第三章「ヴァンパイア・オブ・ザ・スクールII」#9
「本当はヒロの見舞いと一緒に台本を渡す予定だったが、ICUに居るんなら仕方ない。回復を待ちつつ、先に真中とルビアのシーンを撮ってくぞ」
翌日。撮影初日をむかえた映画研究会の面々。
ヒロの分まで意気込む真中の元に、背後から近づく集団が居た。
「警官隊に囲まれるシーンで大立ち回りをやりたいって言ってたっすよね? ちょうどこの前知り合いになった人たちがいて……」
「ほんとか! 本チャン前のテストとは言えアクションが出来て、真中にちゃんとついてこられるやつらじゃないと怪我するだけだが、そこは抜かり無いんだな?」
「もちろん問題ないっす。ともすれば俺よりも……かもです」
影に隠れていた彼らが、カントクとライタの前に姿を見せた。
「リズが世話になったその恩に報いたい。彼女の愛した映画に出演出来るとあらば本望」
アルが先だって自己紹介を始める。
「なんだよ、リズの友達か?」
「友人という関係性に最も近しいのはヒロだろうな。僕の名はアル。右からセオ、ロン。彼女がレイ。皆リズの兄妹だ」
「なんだよ真中の周りは逸材だらけだな! あくまで今日は動きの確認だけだが、さっそく頼めるか?」
「無論。そのために来た」
「よし、交渉成立だ。ギャラが発生しないのがちと心苦しいが」
「気にするな。リズも楽しみにしてくれている」
カントクがシルフィムの一人一人に決定稿と書かれた台本を手渡していく。
「なるほど僕らは主人公と敵対関係にあるのか」
「三人が警棒で応戦するも歯が立たず、最後の警官が拳銃を抜く。一先ず威嚇射撃するのが本来は訓練された立ち回り方だが、警官と言えど人間。焦りもあり発砲。そこで、主人公は重症を追わされるも、ここは何食わぬ顔でヒロインを護りきり逃走。ま、ざっとこんな流れだ。小道具の扱いは……」
「問題ない。戦闘訓練は積んできている。遅れをとる者はいない」
「じゃあ一旦カメラ回すから、その通りに動いてみてくれ。いつものようにワンカットでいく。全員頼むぞ!」
それぞれが持ち場につく。
「実際には攻撃を当ててはいけないという認識で相違ないな」
「殺陣って言って、格闘シーンの演技のことを指すんだ。素手での殴り合いもそうだし、武器を使ったりするのも同じ」
映画を観たことのないシルフィムに真中が説明する。
「フリじゃなくてもこっちは一向に構わないがな」
「アクシデントは付きものだけど、それでも共演者に怪我させる主演なんてのは俳優の風上にも置けないんだよ」
「だったら手を抜くか?」
「まさか」
よーいの合図でライタがカチンコを鳴らす。
台本のト書き通りにルビアを抱き抱える真中。
「……ふぁっ!?」
本番ではないとはいえ、この場にいる全員が集中しているなか、声は出さまいと我慢したルビアだったが、意識とは裏腹にたまらず喘ぎ声が漏れた。
真中の左手は両脚を掬い上げる形で差し込まれ、右手は包み込むかのように上半身を支え、抱き寄せられる。その格好は詰まるところーー。
「『お、お姫様抱っこなんて、聞いてないっっ!!』」
恥ずかしくもあり、くすぐったいルビアはそのままに、真中がシルフィムとの格闘シーンに入った。
セオとロンの攻撃を躱し、蹴り技と体当たりで退けていく。
身体を180度捻り、遠心力を味方につけたルビアの回転でシルフィムらの勢いをそぎ、アルとの距離を作ると、真正面から飛び蹴りを見舞った。
最後に銃口を向けて構えるレイ。放たれる一発の弾丸が命中する体で、真中はそのまま助走をつけ壁際目掛けて三角飛びを繰り出し、レイの頭上を越えて見事窮地を乗り切った。
そこでカットがかかる。
「チェック!」
「どうっすかね?」
「今のも悪くないがイマイチ単調気味か。振り下ろした警棒を靴底で受け止めながら、二撃目を躱して……の流れのほうが画を魅せられると思ってな」
「次ちょっとやってみます」
「それから……」
全員が撮った映像を食い入るように確認する中、ルビアだけは早くなる呼吸に困惑し、それどころではなかった。
先のシーン撮影における息切れが原因でないことは明らかだった。
その様子を察してか真中が画面から離れ駆け寄って来る。
「どこか痛かったか? もしかしたら力んでたかも。わるい」
「べ、別に……たいしたことじゃないわよ」
「そうか? でも何か昨日の夜から変だぞ」
「昨日の夜!? はぁ? なにもやましいことなんかなかったし。あ、あれは事故っていうか気の迷いっていうか……っ!?」
覗き込む真中の顔が至近距離にあると咄嗟、尻餅をついたルビアは壁際ギリギリまで後ずさった。
「なんか距離遠くないか? あとなんで座ったんだ?」
「他意はないわよ……」
「強がらずにちゃんと言えよ、ルビアは特に独りで背負い込むタイプだから」
