第四章「バニシングポイント」#5
「ユンさんがさっき言ってた砂夜? どうなってんだ?」
「『藤澤砂夜は10年前の戦争で聖堂騎士団の手によって封殺されたはず』」
砂夜に向かって伽耶乃が跪き、頭を垂れる。
「エリシア嬢を拉致する計画を遂行出来ず、言い訳する言葉もございません砂夜様」
「頭をあげて。わたしが怒るとでも思った? 彼女が持つ生前のデータは脳にコピーしてあるし、この身体もあとで解剖にまわすから。魔術師も特に副官クラスの検体なんて凄く珍しい。得るべきものは得た。気に病む理由なんてほら、どこにもないでしょ」
「お心遣い痛み入ります。では早速エルタニアへの帰還の手配を」
踵を返す二人。連絡をつけるカヤノの横で、砂夜は最後に真中の顔を一瞥すると柔和な表情で微笑んだ。
「あの子が後継者なんだ。なんだか可愛い仔犬みたい」
「待て!」
伽耶乃の血を奪うべく、追いかけようと真中が一歩踏み出すと、突然の頭痛に襲われた。
「何だ……痛覚は鈍いはずじゃ……ゔうっ!」
若干のノイズを挟み聞こえてくる声色は、ユンのものとは異なり、澄み切った透明感と狂気を孕んだ危うげな息遣いが同居していた。
「『これでチューニングは完了。声だけで失礼。初めまして、藤澤砂夜です』」
「『これは俺たちが使ってた心の声か……』」
「『わたしはこの現象に〝感応〟って名付けたの。感応はルビアの血を受け継いだ者にしか使えない特別な才能だよ。選ばれた者同士、末永く仲良くしましょ天動真中さん』」
「『そいつの血がまだ……ルビアが……』」
脳内のノイズは思考を掻き乱し、真中は動けなくなった。
工房を後にした二人はそのままヘリポートに向かい、到着したばかりの迎えの機体に乗り込む。
「吸血王の心臓。手に届く範囲にありましたがよろしかったのですか?」
「今は泳がせておいていいよ。それでその内に開けて貰おうかなって。冠数魔法である黄金櫃を。そうすれば奪われたなにもかもが戻ってくる」
高度を上げていく中で、逃すまいと追って航路に銀音が現れた。
「なるほど副団長の身体を占拠してたってわけ。まぁ当然と言えばそう。だって本来の肉体なら、もうこの世にはないものね」
ドアを引き、会話に応じる砂夜。
「あなたたちとは随分血を流しあったっけ。騎士団長は6人殺した。急拵えの穴埋め要員じゃ〝十眷王〟にも敵うはずないよ」
「何それ。信者とは名ばかりの新しい手駒のこと? 雑魚が何人束になって来ようとも、最強であるこの私を脅かすものなんてないわ」
「確かに。あの子は最高傑作だ、とか言ってたかも」
「脅威判定された〝ハルモニアシィア〟教祖を目の前にしてみすみす見逃すことなんてしない。ここでそのヘリごと潰していくから」
「ざんねん。ならお喋りはお終い」
砂夜はルビアの血も流れている伽耶乃の首筋に噛み付くと吸血行為を始めた。
やがて口を離し、人差し指の照準をタンカー船に合わせる。
「あなたの得意な瞬間移動能力で何人助け出せるかな」
「?」
「血獣・赫龍煌王」
放たれた紅き光めく龍の血獣は、船を呑み込まんとして唸りながら突き進んでいった。無論、未だ船内にはルビアや真中、第三、第八騎士団含む乗り込んだ全ての人間が取り残されている。
「…………!」
舌打ち一つ、銀音は砂夜の追跡を辞め、直撃するまでの数秒の間に、息のある全員を港へ瞬間移動させた。
直後、血獣に噛み潰されるタンカー船は炎上。火を噴きながら忽ち沈没していった。
「組織って面倒ね……」
何百という数の人命を一瞬の内に救ったためか、能力に伴う脳にかかる負荷はあまりにも大きく、鼻腔から一筋の血が流れた。
遠ざかっていく砂夜を乗せたヘリを睨む銀音。
「比嘉辻騎士団長!」
駆け寄ってくる副団長の手にはシリンダーがあった。
手渡され、スーツの袖を捲り上げた銀音が自身の二の腕に打ち込む。
「皆、騎士団長のおかげで無事です。でもまさか、シルフィムの連中まで全員助けるとは。そんな命令は受けていません」
「分からない? 向こうは着々と組織ごと潰そうと兵力を集めている。ならこっちの戦力は?」
「シルフィムと作戦を共にするおつもりですか!?」
「天動梗吾は無駄なことはしない。禁忌を犯してまで作りたかったものは、ハルモニアシィアの統率がとれた盲目的な信者と互角に渡り合える程の兵隊。そう考えると腑に落ちる」
「随分と肩をもたれるのですね、大罪人の」
「棘のある言い方ね。まぁ、騎士団長の発言としては些か問題なのも確か。でも、天動梗吾はあの人の、将子さんの愛したひとだから」
「恩義があるという第四騎士団長ですか? ですが永久欠番で姿を見たものは誰も……それに天動騎士団長は何者なんです? 開いた穴も塞がれつつある。あれじゃまるで……」
「詳しい話ならローマまでの道すがらで。それより今は早く片付けてホテルに帰りましょう。とりあえずはシャワーでも浴びたいわ。もう全身汗でぐちゃぐちゃ」




