第三章「ヴァンパイア・オブ・ザ・スクールII」#6
相手の出方を伺いながら反目し合う中、無意識下にあるルビアの声なき声を真中は拾った。
「ルビア!?」
胸騒ぎを覚え、敵前であることなど顧みずにルビアの元へと急ぐ。それを追うようにアルも飛び出した。
「『僕を無視したあの様子からして、向こうで何らかの動きがあったようだな』」
血液は尚も奪われ続けているものの、真中との距離が離れれば離れるほどにその事象は薄らいでいく。
「『偽血が体内からなくなれば人間同様に失血死するのは勿論、血術も再生能力も失ってしまうことだろう。その時点で僕らの負けが確定する。相性の悪い能力としか今は……』」
付かず離れずの距離間を保ちつつ、屋内プール場が視界に入ってきた。
「『仮説を立てるに、天動真中の有する能力の特性は〝範囲〟だ。端的に言えば範囲内の血液を奪い取り、自らのものとする。予想外のことではあるが焦ることはない。使いこなせているわけでもなければ、本人に自覚すら芽生えていない状況は好機。ただ最も危険視すべきはそれ故に無自覚で起こる能力の暴走。これでルビア・アンヌマリーの死体など見ればそれがトリガーとなり、確実に無差別攻撃が始まる。そうなればもう僕らの手には追えなくなる』」
到着した真中。少し遅れてアルも仲間の元に合流する。しかしそこにあったのは。
「ルビア……?」
小さな身体にこんなにも詰まっていたかと思えるほどの臓器の数々。それが花火のように腹から弾け飛び、地面に散乱する。目に色は灯っておらず、ただひたすらに虚空を見つめ、力なくひび割れた外壁へ体重を預けていた。
最早それはルビアの骸であり、辛うじて首から上だけが綺麗なままの魂の器だったもの。もうあの私服を見て素直に喜ぶ笑顔も、余裕のある澄ましたツンとした態度も、見せてくれそうにはなかった。
「ルビアちゃん……嘘」
追いかけて来たヒロもまたその亡骸を目撃し、声を失った。
「これで我々シルフィムは天動梗吾の約束を果たした」
「アルが天動真中の相手をしていたお陰だ」
「これで皆んなが助かる。助けてあげられる」
同士である仲間が嬉々としている。だがアルは素直に喜ぶことなど出来なかった。この後に待つ激情と暴走を知っていたからだ。
「退散する……この場からさっさと離脱するんだ!!」
沈黙からの声を荒げるアル。真中の雄叫びが炸裂した。
その場にいた全員に対し、立っていられなくなるほどの重力に似た急激な負荷が襲いかかる。
「間に合わなかった……始まるぞ、天動真中の転化が」
ドボドボと真中の目や鼻腔や口からどす黒い血が溢れ出し、顔を覆うように固まり始め、新たに張り付いた仮面のごとき外殻から、十字状の複眼が現れ、紅き眼光を得る。
結晶化した心臓は、身体中に紅く煌めく回路みたく張り巡らされた太い血管を通じて血液を流し、蒸発していく血気を黒い鎧に変えて身に纏った。その姿はまるで人間と呼ぶには似つかわしくない、畏怖を抱く風貌。
「これが転化……あれは?」
上空より蒼天をも覆う光輪が現出。重力に逆らった赤黒い雨とでもいうべきか。そこへ吸い上げられていく、範囲内全ての生命が持つ血の一滴一滴。そうして集まった血液全てを真中が体内へ吸収し、循環させていった。
「おま、血ぃ出てんぞ」
「そういうお前だって」
「うるさいぞ。誰が授業中の私語を許可した?」
「先生も、出てますけど。ほら鼻血」
「え……? いや、それならお前たち全員もだろ」
辺り全ての生物の血液を無差別に搾取し、ルビアに分け与える。その大規模で行われる吸血行為には、範囲内の無関係な生徒や、教職員までもが巻き込まれていった。
