第五章「ジャッジメンター」#2
「肝心なことを訊いていいか? 結局親父は何が目的だったんだ?」
「私が実妹である件は飲み込めたのですか? さらりと話を切り替えましたけど」
「それは……まだ実感はない。ただ君は今もルビアの看病をしてくれてる。そんな子が妹なら、まぁいいかなって思っただけだ」
「及第点を貰えたわけですか。やりました」
出来る限りの処置を終えた蒼生が、輸血中の真中の隣にちょこんと腰を下ろす。
「藤澤砂夜。この名前に聞き覚えはありますよね」
「ルビアダークが俺の中でその名前を口にしてた。でもユンさんがその正体ってわけじゃなくて、あくまでも身体を間借りしてる。そんなニュアンスだったな」
「10年前に起きた聖堂騎士団との衝突にて敗北後、肉体は四肢を切断された上で封殺され、世界各地に秘匿されました。兄さんたちはその意識体と接触した、と考えられます」
「バラバラにされても生きてるってことはそいつも吸血体なのか?」
「インエグザクト。不正確です。藤澤砂夜は何らかの理由と経緯でルビアさんから骨髄を移植された〝もう一人の吸血王〟です」
「はっ!? いや、でもそんなことルビアは一言も……」
「踏み込ませないことで、安全を確保しようと考えたのではありませんか? 本来なら関係のない兄さんを遠ざけようとして」
上体を起こした上でルビアの方に視線を向ける真中。変わらずルビアは物言わぬまま、包み隠されてきた一切が今語られようとしていた。
「東南アジアに位置するエルタニア共和国という国を御存じですか?」
「地理もそんな得意じゃないからな。得意な教科なんて体育以外ないけど」
「長らく共和国政府の弾圧に対する反政府運動で情勢不安にあったエルタニアですが、20年前、突如現れた藤澤砂夜含めた、たった23名の加勢で間も無く共和制が瓦解。君主国への回帰。王政復古を果たしました。それを境に彼ら23名は内政を掌握し、レアメタルの採掘権までも内一人が総帥を務める、ハイヴクラウンホールディングスによって独占。決して表舞台に出てこないことからやがてその23名は総称して〝夜の眷属〟と呼ばれ始めます」
「待て待て、話がデカ過ぎてついていけてないんだが。要約すると機に乗じて国一つを乗っ取ったってことか? そんなのあり得るのか?」
「当時のエルタニア政府は腐敗しきっていましたからね。革命運動への貢献は何よりも大きな信頼を勝ち得るものでした。資源に恵まれておきながら利権を握っていたのは極々一部の特権階級者でしたし、その貧富の差を廃したのも事実です」
「じゃあ現地民にとってはいい奴らなのか?」
蒼生はため息を溢す。この世には正と邪の二元論では語れない、その間にある清濁を真中はまだ知らなかった。
「藤澤砂夜はエルタニアを拠点に、新興教団としての勢力拡大を図りました。結果として国民のほとんどは夜の眷属に入信。そこまでは美談なのですが……吸血体の本質を忘れてはいませんよね?」
ハッとした真中が一番に思い浮かべた存在がルビアダークだった。それ即ち意味するところーー。
「血分けされた全員漏れなく食人欲を持ってる……」
「イグザクトリー。その通りです。早々に教団内での常態化された殺人が露見。彼らは半ば洗脳した信者を藤澤砂夜と一つになれると唆しては食材として調理し、口にしていたのです。聖堂騎士団の監視対象となったのもこの頃からです」
真中は蒼生の話から、現代史で学んだ日本で起きた毒ガステロ事件を思い出していた。
「とあるジャーナリストが遺していった記録にはこうあったそうです。入信時の御布施は金銭でも労働でもなく、命だったと。それが公になってから抗議運動が高まるのですが、思えばここが教団の闇の入り口。徹底した脱会者の口封じと、妨害者の暗殺が横行。そこで聖堂騎士団が動き出します」
「いよいよカルト教団じみてきたな」
「戦闘になるにせよ、無関係な出家信者を巻き込まないための事前策として教団の内情を探る必要があり、派遣されたのが諜報部門の第八騎士団でした。ただしこの任務が失敗。教団側の幹部達に見抜かれ、酷い拷問を受けた末に切り刻まれた騎士団長の遺体が本部に送られて来ます」
「それが発端……」
「聖堂騎士団と夜の眷属との間に決定的な軋轢が生じ、翌年全面戦争に発展。幹部23名の内21名を捕縛。封殺した上で夢幻への収監に成功しましたが、同時に騎士団長4名、副団長6名、団員135名が戦死と、多大なる犠牲を払う結果となってしまいました。生き残った第四騎士団長曰く。吸血体の始祖、ルビアさんに加勢を申し込んでいれば、痛み分けという結末も変わっていたかもしれない、と」
「やっと合点がいった。親父が言ってたのは一連の事件のことだったのか」
鳳凰島での支離滅裂だと思われていた天動梗吾の発言に理解が及び始める。
「藤澤砂夜もまた早々にルビアさんには目をつけていたと思われ、今回、兄さんにまで接触を図った。聖堂騎士団も無視出来ない存在になってきたと言えますね」
「俺たちはどうなるんだ?」
「彼らの狙いが兄さんの心臓と、それに耐え得る肉体である以上、条件を満たす兄さんとルビアさんの処遇について、議題に上がることは先ず間違いありません。最悪、藤澤砂夜の完全復活の阻止を名目に封殺される可能性もあります」
「だったら早いところ何とかしないと。ルビアもこのままだと本当に死んじまう」
「アグリー。同意見です。なので決議の前にここを脱獄します」
「でもそんなことしたら、蒼生の立場が危うくなるだろ。ここは俺とルビアだけでなんとかする」
「地下廻廊は迷路みたく複雑な建築構造をしています。案内役が必須です。さらに付け加えますと戦力は多いに越したことはない。違いますか?」
「戦闘になるのか……」
蒼生を巻き込んでいいものか逡巡する真中。聖堂騎士団と真っ向から対立するとなると尚更だった。
「言い忘れていましたが、私はこうなるであろう未来は父からある程度聞かされていました。禁忌まで犯すとは想像の埒外でしたが。ただ一つ、そうなった時は兄をバックアップするようにと」
瞬ぎもせずに見つめる蒼生の目に灯る覚悟を汲み取った真中もまた、迷いを断ち切り決意する。
「ここから出たらもう戻れないんだぞ。それでもいいんだな」
「オービアス。愚問です。たった二人の兄妹じゃないですか。今肩書きに拘っている場合ではありません」
「……分かった。なら少し離れてろ」
ルビアダークの助力もあって覚えた血術にて血流の速度と量を上げた真中は、そのまま檻を蹴り破った。
「連れて行きたい奴がいる」
「今ので完全にバレました。急ぎましょう」
向かいの牢に近づいた真中が暗闇に向かって声を掛ける。
「悪いとは思ってる。親父の責任は俺たちの責任でもある。だからここからはお願いだ。お前の力を借りたい。話は全部聞いてたはずだ」
一つの影が檻の前まで来ると、そこで廊下の常夜灯が正体を照らし出した。
「立ち聞きするつもりはなかったのだが、回復には安静にしておくのが定石。聞こえて来たものは仕方ない。そして、これで漸く彼女につけられた傷も全快だ」
彼もまたそう言って易々と檻を破壊した。ゆっくりとした足取りでシルフィムが一人、アルが独房を後にする。
「仲間の行方と安否が知りたい。それが条件だ。映画の撮影も途中なことだしな。エンドロールとやらまでは付き合ってやろう、天動真中」