「昨日は何でもないって言ってるでしょっ! あと、口外でもしたらもう二度と口きいてあげないんだからっ!!」
必要以上の強い口調は照れ隠しの裏返しだった。なぜ照れているのかさえ分からないのに。
「『顔は熱いし、動悸が止まってくれない。不思議と抑えきれない溢れ出てくる何かがある。でも今までの推し感情とは違う。もっと強がっていたい。可愛いと思ってもらいたい。もしかしなくてもこれが恋……だったらわたしってば……そうまでしてこの役に入りきってるってことかしら!? この胸の高鳴りだってヒロインの気持ちの現れであって代弁してるに過ぎないのよ! 演じた役柄が恋仲で実際に結婚した声優さんもいるくらい! これも女優の才能が開花した証拠! 末恐ろしくまであるわね、わたしの器用さには!」』
こんなにも男性と密に同じ時間を共有したことなどなかったその反動と、役どころのせいに決まってるとルビアは自分自身を納得させ、最後にはドヤ顔で締めた。
「『真中はただ世話が焼ける相棒。親愛度が上昇する特別イベントがあったわけでもないでしょ。まったく、気を巡らし過ぎるのがわたしの悪い癖。もう少しで勘違いするところだったわ。あーあぶない。あぶない』」
どっちつかずの心に一つの解答を導き出したことで平静を取り戻したルビアは、駆け足で真中たちの輪の中に入って行った。
「わたしにも見せてちょうだい!」
それから日が落ちるまで、リテイクを重ねた一同。
「学校が使えるのは今日はここまでだな。それじゃ、解散! お疲れさん!」
寄り道もなく部室に戻った真中はジャージから制服へと着替え終わり、待たせていたルビアと共に学校を後にした。
「どうしてお前らまでついてくるんだ?」
「愚問だ。天動梗吾に引導を渡す必要があるからに決まっている」
二人のすぐ後ろをぞろぞろとシルフィムがつけてくる。
「仮部屋のあるマンションとは逆方向。それに加えて学校を出てからというもの時間を気にするような天動真中の素ぶり。何か待ち合わせをしているものと勘繰った。ルビア・アンヌマリーもまたその会合に必要な面子。と、なると聖堂騎士団絡みの案件。差し詰め、天動梗吾の居所を看破した。まぁ、そんなところだろう」
まるでさも一部始終を見てきたかのような、満点の解答に真中は唖然とした。
「後生は探偵か刑事にでも転職する気かしら」
「全てが終われば君たちに付き纏うこともない。どこへなりとも消え失せるさ。ほんの一時我慢してくれ」
玄関前まで到着し、真中がインターホンを鳴らす。一分経たずしてリツカがドアを開けた。
当然ながら背後にいる4人に関しては招いてもいなければ、面識もない。
「すいません。なんか増えちゃって……」
「味方は多いに越したことないし、問題なし。でもこんな短期間で仲間増やすとか、主人公ムーブが凄いね。さすがはアクション俳優志望。顔つきも良くなって来たんじゃない?」
「なんで俺の将来の目標まで知ってんすか!」
「だって好きな人のことって、とことんまで深掘りしたくなるじゃない? ま、詳しくは入った入った」
リツカを見るルビアの目つきが幾分か悪い。
「やっぱり彼女、苦手なタイプだわ。本心を悟らせず、そのくせ他人の内面にはずけずけと立ち入ってくる。隠し事なんて出来ないわよ真中」
「分かってるって。折を見て転化のことも話すよ」
「賢明ね」
変わらず生活感のない、だだっ広いリビングには副団長のみ。ミーティングには面子が少な過ぎる。
「二人だけっすか?」
「他の団員には天動梗吾の動向を監視させてるよ。情報って言うのは一秒ごとに変化していく生き物みたいなものなの。風化は早く、次々に更新されていく。真中君もしてるXのタイムラインだってそうでしょ?」
「まぁ、言われればそうですけど……って俺、リツカさんにアカウント教えましたっけ!?」
「今日はやけに細かいなぁ。別に日々の筋トレ日誌botみたいになってるから恥ずかしがることもないと思うけど? 自身の上腕二頭筋とか自慢げに載せてたら冷めてたかもだけど」
「良かったのか悪かったのか。褒めてはないっすもんね」
日常的な会話のやりとりに業を煮やしたのか、ルビアが本題に入るようせっついた。
「わたしはそんなに気が長いほうではないの。確認だけど、シルフィムも招き入れたってことは〝そういうこと〟で間違いないのね」
貨物用コンテナ船一隻がリツカの携帯に映し出される。
「ここが現時点で使われてる天動梗吾の魔術工房。リアルタイム映像だよ」
「ってことは、親父が今ここに……」
「そう。なので逃走を許す前に今からこの船に急襲をかけまーす!」
「はい!?」
「あれ? 伝わんなかった? これからすぐ、この船に行って、天動梗吾とその工房をぶっ壊すの」