「『そもそもが前提としてあり得ないと、思考から除外してしまっていたのが誤りだった。天動真中は吸血王の心臓部を移植される以前より吸血体であり、正式な血分けの工程を経た誰かしらの眷属。あの男は知っていて僕らをぶつけたのか。転化を促すために……ぐっ!!』」
奪い取る血液量が増え始め、それに伴い光輪が紅く染まっていく。
シルフィム4人だけにとどまらずヒロもまた貧血を起こし横たわった。
手当たり次第の吸血。まさしく制御は出来ておらず、真中の意識も曖昧で、慟哭に満ちていた。
「ガァァァァァァァァ!!!!」
体内の血液量の減少は緩やかなる死を意味していた。失えば失うほどに臓器障害が起こり、出血性のショック死を誘発させる。
「『kgあたりの血液量の概算値は約65.7ml。僕が59kgだから65.7ml×59kg=約3876ml。約4lとして、その半分である2lを失えば失血死する。ただ幸か不幸か僕らはホムンクルス。魔力で多少の補いは利く。だがそれも長くは保たないだろう。一刻も早く転化を解除させなければ範囲内の人間諸共死んでしまう……それ以上に天動真中の身も危うい』」
誰一人動けない中、真中の元へ近づく影があった。
「『あれは……』」
四肢に鉄球でも括りつけられているのかと錯覚するほど身体中が重い。頭は鉛で、臓腑は合金。それでも血の涙を流しながらヒロは少しずつ歩み寄っていった。
「真中は……私が止める……」
「自責の念にかられるのは理解出来なくもないが君はただの人間だ! 僕らホムンクルスとは根本が違う! 天動真中の転化の特性は範囲。より本体に近づけば奪われる血液量も増えるんだぞ! 死ぬのが怖くないのか!」
「もしも……大好きな人に罪悪感押し付けて、それで正気に戻った時、苦しくなって、塞ぎ込んで、人生めちゃくちゃにしちゃったら、その方が多分私は……死にたくなる。それに……私の償いの一個目はきっとこうすることだと思うから」
ヒロは真中の動きを封じるべく、その歪な身体を羽交締めにした。
「だから最後まで付き合って欲しい! 私が何とかするからその間に……!」
肺が潰れて吐血しながらもヒロが叫ぶ。その行動の目的と、理想的結末をアルは理解する。
「そうだな。彼らが一連托生なら僕らも同じ。了解した。君は天動真中の相手を頼むーー流身送血」
残り少なくなった血液を全身に回し、血術にて大鎌を作り出す。
「どのみちこれが最後だ。乾坤一擲。残された血の全てをこの一刀に賭す!」
吸血行為に及ぶ全ての元凶目掛け、アルが跳躍した。
「やつの転化の起点が血液であるならば、あれさえ破壊出来れば、転化は解除される!」
空中にて振りかぶるも、必死で抑え込むヒロを簡単に振り解いた真中は、そのままアルを殴り払わんと拳を作った。
「ヴルアアアアアアァァァァッ!!」
拳先より高速廻天する黒き渦の如き血流が迫り来る。
「間に合わない……っ!?」
両者の間に飛び込んだのは他でもなく。
「お前は……」
「遅くなったわね」
繰り出された拳を受け止めたのは正真正銘、ルビア・アンヌマリーだった。
「わたしのために怒ってくれたのならもう充分よ。今度は真中が赦してあげて」
「うおおおおっっ!」
アルは持ち得る全ての膂力を振り絞り、光輪を木っ端微塵に打ち砕く。衝撃で赤血が結晶化し、きらきらと塵になって風に流れていった。機能は完全に停止し、真中の身体から鎧が剥がれ落ちていった。
力尽き倒れ込む真中に向かってヒロが這いずり、やっとのことで手を握り締める。
「ごめん……ごめんね」
その言葉に真中はそっと手を握り返した。




