第五章「ジャッジメンター」#5
工房までの中継地点である第二神殿礼拝場にて立往生する蒼生とアル。厳戒態勢が敷かれたことで騎士団員らの警戒は一層強化され、結果として身動きの取れない状況になりつつあった。
そんな折、真中と第二騎士団の衝突の一報を受けた彼らは、一斉に第三神殿入り口前へと移動し始める。
「兄さんが陽動役として上手く立ち回ってくれているようですね」
「ああ。だがこちらもあまり悠長にはしていられないぞ」
輸血が途切れてからと言うもの体温は軽く40度を越え、汗塗れになるルビアもまた、魘されながらも最期の灯りを絶やさぬよう残された僅かな命を削り続けていた。
「アグリー。同意見です。手薄になった今が好機と見るべきでしょう」
「この状態でどのくらい保つかだ。急を要するのには違いない」
再び行動を再開する二人。幸い遮る者はなく、最短距離を辿り生活圏内へ突入すると、足元に柔らかな明光が差し込んだ。アルが仰ぎ見ると、天蓋には空や雲が写し出されており、室内とは思えない開放感に満たされた。
「さっきの広場もそうだが、ここは地下のはずだ。これは一体」
「擬似的な空を術式で投影しています。魔術工房は勿論、居住区も兼ねていますから、長く居ると閉塞感で息が詰まる。との指摘が昔にあり、騎士団長会議を経て今の仕様になりました」
吹き抜けの広場には聖母マリアを彫刻した円形の噴水が配置され、持ち上げられた水瓶からは絶え間なく聖水が流れ出ている。
ともすればせせらぎすら聞こえてきそうなそれらを横目に三叉路を直進すると、木製のレリーフが装飾された扉が等間隔に整列する回廊に到着した。
「君の工房は何番目の扉だ」
急かされるように蒼生を追い越して突き進むアル。
「待って下さい! この魔力の波長……」
呼び止めるも、時既に遅く危殆はすぐ側にあった。
「やっぱりアンタ程度の思考なんてのは御見通しなのよ」
「っ!?」
アルの足元に二つの石ころが転がる。次の瞬間、突然地面が凍結を始め両脚共に凍り付いていった。
大きく体勢を崩しながらもルビアを庇うアルは歩行は愚か、這って前進することすら困難な状況に陥る。
「一人脱落。これで二人きりでじっくりと分からせてあげられるわ、京蒼生」
「やはりあなたでしたか」
鏡の役割を果たしていた氷がパキンと音を立てて割れると、壁際にもたれ掛かる少女の姿が浮かび上がった。
「自分が何してるのか自覚ある? 返答如何によっては聖堂騎士団、ひいては魔術師として居られるのも今日限りってことになるけど」
暗髪アッシュのウルフカット。凍てつく様な紺碧の瞳で威圧の視線を蒼生目掛けて送り続ける彼女こそ、比嘉辻銀音率いる第三騎士団のNo.2。クーリエ・シャルトン副団長だった。
「未練がないと言えば嘘になりますが、今の立場に甘んじていては現状をひっくり返すのは不可能と判断したまで」
「常に冷静沈着な蒼生の思考回路とは思えない浅薄さ。考えられるとしたら……兄に上手く唆されたのね。今ならまだ釈明する機会くらいは与えられるわ。計画したのは兄であって、仕方なく従わされてるだけだって」
「誤解なきよう。これは私の自由意志による謀叛。ルビアさんを助けたい気持ちは同じです」
「じゃあ脅されてるとか! だって兄は吸血王の後継者なんでしょ! 人間じゃない。オマエも同じにしてやるとか何とかって強要されて……」
「されてません。というかまるでクーリエさんがそうであって欲しいかのように聞こえますが」
「そんなんじゃないわよ、勘違いも甚だしいわね。今以上に堕ちていく同期を見るに耐えないから。ただのそれだけよ!」
蒼生の単調子な受け答えに剛を煮やしたのか、終始落ち着き払った態度や口調だったクーリエが熱を帯び始める。
「確かに私は落ちたのかもしれません。気がつけば抜け出せそうもない、動けば動くほどに浸かっていく大きな沼に。そうはっきりと落ちたのです」
