第五章「ジャッジメンター」#4
「手本通りにいくかどうか。イマイチ加減は出来ないぞ!」
真中が親指の肉を噛み千切り出血させると、囲う全員に向かって鮮血滴る腕を振り抜いた。
僅かばかりだった血飛沫も、やがて部屋一面を覆い尽くすほどに嵩が増し、大きな影法師を作る。すると見る間に濁流となって彼らを呑み込んでいった。
付着した血は固まり始め、辛うじて指が動かせる者もまた、拳銃の内部に血液が入り込んでしまった影響で機関は停止。真中のたった一手によって一団は制圧された。
その間に蒼生とルビアを抱えたアルは、廊下を抜けて工房のある第二神殿へと急ぐ。
「……マジかよ」
「なんでさっきからわざわざ韻踏みながら喋ってんだ、器用な奴だな、なんて思ってたが今の〝マジかよ〟は何もかかってなかったぞ。もう終わりか?」
唯一バルコニーに居た為に難を逃れた彼女を見上げて真中が言った。
「絶え間ぬ努力の結晶。辞書引き日々勉強。動揺こそすれ、副団長の肩書き背負ってる以上、もう心は凪だ。ウチは第二騎士団副団長ハーマニー・バンビスタ。以後胸内に刻んどきな」
自己紹介を終えるとギターを抱えた状態で飛び降りる。
「面白そうな奴だが相手してやる時間はない」
「そう逸るなよ。身柄確保して帰投する任務は遂行。詠唱誓約申請特許掟項は霊唱ーー〝そこを動くな天動真中〟」
その科白を聞いた途端、真中の身体は硬直し動きの一切が利かなくなった。
「っ!??」
その間にハーマニーはギターのネックから仕込み刀を引き抜き、一歩ずつ躙り寄る。
「名とは相応の信心や呪いを冠しているもの。軽々しく口にする行いが時に成功へと導くし、時に毒として凡百を不幸にする。だからこそ口に出すことであらゆる価値が付与される。霊唱とは言霊に魔力を加えて昇華させたもの。ウチの魔力を凌駕しない限り、動作の全ては言葉通りだ」
術式の解説を終えると、次に懐から宝鍵を取り出す。騎士団長含む副団長以下団員全てに与えられた、車輪の意匠が彫り込まれたその鍵こそ真中ら不死なる吸血体への対抗策。唯一切り札足り得る代物だった。
「これは対吸血体用に創造された宝鍵。名を封殺鍵。万人に共通する霊核から供給される魔力の大きな揺らぎがあって始めて発動出来る」
必死に意識を集中させるも、真中の両の眼球は次第に乾いていき、呼吸はおろか鼓動すらも止まっていた。
「この封殺鍵は一個人として対象を結界化させて留めておくもの。一切の制約から切り離された肉体は物言わぬオブジェに成り果てる。差し込まれたら最期、その時点で未練ごとジ・エンド」
吸血体にとって死を意味する封殺鍵を、左人差し指でくるくると回しながら迫るハーマニー。いよいよ手が触れる距離にまで至り、何処を傷つけるかの選定に入る。
「揺らぎには精神若しくは肉体への負荷が必要不可欠。腕や脚を斬り落としても独立して活動を始めることは日護リツカ騎士団長からの報告にあった。なら選択肢は二つ。胸に刃先突っ込んで内臓をぐちゃぐちゃに掻き混ぜるか、切断しない程度に加減して顔、首、脇腹辺りの血が多く流れている部位を斬るか。さて」
されるがまま、真中の首筋に剣先があてがわれる。
「拷問する趣味もないし、痛みに乏しい吸血体相手には意味もない。なら取るべきは後者か」
頸動脈目掛けて刃が振り抜かれる。
「『吸血王の後釜もなんて呆気ねぇ! とっとと封殺鍵差してウチはまた一つ名を上げる!』」
勝利への確信を得るも逸ったのはハーマニーの方だった。
「がはっ!!?」
勢いよく噴出した返り血が刹那に凝固し、鋭い棘と成ってハーマニーの柔肌を貫通していった。
鋭利に尖った返り血は喉元にも刺さり、発声はまともに出来ず、霊唱もまた同時に解除される。
「な、何だよ……こいつ……は……」
「日本語には肉を切らせて骨を断つって諺があってだな。リズに襲われた時に思いついたんだ。動きが制限されたシチュエーションでもカウンターを打てるようにって。身体の外に出たばかりの血液もどうやらある程度思い通りに出来るみたいだな。また学びが一つだ感謝する」
「待って……たのか……斬られる……のを……わざと……」
切断された頸動脈を超速再生させ、次に真中は串刺しになっているハーマニーの止血処理に入った。
「どういう、つもりだ……」
掠れていた声が徐々に調子を取り戻していく。
「殺さなくても勝てるように強くなればいい。ルビアの受け売りだ」
「いずれその自信に足元を突き崩される。必要のない場面で命を堕とす羽目になるぜ」
「まだあんまり喋るな。応急処置だから後でちゃんとした奴に看て貰えよ。俺たちは先を行く。じゃあな」
「ケッ。何餓鬼に温情かけられてんだウチは。ったく、転化すらしてねぇってのに完敗かよ。これからあんなのと殺り合わなきゃなんねぇのか……つくづく先が思い遣られる未熟さだ」
施しを受けたばかりで未だ負傷の身であるハーマニーが自嘲気味にぼやいた。小さくなる背中を見つめながらハッと我に返る。
「戦闘に夢中で普通に喋ってて韻踏むの忘れてた……ウチのプライド、マイアイデンティティー、レゾンデートルがっ!」




