハルモニアシィアとの前哨戦だ。この剡腕と呼ばれた俺のサンドバッグ代わりでも努めて貰おうか」
三人がそれぞれ得意な術式展開に入ろうとした刹那。
「なっ!」
「ヒィッ」
「がはっ!!」
俊速の斬撃を浴びせた真中は、致命傷までは与えずともそれぞれを戦闘不能にさせた。
「流身送血で身体能力の底上げをして、斬血で斬り伏せる。これでほぼほぼ血術はマスターしたろ? 挨拶も無しで悪い。ルビアが瀬戸際なんだ」
真中がその場を立ち去るべく駆け出そうとした矢先。奥から二人分の人影が近づいて来た。
「子供相手の鬼ごっこでしょ? 何を翻弄されることがあるのか疑問ね」
「それだけ天動真中君の器量が備わって来たんだろう。副団長で歯が立たないなら俺達騎士団長で対処にあたればいい話だ」
「お前は……」
初対面となるジャック・コールドストーンと、その隣には忌まわしき相手、手も足も出なかった比嘉辻銀音が待ち構えていた。
「ただ殺されるだけじゃ不条理よね。だから戯れの中で見定めてあげる。ここで有用性を示すか、贄になるか」
ジャックが詠唱を破棄して結界を作る。
部屋全体が折り畳まれていく中、飛び込んで来る殺意を含んだ銀音。
小細工は通用しないと理解していた真中は、真正面から受けて立った。
「『逃げるって選択肢は無しだ。背中を見せるのは危うい。あの時は気が急いていたが、階級はさっき倒した副団長達と一つしか違わない。集中して血術さえ上手く扱えればやれる……』」