「一時の気の迷いなんて誰にでもあるわ。分かったならとっとと大人しく投降して……?」
「恋という沼に」
「…………は?」
予期しなかった回答にクーリヤの黒目が拡大する。
「はぁ〜〜っ!?? 言い訳するならまだしも恋って? 誰に?」
「家族愛を超越した、異性としての恋慕に相違ありません」
蒼生の明言に混乱するクーリエ。
「じ、実の兄にってこと!? そんなの無理に決まってんじゃん!」
「ディスアグリー。その意見には賛同しかねます。そんな矮小な考え方は棄てるべきかと」
「き、近親相姦って言ってね。血の繋がった家族とか兄妹とかとはそういう関係になっちゃダメって……」
「言葉の意味など訊いてはいません。そもそも私達魔術師は人間が作った法律や理からは外れた存在です。現に魔道律には実の兄妹同士の恋愛に関する記述はありません。支障無いかと」
「世間的にって意味よ! 急に何なの! バカになったの!」
「失礼ですね。至って正常ですよ私は。兄さんにもしもスクール水着着用の元、その上からエプロンを着て、唐揚げを作ってくれと頼まれれば、若干は引きつつもリクエストに応えてみせる自信があります」
「スクール水……? 何にせよ油が跳ねるからまともな服くらいは着た方が良いわね火傷するし……じゃなーいっ!」
脱線しかけた話をレールに戻すクーリエだったが、いよいよ呆れと怒りを内混ぜにした様な感情が沸き始めていた。
「ワタシが苛立ってんのはねぇ! 魔術省時代から神童と謳われたアンタが、あんなちんちくりん相手にそうやってのぼせあがってることよ! 聰明で、清廉だった京蒼生は何処に行ったの! ライバルだとか思ってたのってワタシだけなの……そんなのって……」
「好敵手ですか。考えたこともありませんでした」
この瞬間。クーリエの張り詰めていた何かが切れて、弾け飛んだ。
「そうね。ライバルなんかじゃない……敵よ。天動梗吾につき、挙句吸血王の味方をする。それならワタシは聖堂騎士団の誇りを背負って対処に当たる。アンタを斬り捨てる為に今、目の前に居るのよ」
「やれやれ話し合いは平行線ですか」
「分からず屋はアンタの方でしょっ!! 分からせると言った以上加減なんてしないから! 詠唱誓約特許掟項・ホワイトグレース! 凍れ!」
「っ!!」
詠唱と共にばら撒かれる魔鉱石。それらを触媒に広範囲に渡って氷結を始める地面。冷気が辺りを駆け抜けていく。
咄嗟、蒼生が背後に飛び避けるも、凍り付く廊下に足を接地する行為自体が危険であった。より術者から離れつつ着地し間合いを見計らう。
「そんなにワタシから距離を取ってどう反撃に転じるのかしら。これは攻防一体の術式。氷結圏は広く、汎用性も高いのが売りなの」
「術式自体は説明通り確かに厄介なものですがクーリエさんの場合、魔鉱石を一度経由しなければならない以上、術式発動までにタイムラグが生じ、挙動も予測出来てしまう。これでは術式を最大限に活かせているとは極めて言い難いですね」
「負け惜しみにしか聞こえないわよ。今ので充分、拘束出来るわ。捕まった時のアンタは氷漬けにされて見世物みたくなってると思うけど。ちょうどスターウォーズに出て来るカーボン冷凍みたいにね」
クーリエの指の間には合計8個の魔鉱石が握られていた。
「時間も限られていることですし、遣る気ならばこちらも反撃に移ります。対抗するは同質の術式。ですが魔鉱石は使用しません。効率の差をお見せしましょう」
蒼生が何もない空間を握ると、逆巻く疾風の中から刀剣の柄が掌中より顕現する。
「『聖剣を呼び出す時の予備動作!? どうして騎士団長でもない蒼生が……』」
「調律する波動。九拝する悪鬼。己が君臨こそ不滅を敷くレコンキスタ。簒奪せよ。黎明前夜の星屑と成れーー」
発動の口上に併せて閃光が包み込む。すると蒼生の右手には鈍色の剣があった。
「聖なる文字を正と置き換えるなら、それに近づく為の始まりのゼロ。名をーー黎剣。私が持つ魔道具の最高傑作です」




